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水資源の深刻さを反映した007シリーズ『慰めの報酬』 マーク・フォースター監督

水資源の深刻さを反映した007シリーズ『慰めの報酬』 マーク・フォースター監督
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 007、ジェームズ・ボンドといえばスコットランド(と時勢をかんがみ、そう書いておく)の名優ショーン・コネリーによって英国映画のヒット・シリーズとして定着できた。だから、彼がボンド役を降りてからは等閑視してきた。現在のボンドはダニエル・クレイグが勤めるが、コネリーの陽性なキャラクターは、すっかり陰性に換わった。
 東西冷戦という枠組みのなかで活動を開始したコネリー・ボンドだったが、ベルリンの壁が消えた後の“敵”は錯綜し見えにくくなった。英国のスパイとしての007もときに米国CIAや、従来の西側の組織とも対立することなった。本作でも、007は英国の エージェントを殺してしまう。陰性になるのもまた仕方がない。
 “敵”は多国籍企業であったり、コンシアームであったりする。巨大な資金をもち八岐大蛇のように右にも左にもなびく頭をもつ組織が利権を求めて暗躍するとき、国境は失われ、刻々刻苦と変化する経済状況によって、昨日の味方は敵へと移行する。要するにグローバル経済下でのスパイ活動にはイデオロギー的信念は毀損される。
 2008年の旧作に属する007を敢えてここで書いておこうと思ったのは、南米ボリビアの水問題が主要テーマになっていたからだ。現実にボリビアでは水問題は大きな政争を惹起した。南米は水資源にゆれる地域である。それを世界的なヒット・シリーズのなかで語られたということで、記憶されるべきだと思った。本作を紹介し批評する数多の文章のなかで、ボリビアの水 問題に言及するものが見当たらなかったからだ。おそらく映画批評をなりわいとする方の多くは、映画で描かれた先住民の苦境は映画のなかのエピソード、こんな極端なことあるわけはないと思う方が多かったのだろう。現実はより深刻である。そのあたりは拙著『南のポリティカ』あたりを読んで欲しい。トランプ大統領のツィターではないが、マスメディアは読者のニーズにそってしか現実を報道しない。
 もう5年以上前のことになるが、配給会社アップリンクがドキュメント映画祭を短期間開催したとき、その1本でボリビア問題を取り上げた1作があり、そこでコチャバンバ市の公営事業たる水道事業を多国籍企業によって民営化する計画が取り上げられていた。その記録映画は一般に普及することはなかった。その意味では、007の一巻、本作は貴重なのだ。
 2008年といえば、コチャバンバ市などの水道事業の民営化推進に反発する住民らの抵抗が流血の騒動になり、そうした運動を背景に同国ではじめて先住民出身の大統領が誕生していた。けれど既得権にしがみつく保守層は現実に新大統領に対して力で抵抗していた。007は元来、その新大統領の政権を崩壊させる側につくはずだが、ダーティーなイメージにするわけにいかなかったのだろう。現実の推移を無視したシナリオを作って、水資源を独占しボリビアを牛耳ろうという得体の知 れない組織に対立するボンドの活躍を描いた。
 その意味では対立構造がよくいえば錯綜、悪く言えば支離滅裂。しかし、世界は“国益”むき出して蠢いている奇態な有機体になっているとのメッセージと思えば、色々、納得のゆくところがある。ボンドはゆえに陰性にならざる得ない。その意味ではダニエル・クレイグは適役なのだ。

 本作のボンド・ガール、オルガ・キュリレンコはウクライナ出身の女優さん。ミラ・ジョヴォヴィッチに次ぐ同国出身の女優として充実した活動をしているが、ボリビア白人独裁者の娘という役には少し無理があると思った。オルガが悪いのではなく、ボリビアを相変わらず“黄金の便器に座る国”と揶揄した冷戦期の時代感覚でかの国を描いた制作サイドの問題だろ う。水問題は借りたが、先住民大統領を誕生させたボリビア国民の思いはまったく無視されているのは所詮、ロンドンに治外法権的な金融ゾーン「シティ」を守らなければならない英国諜報員映画の限界であろう。スコットランドのショーン・コネリーが007を退職するのも止む終えまい。
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コスタリカ 寒村のマリンバ

コスタリカ、寒村のマリンバ
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 中米地峡諸国の民俗音楽を特徴づけるのはマリンバ。
 スペインの植民地時代、グァテマラに総督府が置かれた。パナマを除く、現在の中米地峡諸国とメキシコ・チアパス州がグアテマラのアンティグアに置かれた。この地域の酷暑の沿岸部での労働力としてアフリカ西海岸地方から強制的に移入された奴隷によってもたらされた民俗楽器が、マヤ先住民らによって改良されながら独自の発展をみた。現在でもグァテマラではさまざまな行事になくてはならない楽器として国内各地に無数と思えるほど多くのマリンバ・アンサンブルのグループが存在する。
 グァテマラの第二の国歌ともいわれる「シェラフの月」は元々、マリンバ合奏曲だ。そのグァテマラ・マリンバの影響を受けて南の隣国エル・サルバドル、ホンジュラスに波及した。エル・サルバドルの港湾に外国の客船が到着すると、小規模のマリンバ・アンサンブルで迎えられる。さらに南下してニカラグアに入ったマリンバ音楽は現在の民衆歌手カルロス・メヒア・ゴドイらによってヒット曲のなかにも取り入れられている。現在はそれほどでもないがメキシコ・チアパス州のマリンバ・アンサンブル中、進取の気性に富んだグループが首都メキシコ・シティに進出してアルバムを量産していた時代があった。ダンソン音楽などに秀逸なアルバムを遺した。
 しかし、かくも隆盛を誇った中米のマリンバも、グァテマラ総督府からもっとも遠いコスタリカには普及しなかった。これまで幾度もコスタリカに行っているが、ついぞマリンバに出会ったことはなかった。都市部だけでなく先住民共同体にも足を延ばしているであったことはない。

 先日、そんなコスタリカの新聞の片隅にマリンバの1枚の写真が掲載されているのを発見した。下記の写真だ。
 コスタリカ北西部、ニカラグア国境と接するグアナカステ州の田舎町で活動するマリンバ奏者の活動が首都サンフォセの新聞に大きく取り上げれたのだ。そこにコスタリカにおけるマリンバ音楽の歴史が簡素だが記されていた。

 同州のナンダジュレという町で活動する演奏家セラード・クベロ・ビジャロボスの紹介記事であった。アコースティック・ギターの制作で生計を立てる一方、自作のマリンバで演奏活動もつづけながら、コスタリカにもたらされた当時の音楽を伝承している貴重な存在である、と記事は書いていた。
 記事によるとコスタリカへのマリンバ移入は、カトリック修道団フランシスコ会が布教のために用いようとの試みからはじまったということだ。グァテマラ総督府のおかれた現在のグァテマラの古都アンティグア、ここは中米地域における布教の本拠地としてカトリック各修道団が大伽藍を建てた。フランシスコ会の一神父がマリンバを携えてコスタリカに入った。それが起源のようだ。その神父は先住民出身の人であったかも知れない。
 その神父は、グァナカステに入り、そこで定着したということだ。コスタリカとニカラグアが国境を接する地方は現在も先住民共同体が多いところで、カトリック布教はそうした先住民たちに対して行なわれた。
 ビジャロボスの演奏光景を写した写真のなかに、見慣れぬ撥があった。それは打ち弾く部分が小さなひし形の箱のようなもので出来ていた。撥自体がただ弾奏するだけでなく、音を共鳴させるような仕掛けになっているのだ。
 ラテン音楽につかわれる楽器の図鑑のような本は幾つかあるが、そうした本にもいまだ収録されていないと思う。音のサンプルも見つからないので、いまだ未知の音である。ビジャロボス自身が創意工夫したものかも知れない。成熟仕切ったグァテマラやチアパスのマリンバ演奏では、こうした新工夫はもう見られないが、マリンバ音楽の南限の地ではいまも開発途上の楽器であるかも知れない。
 ラテンアメリカでは電気を介在させないアコースティック楽器の改良・工夫は現在もつづいていることを報告したく本稿を書いた。 

花もつ女たち №74 キキ(アリス・プラン) (モデル*フランス*1901~1953)

花もつ女たち №74
 キキ(アリス・プラン) (モデル*フランス*1901~1953)
キキネットで「キキ」と検索したら『魔女の宅急便』の主人公キキばかりが出てきた。ご時勢だが、でも、原作者の角野栄子さんは、たぶん“モンパルナスの恋人”キキのことを知っていて長ほうきにまたがって空飛ぶ少女に命名したのだと思う。
 キキとはギリシャ語でアリスとなるから、それで芸名としたのだろう。
 ジブリの映画でキキが活躍する海沿いの小さな町はクロアチアのアドリア海に面した港町らしいが、あの爽やかな風が流れる沿岸沿いにはああいう町がほんとうに点在している。ガサツな広告看板もネオンサインもなく、乱暴な音楽の氾濫もなく、ゆったりと日を浴びているのだ。思えばクロアチアの沿岸を南に下っていけばギリシャ、バルカン半島の地政の錯綜はユーゴスラビア時代にはギリシャ文化を継承するマケドニアを包み込んでいた。とすれば魔女キキの名は幽冥界に消える家系をたどらなくても第一次大戦後の混迷のなかで花開いた野のアリスであったかも知れない。宮崎駿監督は、『紅の豚』でもクロアチアの港をモデルにしているわけだが、もしかしたら20世紀の“悲劇”の震源をバルカン半島に求めているのかも知れないと思ったりする。

 先日、新作映画『サラエヴォの銃声』について書いていたら、必然的にアドリア沿岸の町から車でボスニア入りしたことが思い出され、海沿いの町の瀟洒な佇まいが甦り、ついでに『魔女の宅急便』でキキが空から眺望する港町を連想し、しばらく『花もつ女たち』を書いていないから血と肉をもったモンパルナスのキキについて書こうと思いついた。
 本連載は、活字として発表している旧稿と、こうして思いつきのように書いているネット用書下ろしの2本立てで成立している。そういえば、筆者がモンパルナスをはじめて散策したのは、クロアチア帰りで乗り換えのため中継地としたパリでの時間をつぶすための“ブラタモリ”ならぬ“ブラキヨシ”の佳き日であった。
 字数の制限のないネット書下ろしではついつい余計なことを書いてしまう。

 パリのキキもスクリーンに幾度も登場している。魔女のキキちゃんより、その点、ずっと先輩でご本人主演の映画もシュールレアリストのマン・レイの実験的な作3作に主演している。たぶん、マン・レイはキキがもっと長く生活していた男だったから、ノーギャラで出演していたのだろう。キキ没後は、モンパルナスを描いた映画に幾度もそれぞれの女優さんの解釈で登場している。最近も小栗康平監督の『FOUJITA』にも主人公・藤田嗣治のモデルとして重要な役どころを得て登場していた。
 古今、もっとも多く絵画や彫刻でモデル化された実在の女性は誰だろうと思ったりする。それは極めて困難なことだろうが、さしあたりクレオパトラとかジャンヌ・ダルクあたりを思い出すけど、そのモデルたちの実像がきちんとしられるようになってからの時代になると、実に散漫な統計しか手にできない。モンパルナスの有名なモデルといえなキキ以前では、おそらくユトリロの母シュザンヌ・バラドンだろう。バラドンのことはすでに本連載で書いた。筆者はバラドンをモデルより画家として評価している。日本でもユトリロ、バラドン展と母子作品展が開催されているぐらい知られている。けれど、キキはモデルとして実にさまざまな画家、つまりさまざな様式のなかで解釈されてきた、という点では稀有な存在であった。ユトリロ、モジリアニ、スーティン、藤田嗣治、キスリング、マン・レイ……いまでは美術史の参照項目のなかに埋もれてしまった画家や彫刻家たちのモデルとなっていた。
 けれど、キキが職能的にモデルとして生きていたこといえば、そうは言い切れない。ある意味、女性〈性〉の発現として描かれていたようにも思う。彼女には天性の審美眼があったと思う。才能を、個性的な才能を見抜き、解釈する力が自然がそなわっていたと思う。彼女に認められた芸術家は男として、彼女自身が愛情を注げる対称であったに違いない。だから、芸術家たちの要請のなかで、キキは主題のなかに愛の発現として没入してゆくことができた。そういうことは詩的な散文ともいえる自伝からもうかがうことができる。

映画 『サラエヴォの銃声』  ダニス・タノヴィッチ監督

映画 サラエヴォの銃声  ダニス・タノヴィッチ監督
ポスター
 監督は、デビュー作『ノー・マンズ・ランド』(2001)でボスニア紛争を一方の勢力に組みしない視点で真摯に今日のあるがままの人間の問題として描いた。当時の国際社会は、旧ユーゴスラビアの解体とともにはじまったボスニア紛争をもっとも深刻な悲劇として注視していた。スロベニア、クロアチア、コソボ、さらにマケドニアまで飛び火し、それらの紛争のいずれにもセルビアが関与した。西側からの視点でいえばセルビア民族主義は悪の権化のごとく見られていた。そういう時勢のなかで『ノー・マンズ・ランド』、オスカーの外国語映画賞をはじめ多くの国際映画祭で賞賛された。
 
 余談だが、東日本大震災でヨーロッパにあって、もっとも早く慈善活動をはじめ義捐金をあつめたのはセルビアの人たちであったことは記しておきたい。

 すでに3年前のことになるが、クロアチアのアドリア海沿岸のスピリッツ空港でレンタカーを借りてボスニアに入国する個人旅行をしたことがある。サラエヴォや、激戦地となった地方都市にも足を延ばした。ここで、その旅の詳細は書けないが、本作の舞台となった場所にもいっている。
 サラエヴォの街を歩き、ドライブしながら思ったことを正直に書けば、復興が驚くほど早い、というものだった。中米にながく暮らした私は内戦で疲弊したニカラグア、エル・サルバドル、グァテマラで辺境部まで足を延ばしているが、その尺度から言えば、クロアチアも含め、復興の速度はやはりヨーロッパの国である、という当たり前だが今更ながらに思い知らされた。基本的に国民の教養度、政治家たちの文化度、内戦以前の国全体のポテンシャルの高さは、そのまま内戦後の復興事業を後押しすることになったものと思った。
 第一次世界大戦の引き金となったサラエヴォ事件は、小さな川に掛かるプリンツィア橋を渡った市街地の切れ目で起きた。セルビア青年がオーストリア皇太子を暗殺した事件だ。その場所はいまもそのまま保存され、近くの建物の壁にはプレートや事件当時の写真や新聞コピーを掲げている。橋の片側は公園となっていて、なかなか感じのよい界隈で、その公園の北側に広がる坂の多い市街地のなかに日本大使館がある。そのあたりはサラエヴォの旧市街でいまでもイスラム系ボスニア人、正教徒のセルビア人、そしてユダヤ人などが行きかう。紛争中は、この界隈にも砲弾が打ち込まれ、現在でも焼け跡がくろぐろとしたオベリスクとなって取り残されている。しかし、サラエヴォは中米基準でいえば外観 はすっかり復興しているといって良いだろう。
 映画のほぼ9割の撮影場所となったホテル・ヨーロッパは紛争中、おおきな被害を受けたところで、それでも外国記者が取材のベースを置いていた。そのホテルも再興され本作をみていれば良くわかるが、傷跡ひとつ見出せない感じだ。
 現在のボスニア=ヘルチェゴビナは一見、静穏である。しかし、ほんとうは危うい平和が保たれているといってよいだろう。この国は首都サラエヴォだけでなく、みえない国境線が引かれている。映画ではそれは語られていないが、現在のこの国はセルビア人が主たる住人とするスルプスカ共和国が存在している。世界地図には図像化されることはないが、この見えない国には国旗もあれば国章もある。2つに分断されているのだ。平和と危機は背中合わせに存在し、サラエヴォ事件の成否もまた否定と肯定が共存している。そうした複雑・錯綜した状況のなかで日々、生きてゆく市民にもそうした矛盾はなんかの影を落とす。それは表面化することもあれば、沈降したままでいることもある。映画は、サラエヴォ事件から100周年を迎えた式典を主題にした戯曲を、さらに増幅させて群像サスペンスにしたものだ。カメラがたえず俳優たちの背を追うように揺れる画面はドキュメントのリズムを与え、現実感を与えている。
 この映画をみているとボスニアに生きる人たちは現在もなお「平和」のなかで居心地の悪さを味わっているような気がしてならない。舞台となったホテルから車で15分ほどのところにサラエヴォ冬季オリンピックのメイン会場となったスタジアムがあるが、内戦中、市街戦で犠牲となった人たちの臨時の墓場となった。いまは近くの墓地に移されているが、その墓石の建立がほぼ同年ということの悲劇性がサラエヴォを覆っているように思えてならない。そういう重苦しさを映画をみているあいだ、私はずっと感じていた。
 タノヴィッチ監督は、結論なんて指し示さない。問題提起の監督である。現在社会を真摯に考えようとする人たちへ素材を提供する創作家である。
 *3月25日、東京地区公開予定。

署名アラカルト №22 小野田寛郎 〈最後の日本兵〉

署名アラカルト №22 小野田寛郎
小野田寛郎 太平洋戦争終結後、29年(!)も日々、臨戦態勢でフィリピンのジャングルのなかで銃の手入れ怠りなかった〈最後の日本兵〉。予備陸軍少尉に与えられた任務は、諜報活動。ヒロシマ・ナガサキを知り、天皇の人間宣言を知り、東京オリンピック、新幹線の開通など日本の繁栄を把握しつつ、任務が解かれるまで戦いつづけることを帝国軍人の誇りとした人だ。
 フィリピンで戦中の上官だったひとに任務が解かれ、日本に帰国したときに「英雄」として迎えられもすれば、「軍国主義の亡霊」といった蔑みすらあった。
 私は小野田さんを肯定的にみている。帰国後、保守的な組織や団体に、その名の力を貸していたことも当然の成り行きだと思う。大東亜戦争を肯定する思想をもたなかれば、戦後29年もの歳月はむなしいものになるだろうし、戦後ともにジャングルで暮し戦った戦友を27年目に亡くしてしまったことは慙愧でしかなくなる。
 虚勢で信念は貫徹できない。〈最後の日本兵〉小野田さんの署名は律儀な常識人の筆使いだ。そこには左翼系から指弾されるような「亡霊」とか、「軍国主義の権化」と指弾された狂信的な気配は筆の一画に影を落としていない。不特定多数の人の求めに応じて記された署名だがら、早書きの緩みはある。でも、できるだけ丁寧に応じようという気配はしっかり伝わってくるものだ。

 

署名アラカルト №21 松本侑子

署名アラカルト №21 松本侑子
松本侑子私の周囲には、『赤毛のアン』の熱心な愛読者が世代を問わず複数いる。最初の海外旅行が、アンの聖地プリンス・エドワード島だった人もいる。『君の名は、』聖地めぐりより遥かに能動的でとても好ましい。
 松本侑子さんといえば、『拒食症の明けない夜明け』で時代に切り込んできた才能だったが、彼女もまたアンにおおきな影響を受けた人であったことを知る。御自身のホームページではアン関係にもっとも力を入れているように思える。
 松本さんの署名本は幾度も私のもとに来たりて去ったけど、たいてい、マジックペンのぞんざいな感じのものばかりだった。ところが、2008年初版の『赤毛のアンへの旅』の署名本はごらん通り、まったく見事に少女趣味的で ある。女子高校生でも、こんなふうなやりかたをするのではないかと思ったりする。
 それまで、私の手元に来た松本さんの署名は漢字四文字くっきり書き分けた特徴のないものばかりだったが、これはローマ字筆記体。最後の〈to〉のOは、ハート型になっている。雅印は隷書のようだが、その硬さを和らげるように、否、いとおしげにというか、プリンス・エドワード島の花園でも思い出したか、深紅のバラのシールが添付されているのであった。そこには、愛らしい乙女心満開の松本さんがいる。女性は、アンの前ではにわかに思春期を取り戻すらしい。
 アン本のそこに45歳の可愛い松本さんが確かに存在するのだった。

映画『アイヒマンの後継者』マイケル・アルメレイダ監

映画『アイヒマンの後継者』マイケル・アルメレイダ監督
アイヒマンアイヒマン・・・いうまでもなく大戦中、ユダヤ人を強制収容所に送り込んだ元ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン。戦後、南米アルゼンチンに逃亡、イスラエルの諜報機関によって発見、拘束後、密かにイスラエルに連行され裁判に掛けられた。その裁判の模様は世界中に配信された。1961年のことだ。
 そして、表題の「後継者」とは誰だ、ということになるが、それは「あなた」であり、親兄弟姉妹でもあり、上司でもあり部下でもある・・・つまり、誰でもアイヒマンになりうる可能性があることを科学的に実証した実験「ミルグラム」の実録ドラマだ。
 映画はほとんど大学構内の限られたスペースで展開する。密室劇といっていいぐらい閉鎖的、動きのない地味な作品だ。しかし、その実験はおそろしい結果を出す。被験者たちの心の波動は「悪の凡庸さ」の象徴するものだった。

 アイヒマン裁判とほぼ歩調を合わせるように米国イェール大学でおこなわれた瞠目すべき人体実験。ユダヤ系米国人の社会心理学者スタンレー・ミルグラムは、「何故、ホロコーストが起きたのか、人間は何故、権威に服従してしまうのか」という人間存在の基層に潜む謎の解明に向け、「電気ショック」を用いての実験を繰り返す。この実験方法は、被験者の精神そのものに傷を負わせる疑義があるとして学会から名指しで批判されたものだ。おそらく民主国家であれば、このような実験は今後、許されないだろう。1960年代、大戦の傷痕が癒えない時代であり、冷戦の真っ只中という時勢が実験を許容したのだと思う。この実験は、発案者の名をとって現在、「ミルグラム実験」という固有名詞を与えられている。

 ミルグラムはさまざまな立場の市民、男女問わず、実験の意味を問うことなく、偽の「電気ショック」機械を使って実行した。その機械は実際に機能しないのだが、被験者は機会が作動していると信じて参加する。実験の前に、謝礼が払われるリアリティーが被験者に「義務」を負わせるのだろう。わずかな金でも人を強いるものになるという実験であるかも知れない。クイズ形式で、解答をまちがった者、つまり悪意のない人に向かって、元来、遊びの要素でしかないクイズとは知りながら、段階的に「電気ショック」の強さを増していくボタンを押しつづける。なかには、こんなにショックを与えつづけると大変なことになると拒否する者も出る。しかし、そんな人はごくごく少数派で、自らに嫌悪感を抱きながらもボタンを押しつづける。
 実験終了後、ミルグラムは被験者に、「なぜ電気ショックを与えつづけたのですか」と問いかける。被験者はたいてい、「俺は途中でやめたかったが。つづけろと言われたから」と答える。他の被験者もみな、自分は抵抗して、自らの意思ではしていない、と強調した。それは裁判で自己弁明したアイヒマンの答えと同じものであった。
 実験で示されたデータは、「一定の条件下では、誰であろうと残虐行為に手を染める可能性は大きい」というものだ。むろん、それでアイヒマン裁判の審理に影響を与えたわけではない。ただ、ナチズムの犯罪の過半は、ハンナ・アーレントが主張した「悪の凡庸さ」を示したことになる。
 ミルグラムを演じたピーター・サースガード、彼の恋人役にはウィノナ・ライダーが配されいる。助演陣には演技派の名優たちが据えられ、小さな空間のなかの心理劇に奥行きを与えている。サイコキックなサスペンス映画をみるより実録の劇化として本作は恐ろしい。
*2月下旬、東京・大阪で公開。

変なヒト その4 氷りを砕き続けるオッサン

変なヒト その4 氷りを砕き続けるオッサン

 天気晴朗なれど北風強し、という師走の午後。処は浦和の喫茶店。月に一度の古書露天市。いつも、ここでは100円均一の古書しか買わない。もう5年ほど通い詰めているからテント張りの会計所にたむろす古書店主たちとはすっかり顔みしりだ。
 近在の幾つかの古書店が店を出すのだが、100円均一の本を漁っているだけで、大ぶりのエコバックがあふれてしまう。顔見知りの店主たちからは、おそらく「背取りのオッサン」と思われているだろう。最初は、「100円均一本しか買わないセコイ客」と思われていただろうが、いまは「背取り」へと昇格していると思う。実際、自分では不要だが、この本は絶対に貴重な「書籍」だと思い、ネットオークションに出したところ1万数千円になったものがあった。そういう背取りの成果が次回の本の漁りへと繋がっており、けっこうな小遣い稼ぎとなっている。・・・で、会計を済ませた後、いつも近く喫茶店によって買った本の再吟味となる。寒い日は暖を取り、暑い日は涼を取りながらの読書タイムは至福の時間であり、それにはコーヒーの芳香は欠かせない。
 さて、その日、コーヒーを飲みながら、古書に手にしていると、近くでガリガリ………と耳障りな音。なんだ・・・と顔をあげ、音の発する方向に視線を向けると、ひとりのオッサンが盛んに口をもぐもぐさせながら、氷を噛み砕いているのだった。小生より老けているが、おそらく同年輩だと思う。
 背を丸め、新書版のコミックを熱心に読んでいる。ガリガリはつづく、果断なくつづく・・・一度、耳についた音は灯油を導くホースのように小生の耳にとくとくとガリガリが引きりなしに注入される。たまらない。読書どころではない。ガリガリガリガリ・・・しかし、彼の健康な歯が羨ましくなる。ガリガリガリガリが憎たらしくなりはじめる。小生の歯はラテンアメリカ諸国をバックパッカーで乗り合いバスで旅をしつづけた性でボロボロだから、ガリガリやれない。癪に障ってくる。・・・音が突然、途切れる。やれやれと思っていると、そのオッサン、やおら立ち上がり、紙コップを手にするとレジに向かう。なんだ、と視線でおうと、氷をあつかましくも所望しているのだった。水もただなら氷もただのが日本の飲食店である。水も氷もただが常識としてまかり通っている国は、この地球上ではひじょうに珍しい。それだけでも日本という国はすばらしい国である。
 さて、そのオッサン、また自席に戻ると同じ姿勢でコミックを手にすると氷を紙コップから口に放り込むとまたぞろガリガリガリガリ・・・小生は本をテーブルに積んで、読まず捲らず、古書の汚れを拭うべく、テッシュに薄く水を含ませて、カバー表紙を拭いはじめた。この行為も、あるいは、愛書家特有の変態行為かも知れない。某書のカバーからヤニ汚れが取れる。某書からは小虫の薄い羽の附着が取れる。わけのわからない黒ずみが取れる。テーブルに汚れたテッシュが溜まってゆく。ガリガリに合わせてシュッシュッという感じである。ガリガリシュッシュッ、ガリガリシュッシュッ・・・そうして師走の午後が走ってゆく。小生も、あるいは「変なヒト」かも知れない。

私憤から公憤へ ~映画『ラビング ~愛という名前のふたり』ジェフ・コリンズ監督

私憤から公憤へ 映画『ラビング ~愛という名前のふたり』ジェフ・コリンズ監督
ラビング
 愛はときとして人を強靭にする。愛の力によって市井の人が控えめに歴史の一ページを開いてしまうことすらある。それはおそらく宝くじに当たるより稀なことだろうが、大金を確かに手にする人がいるように、平凡な幸せをもとめた愛が歴史の戸を叩き、開くことはある。そんな、“至高の愛”はまたごくごく平凡な営みであったりする。そういう奇跡をおだやかに綴って深い感動を誘う映画が『ラビング』だ。

 1958年というから、小生が小学生になって間もないころとなるが、米国南部州、つまり南北戦争で破れた州では異人種間の通婚を禁じる法が生きていた。むろん、異人種とは、そこではアフロ系市民、黒人を指していた。白人は黒人と結婚してはならぬ、ではなく、黒人は白人と結婚を禁じる、望むなというニュアンスだろう。そして、それは1967年まで生きた法として存続していた。ビートルズが史上初の国際衛星放送で「愛こそはすべて」と歌った、その年の6月まで処罰のされている恋人たちがいたということだ。現在、南部ジョージア州の州歌はレイ・チャールズの「わが心のジョージア」だが、そのレイ自身、同州の黒人差別法を批判し、公演を拒否したため生まれ故郷から追放され、それが解除されたのは1979年のことだった。そうした時代背景を少し頭の片隅において本作を観るのはひとつの見識であろう。

 バージニア州の寒村で暮らす白人大工のリチャード・ラビング(ジョエル・エドガートン)は黒人の恋人ミルドレッド(ルース・ネッガ)から妊娠を告げられ、即座に結婚を申し込む。ラビングにとって、それはごくごく自然の成り行きであって、ミルドレッドと生涯をともにしようと決意する。けれど、排他的な風土の南部州に生まれ住む二人にとって、その決意がどれほど白眼視されるかも熟知している。だから、異人種間の結婚がみとめられている北部州に赴き、ささやかな結婚式をあげる。そして、地元に帰り、つつましい生活を営みはじめる。しかし、悪法もまた法、ふたりは地元の保安官に逮捕されてしまう。裁判で結婚を解消できないならバージニア州に住むことはできないと北部州へ転居する。しかし、ラビングは 町の暮しは合わなかった。そこから自然とバージニア州法に疑問を抱き裁判を起こす。同じ国のなかで法律が違うのはおかしいし、なにより異人種が結婚できないというのは神の意思に反している・・・素朴だが人間存在の根源的な問題だ。
 
 今日の米国映画の大きな特徴は「裁判」である。訴訟社会といわれるほど弁護士の数が多い米国の反映である。そうした映画は法廷を舞台にするため雄弁な台詞の応酬劇ともなっている。本作も一種の裁判劇である。しかし、なんと台詞の少ない映画だろう。 ラビングが朴訥した田舎の青年で、言葉を能弁に修飾することなど無縁な人柄。妻のミルドレッドはそんな夫ラビングを好ましく重い寄り添うことで平安を得ようという女。だからミルドレッドも夫以上に寡黙というひと。
 裁判は、最高裁まで争われ、すべての異人種間結婚禁止法は違憲として、原告のラビングの勝訴となる。その裁判の席にもラビングもミルドレッドはいなかった。米国にとって歴史的な日となった、その日もラビング夫妻は静かな田舎で平穏に働いているだけだ。スポットライトを浴びることなど、自分たちには似合わない、と。

 怒りを抑えた「私憤」が、やがて歴史を動かす「公憤」へと上昇してゆく劇なのだが、映画はその高揚感すら、ふたりの静かな愛の営みの日々をささやかに彩るおだやかな旋律に変えてみせてくれる。
 観る者に静謐だが、たしかな温もりを与えてくれる作品だ。
 こんな映画が、人種差別、民族差別、宗教差別、さらに性差別まで繰り返したトランプ氏が大統領の座を射止めた2016年に米国で制作された。
 *3月公開予定。

文庫化されない本のために 019  落合清彦『江戸の黙示録』思索社

文庫化されない本のために 019 
 
 落合清彦『江戸の黙示録』  思索社刊

 1983年の出版。主に歌舞伎を中心に論じて、バブル期の日本のいわゆる爛熟を照射していた、と思う。傾聴すべき諸編が多数収録されている。
 歌舞伎でいえば玉三郎全盛期、その相方としての片岡孝夫(現・仁左衛門)などが見出された時代になるわけだが、この当時、歌舞伎を論じて、異端モノ、奇異譚、鶴岡南北の闇があやしき燐光を放ち、泉鏡花の作品が玉三郎などによって新装、あらたな展開をみせた時代でもある。市川猿之助(現・猿翁)のスペクタルなスーパー歌舞伎への助走が・・・要は歌舞伎の世界も社会のバブル景気に寄り添っていた。そんな時代を反映し象徴もしている一冊となろうか。
 「日本怪奇劇の展開」「返り血をあびる男」「遊里と男色と歌舞伎」といった緒論の表題を取り出すだけ で本書の雰囲気がにわかに漂ってくると思う。緒論の一遍に、「三島歌舞伎のせりふと技巧」というのがある。小説論は無数にあるといって良い三島文学だが、三島歌舞伎八編を詳細に論じたものは少ない。これを論じる力は小生にはないけど、貴重な論考として留めておきたい。
 そして、最後、本書における終章に挿絵画家・小村雪岱を論じた「繊細なる妖しさ」がある。泉鏡花の新聞小説などの挿絵を手がけ、本の装丁もまかわされた画家。画家の余技として見られる挿絵に自己表現を仮託した埼玉は川越生まれの美術の職人。喜多川歌麿も川越生。
 著者は、鏑木清方、木村荘八、そして雪岱を近代日本の挿絵家の三絶と評価する立場から論じている。今日、清方はあの流麗な女人像などによっ て全集の一巻を占める位置を獲得しているが、荘八、雪岱の仕事は、たとえば、泉鏡花の全集などが繰り返し再刊されても、新聞連載当時の「挿絵」は無視されてしまう。だから、これを論じる人は必然、少なくなってしまう。
 雪岱が描く挿絵は江戸から明治、大正にかけての風俗、そして小説中の人物たちであった。
 小村
昔のあだな女を「小またの切れあがった女」と比喩したけど、それはこんな女たちなのだろうと若き筆者に指し示したのは雪岱の絵であったように思う。雪岱は、挿絵、本の装丁ばかりでなく舞台美術も数多く手がけた。というより雪岱の出自が舞台装置家であったことを著者より教えられた。
 近代日本の大衆文学は芝居と切り離すことはできない。優れた舞台装置とは芝居を 象徴的に解釈するものとすれば、雪岱の挿絵が小説の巧みな解釈となるのは必然だったろう。この人気作家は多忙な“職人”として仕事を抱えながら54の働き盛りのなかで斃れた。

*昭和58年5月初版・絶版。思索社刊行。
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