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水資源の深刻さを反映した007シリーズ『慰めの報酬』 マーク・フォースター監督

水資源の深刻さを反映した007シリーズ『慰めの報酬』 マーク・フォースター監督
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 007、ジェームズ・ボンドといえばスコットランド(と時勢をかんがみ、そう書いておく)の名優ショーン・コネリーによって英国映画のヒット・シリーズとして定着できた。だから、彼がボンド役を降りてからは等閑視してきた。現在のボンドはダニエル・クレイグが勤めるが、コネリーの陽性なキャラクターは、すっかり陰性に換わった。
 東西冷戦という枠組みのなかで活動を開始したコネリー・ボンドだったが、ベルリンの壁が消えた後の“敵”は錯綜し見えにくくなった。英国のスパイとしての007もときに米国CIAや、従来の西側の組織とも対立することなった。本作でも、007は英国の エージェントを殺してしまう。陰性になるのもまた仕方がない。
 “敵”は多国籍企業であったり、コンシアームであったりする。巨大な資金をもち八岐大蛇のように右にも左にもなびく頭をもつ組織が利権を求めて暗躍するとき、国境は失われ、刻々刻苦と変化する経済状況によって、昨日の味方は敵へと移行する。要するにグローバル経済下でのスパイ活動にはイデオロギー的信念は毀損される。
 2008年の旧作に属する007を敢えてここで書いておこうと思ったのは、南米ボリビアの水問題が主要テーマになっていたからだ。現実にボリビアでは水問題は大きな政争を惹起した。南米は水資源にゆれる地域である。それを世界的なヒット・シリーズのなかで語られたということで、記憶されるべきだと思った。本作を紹介し批評する数多の文章のなかで、ボリビアの水 問題に言及するものが見当たらなかったからだ。おそらく映画批評をなりわいとする方の多くは、映画で描かれた先住民の苦境は映画のなかのエピソード、こんな極端なことあるわけはないと思う方が多かったのだろう。現実はより深刻である。そのあたりは拙著『南のポリティカ』あたりを読んで欲しい。トランプ大統領のツィターではないが、マスメディアは読者のニーズにそってしか現実を報道しない。
 もう5年以上前のことになるが、配給会社アップリンクがドキュメント映画祭を短期間開催したとき、その1本でボリビア問題を取り上げた1作があり、そこでコチャバンバ市の公営事業たる水道事業を多国籍企業によって民営化する計画が取り上げられていた。その記録映画は一般に普及することはなかった。その意味では、007の一巻、本作は貴重なのだ。
 2008年といえば、コチャバンバ市などの水道事業の民営化推進に反発する住民らの抵抗が流血の騒動になり、そうした運動を背景に同国ではじめて先住民出身の大統領が誕生していた。けれど既得権にしがみつく保守層は現実に新大統領に対して力で抵抗していた。007は元来、その新大統領の政権を崩壊させる側につくはずだが、ダーティーなイメージにするわけにいかなかったのだろう。現実の推移を無視したシナリオを作って、水資源を独占しボリビアを牛耳ろうという得体の知 れない組織に対立するボンドの活躍を描いた。
 その意味では対立構造がよくいえば錯綜、悪く言えば支離滅裂。しかし、世界は“国益”むき出して蠢いている奇態な有機体になっているとのメッセージと思えば、色々、納得のゆくところがある。ボンドはゆえに陰性にならざる得ない。その意味ではダニエル・クレイグは適役なのだ。

 本作のボンド・ガール、オルガ・キュリレンコはウクライナ出身の女優さん。ミラ・ジョヴォヴィッチに次ぐ同国出身の女優として充実した活動をしているが、ボリビア白人独裁者の娘という役には少し無理があると思った。オルガが悪いのではなく、ボリビアを相変わらず“黄金の便器に座る国”と揶揄した冷戦期の時代感覚でかの国を描いた制作サイドの問題だろ う。水問題は借りたが、先住民大統領を誕生させたボリビア国民の思いはまったく無視されているのは所詮、ロンドンに治外法権的な金融ゾーン「シティ」を守らなければならない英国諜報員映画の限界であろう。スコットランドのショーン・コネリーが007を退職するのも止む終えまい。
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メキシコの女優エルピィデア・カリロのこと

メキシコの女優エルピィデア・カリロのこと

yjimage (2) 年の瀬、掃除も兼ねた不用品の処分をしていると、一群のVHSビデオに出会う。それは主にラテンアメリカを舞台にした米国映画で1980~90年代に制作されたものだ。すでに繰り返し観たので内容は十分、把握している。そして、何故、それらのVHSがかたまりとなって捨て置かれていたかといえば、多少の時差はあれ冷戦末期、ラテンアメリカ諸国が悪辣な軍事独裁政権下にあった時代に材をとって制作された、いわば“抵抗”の映画であったからだ。その中から次の3本の映画を脇に取り置いた。
 南米パラグアイの軍事独裁下の人権犯罪が取り上げられている『愛と名誉のために』(1983年*ジョン・マッケンジー監督*リチャード・ギア主演)。原作は『第三の男』で知 られる英国の作家グレアム・グリーンの「名誉領事」。ギアが後年、中国共産党政権の暗部を指弾する映画に積極的に関わったことに繋がってゆく、その予兆を秘めた作品だ。ともに“独裁”がキーワードだろう。
 中米エル・サルバドルの内戦へ関与する米国の立場を批判的に描いた『サルバドール』(1986年*オリバー・ストーン監督*ジェームズ・ウッズ主演)。ストーン監督の作品のなかでは、私には批判的にしか観られない一作。理由は、作品中に起こる様ざまな事件はそれぞれ紛れもない事実であったが、それらを映画の時間の枠内に時差を無視して取り込んだご都合主義にいささか辟易した。
 経済的に疲弊するメキシコからの不法越境者たちを描いた『ボーダー』(1981年*トニー・リチャードソン監督*ジャック・ニコルソン主演)。米国映画にとって今日、麻薬密売絡みで繰り返し描かれることになる米墨国境地帯は主要な舞台だが、その現実を社会的なアプローチで撮った初期の佳作だ。英国のリチャードソン監督が客観的な視点で誠実に話をまとめていた。
 ・・・の3本だ。
 何故、その3本かといえば、理由はいずれもメキシコ出身の女優エルピィデア・カリロ(Elpidia Carrillo)が主演女優、またはそれに準じる配役を得ていたからだ。
 日本ではアーノルド・シュワルツェネッガー主演で大ヒットし続篇も制作された『プレデター』(1987,1990)に主演女優として出演、広く知られるようになった女優だ。
 1961年生まれのカリロにとって20代の仕事がもっとも際立っていた。 
 『ボーダー』では仕事に倦んでいる国境警備隊の中年ポリス(J・ニコルソン)に青春の覇気をそこはかとなく取り戻させてしまう可憐な未婚の母という、まるで「聖女マリア」のような役柄をこなした20歳のカリロ、23歳の『愛と名誉~』では名誉領事の若き愛人を演じ、26歳では戦火のエルサルバドルでボランティア活動をつづける気丈な女性を演じていた。
 1990年代以降 は助演、またはネームバリューの大きさを観客寄せとして使われるような小さな役での出演がつづき、英国の社会派映画監督ケン・ローチがはじめて米国でメガフォンを撮った『ブレッド&ローチ』(2000年)で、メキシコ系米国人役を演じて以降、日本ではまず忘れられた存在となってしまった。30代を迎えてからリアリズムでいうのだが、カリロの美貌は急激に衰えた。1995年、米国在住ヒスパニック家庭の叙事詩ともいえるドラマ『ミ・ファミリア』(グレゴリー・ナヴァ監督)に出演したとき34歳だったが、それはすでに顕著にカリロはなにか病いに冒されているのでは、と思えるほど痩せていた印象をもったものだ。そして、私も彼女の存在を忘却しかけていた。
 ところが、日本で は公開もされずDVDも発売されていない1998年のメキシコ映画『ラ・オートラ・コンキスタ』でアステカ王モクテスマの妻であり、後年、スペイン征服軍の武将の妻となるイサベル夫人を演じたカリロの姿をメキシコの映画館で観た。それは鮮烈な印象であった。そこでは20代の精気とともにアステカ貴族の威厳、風格すらあった。しかし、それがカリロの“雄姿”の最後であったか・・・。以降、注目されるフィルムは少なくとも私には存在しない。この作品は、かつて『プレデダー』に夢中になった世代にも観て欲しい作品だ。

日本で最初に公開されたアルゼンチン映画『黒い瞳の女』

日本で最初に公開されたアルゼンチン映画
 『黒い瞳の女』マヌエル・ロメロ監督
yjimage (2) アルゼンチン映画について書いたついでに。最近、フィルムセンターで1939年、アルゼンチンで制作された映画『黒い瞳の女』が修復されニュープリント版の完成披露が2日のみ行なわれたので、その話題から。
 同映画の日本公開は1941年。12月8日、連合艦隊がハワイの真珠湾を空爆して太平洋戦争がはじまった年だ。そんなキナ臭さただよう9月、東京でアルゼンチン映画が初公開され、翌10月には、つづく交歓事業の一環で『薔薇のタンゴ』が公開されている。ちなみに開戦直前の11月には米国、フランス映画も公開されていることは注目されていいだろう。日本政府が最後まで対米開戦を避けたいという気配がそうした映画の公開に反映しているのかも知れない。 
 アルゼンチン映画2本の公開は、同国との文化交歓事業のひとつであった。開戦と同時に米国と同盟関係にあったアルゼンチンは他の中南米諸国とどうよう対日戦争の当事国となったわけだから、それこそ戦前、最初にして最後の同国映画の公開となったわけだ。その時、交歓で日本からアルゼンチンに送られた事業とはなんだったのだろうか、興味のあるところだ。当時、アルゼンチンには約7000人の日系社会があった。
 さて、『黒い瞳の女』の原題は “la vida es un tango”だから、「タンゴこそ人生」となるだろうか。昭和10年代には東京にもタンゴ楽団が誕生していたから原題を邦訳しても良かったと思うが、タンゴプラス恋愛映画として売り出したかったのだろうか、チェーホフの短編のような題名になった。
 監督は1930~40年代に量産といってもよいぐらいの作品と脚本を書いたマヌエル・ロメロ。手馴れた展開の早い演出、構成に監督の熟練度がみてとれる作品だ。内容はなんてことはないストーリー。タンゴ歌手になりたい大学生が飛び入りで三流劇場のステージに立ち喝采を受け、やがてフランスまで進出してゆくも、やがて飽きられ自信を失い、精神的に声が出なくなり、うらぶれて帰郷、そして再起して名声を取り戻す、という実に小気味よい起承転結に富んだ娯楽映画で、その歌手の岐路に絶えず方向を与え、励まし成功に導き・・・という存在が「黒い瞳の女」という最愛の伴侶というわけだ。
 いうまでもなく取り立てて評価する材料のない作品だが、アルゼンチン映画の日本での公開がタンゴから始まったことは記しておくべきだろう。
 当時のアルゼンチンは政治的には政争に明け暮れていたものの冷凍船の技術が進み、同国の主産物である牛肉の欧州への輸出が伸びたり、英国の資本が大量に入り込むなど南米諸国のなかではもっとも富裕化が進んでいた、貧富の格差も・・・。当時、南米でもっとも識字率が高かった、という数字が残されているから初等教育はだいぶ改善されたのだろう。また、ミュージカルや映画ともなった「エビータ」ことエバ・ペロンが映画界に活動を開始していた時代でもあった。
 アメリカ地域におけるスペイン語圏では同国はメキシコと並ぶ映画量産国であった。当時のアルゼンチン映画、音楽界での大スターはリベルタ・ラマルケであったが、ファーストレディとなったエビータによって国外追放された(異論もある)。失意のラマルケは、チリに逃れ、メキシコ渡り、やがて世界的な名声を得ることになる。メキシコもアルゼンチン同様の映画・音楽の購買力が民衆にあったから活躍できたといえる。

私的な歯痛体験もあって、気になるロードムービー  ~映画『エバースマイル・ニュージャージー』

私的な歯痛体験もあって、気になるロードムービー
 ~映画『エバースマイル・ニュージャージー』

 エバースマイル
 ダニエル・ディ=ルイス主演ということでラテンアメリカ映画の範疇で語ることを失念していた。台詞が英語で通されていることも勘違いの原因だが、これは紛うことなきアルゼンチン映画。まず舞台が大平原パタゴニア、監督も同国人なら撮影、脚本、助演陣みな達者な同国人だ。ただ英国系企業の資本で制作されたことでも錯覚したか……でもそんな情報はどうでも良い。この善意にあふれた、ドン・キホーテ的な時代錯誤感がほとんどわき見することなく真っ直ぐ語り尽くされる、ということで真にラテンアメリカ的ともいえる。
 主人公はアイランド出身でいまは米国ニュージャージー州に本部のある慈善団体「デュボワ歯科普及財団」から無医村ならぬ、無歯科医地域のパタゴニアに派遣され、歯の健康維持と治療をボランティア・オコーネル医師の物語。オコーネル、いかにもアイリシュ的な典型的な名である。
 エバースマイルとは、歯の健康にはよく磨く習慣が必要と、無償で配る歯ブラシに刻印された文字である。いかにもの命名である。そして、パタゴニアを疾駆するのはサイドカーに医療器具を載せたモーターサイクル。この映画から15年後、革命家以前のエルネスト・ゲバラの南米旅行を描いたロードムービー『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2004)が撮られている。アルゼンチン人はモーターサイクルで長躯の旅をする嗜好でもあるのかと思ってしまう。
 行く先々での人々との出逢い、そこで起きる日常的を善意で掻き乱される田舎の人びと。日本的な情感でいえばハレとケの交わりの物語だ。茫洋と退屈な時間が民衆に流れている。オコーネル医師の到来は、予期せぬ大道芸人の来演のようなものだ。それが治療行為という具体的な善行がともなうから人との関係性が濃密になってゆく。しかし一期一会。ローマ法王を輩出した国だけに、カトリック修道院の奥深く、歯痛を神から与えられた受難と受け止め治療を拒む老聖職者の姿なども描かれて興味深い。
 挿話のひとつにハイテク設備を積み込んだ日本製の歯科医療ワゴンカーというのがTVのニュースで紹介される場面がある。それを見ていて、そうかアルゼンチンでも日本の歯科医療器具の有能性が注目されているのかと感じ入った。というのは、筆者が中米ホンジュラスを旅しているとき、どうにも収まらない歯痛に耐え切れず、首都テグシガルパの歯科医に駆け込んだことがある。確か、日本大使館に電話して推薦できる歯科医はいませんかと尋ね、紹介してもらった歯科医であった。
 「あなたは日本人か?」と聞くから、「そうです。保険にも入っているので後で領収書を書いてください」と言い、ついでに「この治療台や器械類はまるで日本と同じですね」と言うと、「その通り、日本製ですよ」という。良く聞くと、日本の歯科医療器具は日進月歩で古くなると途上国に輸出されているのだそうだ。「日本の器械は世界一でしょう」とリップサービスか、そう強調したのだった。
 『エバースマイル~』のオコーネル医師が日本の治療ワゴン車を知って思わず目を見張るシーンで、テグシガルパで座った日本製治療椅子の感触を思い出したのだった。後で保険で返金された治療代だったが、これは筆者が保険に入っていること見越した金額だと思った。同国のフツーの人がとても払える金額ではない金を取られた。
 アルゼンチンに限らずラテンアメリカ諸国はオコーネル医師のようなボランティアが必要だ。たぶん、よほどの善政にでも恵まれない限りは、永続的に……。
 *カルロス・ソリン監督作品。アルゼンチン映画。

映画『ニーゼと光のアトリエ』ホベルト・ベリネール監督 ブラジル

映画『ニーゼと光のアトリエ』ホベルト・ベリネール監督 ブラジル
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 ノーベル賞の季節ということで、その辺りから入ろう。
 かつて精神疾患、特に統合失調症の患者に対して前頭葉切裁術が行なわれていた。その手術の結果、自我を奪う無気力にしてしまった。そのために人をしてロボットのようにしてしまうということからロボトミーといわれた。この手術を発展させたポルトガルの神経科医師エガス・モリスは、その“功績”で1949年にノーベル生理学・医学賞が与えられた。しかし、今日、ロボトミーの弊害は明らかになり否定され、禁忌の手術となっている。モリスが施術した患者に銃撃されるという事件まで起きた。ノーベル賞も時代の制約のなかでしばしば間違いを犯していることは明記しておく必要があるだろう。
 ロボトミーの弊害を説いた名作に私たちはすでに、ジャック・ニコルソンの名演で知る『カッコーの巣の上で』(ミロス・フォアマン監督)を持っている。本作はそれに併列させて語りついでいきたいような一篇だ。
 ブラジルにとって旧宗主国ポルトガルのアカデミズムが各界に影響を及ぼすのは当然だろう。そんな時代にロボトミーばかりか、電気ショック療法などすべて暴力的治療だと否定する精神科医が臨床に携わる。その女医ニーゼ・ダ・シルヴェイラ(グロリア・ピレス)の奮闘努力の物語である。

 舞台は1944年のリオデジャネイロ市郊外の国立精神病院。映画は、その病院を囲む無機質な鉄製の塀に覆われた正門、その小さな門扉を叩くニーゼの姿からはじまる。ニーゼは繰り返し叩く、沈黙をつづける戸の向こう。ニーゼを迎える困難、行方を象徴するようなシーンである。多少の飛躍、脚色はあるだろうが実話をもとにしたもので大きくは逸脱はしていない。
 病院に迎えられニーゼが建屋、深く入っていくほどに非人道的とも思える荒んだ光景が展開される。拘束される患者、電気ショック療法を受けているのか何処からか聞こえる叫び声、徘徊する患者、その辺りの描写はなにか異臭がただよってきそうな饐(す)えたリアルさがある。映画のなかでニーゼの治療を受ける10人ほどの患者たち、それを個性豊かな、というと語弊があるが、精神病患者たちを演じる俳優たちの「らしき」演技のリアリティさは凄みすら感じさせる。ニーゼを演じたグロリア・ピレスより賞賛したい思いが湧いてくる。その辺りも『カッコーの~』に覚えた感動の質と似ている。
 ニーゼは、看護師らがケダモノ呼ばわりする患者に対して、「クライアントと思いなさい」と自己改革を主張し、実践させてゆく。そして、いっさい暴力的行為のともなわい治療に献身してゆく。 
 箱庭療法というのか、その方面の知識は私にはないが、ニーゼはさまざまないっさい抑圧的な治療を排して模索してゆく。そこで出会ったのが絵画療法であった。患者たちの内面をうかがう手段として。患者ひとりひとりの表現の変化と行動の変化がみごとに重なってゆく微妙な演技、演出はすばらしく繊細であった。
 *12月中旬、公開予定。

もう一人のマヤ族のマリア  ~映画『ボーダー』のマリアと、『火の山のマリア』

もう一人のマヤ族のマリア
 ~映画『ボーダー』のマリアと、『火の山のマリア』yjimage (6)


 グァテマラ映画『火の山のマリア』を観てから、確かマヤ系先住民少女マリアの映画がもう一編あったはずと喉に小骨が引っかかったように気になっていた。その小骨が数ヵ月ぶりに取れた。
 VHSビデオを整理し、すでにDVD化されている映画は処分しようと思いながら、ついでに再見しようとデッキに掛けた旧作にジャック・ニコルソン主演の映画『ボーダー』(トニー・リチャードソン監督)に、そのマリアがいた。
 そのマリアはメキシコの女優本作は1981年制作だから、翌年には劇場で観ているはずだ。ニコルソンの全盛期といって良い時代の作品だが、彼の映画というより、『長距離ランナーの孤独』を撮った英国の名匠が監督した作品として観にいったと思う。ニコルソンが主演した映画のなかではもっとも目立たない社会派アクション映画といえるものだが、英国の労働者階級を見つめ続けてきた監督の視点は米墨国境地帯の矛盾を冷徹に批評している。
 ニコルソンの役は不法越境者を取り締まることを主要目的としている国境警備のしがないポリス。その同僚に名優ハーヴェイ・カイテルが悪徳ポリスを演じている。
 
 前置き長くなった。映画の冒頭がグァテマラの一小村チチカステナンゴの聖トマス教会に入る階段前から始まるのだ。映画は場所を特定していなのでチチカステナンゴであることも、あるいはグァテマラであることも知らずに見過ごされるだろう。カメラは、聖堂のなかまで持ち込まれる。その一角でマリアが祈っているシーンが描かれる。チチカステナンゴはグァテマラ最大の先住民キチェ族の村である。祈るマリアも先住民衣裳ウイピルを着ている。『火の山のマリア』のマリアも終始ウィピルで過ごしている。
 何気ない聖堂内撮影だが、今日ではこんなふうに無遠慮に先住民信徒の祈りを撮影できないと思う。当時、同国は軍事独裁政権下、内戦が展開中の時代であった。政府観光局が先住民の意向などまったく無視して撮影を許可したと思う。
 チチカステナンゴ、そして聖トマス教会のことを知らなくても、アメリカ大陸の古代文化に興味がある人なら、マヤ神話の聖典「ポポロ・ヴフ」が発見された教会といえば、思いあたる読者も多いと思う。この聖典の縁起、教会の悲劇的な来歴については拙著『ラス・カサスへの道』で詳しく書いているので参照されたい。
 『火の山のマリア』も、『ボーダー』のマリアも年齢は不詳だが少女だが母親となっている。現在でもマヤ系先住民女性は早熟だ。15歳で結婚、20歳を迎える前に数人の子持ちという例は普通だ。
 
 聖トマス教会で祈りをあげている最中、大地震が襲う。1976年2月に全土に大きな被害をもたらしたマグニチュード7・5の大地震があたりが映画の背景となっている。地震で2万3千人の犠牲者を出している。そして、この地震によって零細農がほとんどの先住民はさらなる貧困を強いられてゆく。マリアは幼子を抱いて、弟と一緒にグァテマラ国内を流浪、そのシーンでは古都アンティグアの大聖堂、修道院の廃墟など後年、ユネスコの世界遺産となる場所で撮影されている。
 米墨国境まで北上した3人だが米国入りはなかなか成功しない。不法越境してもすぐ国境警察につかまり南に送り返される。そうした日々のなかでニコルソン演じるところのポリスを出会うという設定だ。映画のなかでマリアはすべてスペイン語で通す。英語は話さない。翌年、マリアを演じたエルピディア・カリロはアルゼンチンの娼婦を演じた『愛と名誉のために』では堪能な英語セリフをこなしているので、『ボーダー』ではよりリアリティを重んじて英語セリフを封印したと思う。ニコルソンのポリスとマリアが言葉ではなく心で通じ合うという象徴性を出すには、その方が効果的でもあった。
 この二人の心の交流を通して米墨国境地帯に象徴される南北問題があぶり出されてゆくのが映画『ボーダー』である。
 それ以前も、以後も無数の米墨ボーダー映画がアメリカ、メキシコ双方で制作監督デビュー時代に先祖されていくのだが、映画を通してみているだけで状況は悪化していると言わざる得ない。
 映画『ボーダー』当時、まだ無課税で原材料、機械など無関税で輸入できる保税関税制度で保護されたマキラドーラの工場群はなかったし、そこでの労働問題は少なくとも存在しなかったし、そこで働く女工さんたちは次々と犠牲となっている猟奇的ともいえる殺人事件は発生していなかったし、今日のように激化している麻薬戦争はなかった。映画におけるメキシコ及び中米人の現実はむろん厳しいが、その米墨国境地帯の現実は今日よりまだ牧歌的だと思わざるえない。
 近づく米国大統領選挙、共和党のトランプ候補はこの国境地帯の矛盾をさらに激化させることになるフェンスを築こうとしているのだ。

 『ボーダー』で印象的なマリアの演技で評価を得たエルピディア・カリロは本国メキシコでの活動と平行してハリウッド映画にも恵まれる。そのカリロのことはメキシコ映画もふくめ機会をあらためて書いてみたいと思う。

映画 アレハンドロ・ホドロフスキー監督『虹泥棒』~洪水の後の東欧の港町で

映画 アレハンドロ・ホドロフスキー監督『虹泥棒』 ~洪水の後のポーランドの港町で
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 1990年製作というから、すでに26年も経過している。
 主演のオマー・シャリフ、ピーター・オトゥール、そしてドラキュラ伯爵役で異名を馳せたクリストファー・リーが競演するといういま思えばそうとう贅沢な映画である。
 カルト映画の王道をゆくアレハンドロ・ホドロフスキー監督にとっては、ある意味、目障りな名優の存在であったかも知れないが、そこはラテン世界のアナーキスト、シャリフもオトゥールも水攻めにして薄ら笑っているような演出ぶりだ。撮影所内のセットでの水攻めだけでなく、寒空の下、屋外ロケでの容赦ない水の洗礼もあって、監督のサディストぶりはいかんなく発揮されている。
 名作『アラビアのロレンス』で競演したシャリフもオトゥールもここではただの濡れネズミ溝鼠であった。演技中、さぞ冷たい水をしたたかに飲まされてしまったことだろう。そんな苦闘を強いられながら、二名優は監督のコマとして動かされているようにしかみえない。流れる水につかりながらの演技は老体には至難でもあっただろう。声に悪寒の響きがないのは幸甚。

 そうとうお馬鹿なストーリー。話の縦筋だけ追えば簡単きわまりない起承転結となり、大人のヘタなおとぎ話でしかない寸劇をどう演じたところで滑稽なだけだ。そして、その滑稽さをホドロフスキー式のゴテゴテ装飾で縁取られたスクリーンの鋳型のなかに押し込まれるているのである。ただ、監督は、英国メジャーから要請され、名優の出演料も心配せず、大掛かりなセットを組むことを幸いにそうとうな無鉄砲を敢行したのだった。自前で制作費を捻出してきた監督にとって、潤沢な資金というのはそうとうな魅力のはず。資本に思わず妥協して、売れる映画、媚もみせても仕方がない、がわがホドロフスキー、そういうところは馬耳東風、俺はおれの流儀で貫くと、サディストの面目躍如ってわけだ。
  
 寒々とした港町が舞台なのだが、これはどこだと思って調べるとポーランドの港湾都市グダニスクで、その撮影所を中心にして撮られていたのだ。で、1990年といえば、と思うところがあって年表を捲ると、その前年、ポーランドがソ連の引力から脱し、民主化を実現、90年に独立自主管理労組「連帯」委員長として権力と闘いつづけたワレサ議長が大統領に就任している。その「連帯」の活動に触発されアンジェ・ワイダ監督は、映画『鉄の男』で男を撮影したところがグダニスクであった。むろん、『鉄の男』に先行する『大理石の男』も撮られている。その撮影所で、ホドロフスキーは洪水に浸される港町、そして洪水の退いた後の晴天の港町を撮っているのだ。

 チリ生まれ、メキシコ在住のホドロフスキーは“権力”を嫌う。精神の自由を窒息させる思想を忌み嫌う。故郷チリで撮影された『リアリティのダンス』(2013)での主張の眼目はそういうことだ。監督の制作譜をみれば、本作の意図が奈辺にあるのか理解できようというもの。

 富豪(クリストファー・リー)の遺産の行方、その富豪の放蕩息子(ピーター・オトゥール)の自主独立の精神性、その息子に取り入って遺産のおそそわけを狙う人のよいコソ泥(オマー・シャリフ)・・・そして、すべてが洪水に流される。あとかたもなく。
 ワレサ大統領よ、あなたも権力に溺れるなよ、との暗喩が込められていたのかも知れない。同大統領は1期5年の任期後、再選もされずに栄光の座から降りた。ワレサがもっとも輝いていたのは社会主義独裁政権に対峙した労組委員長の時代であった。ノーベル平和賞はその時期に贈られていた。
 本作の主演3人、暗喩が向けられていたと思われるワレサもふくめ皆みんな鬼籍に入ってしまった。気がつけば健在一人。今年、87歳となったホドロフスキーだではないか。憎まれっ子世に憚るとはよく言ったものだ。精神の自由、拡張を野放図に謳歌する無政府主義の映像作家だけがいまも水みずしい映像づくりに余念がなく、最新情報をみれば次作の準備に余念がないとか・・・・・・。  
 *11月12日、東京渋谷・アップリンクで公開。

美しいモノクロームのアマゾンコロンビア映画『彷徨える河』 シーロ・ゲーロ監督

コロンビア映画『彷徨える河』 シーロ・ゲーロ監督
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 墨に五彩在り、という。東洋の審美眼を象徴的に要約したものだ。水墨によって森羅万象を描こうとの野
心をもった東洋の画工たちは、墨で山なす緑を描き、新緑、盛夏の緑、湿潤な緑とさまざまな抒情を表出し
た。『彷徨える河』を観ながら筆者はしきりに水墨の世界の神韻を聴いていたのだった。
 ・・・・・・そう本作はモノクローム映画。しかし、熱帯雨林の豪奢な色彩を確かに感じていた。美しい濃淡
の輝きにあふれていた。
 アマゾン流域を舞台とする映画はこれまで数多く制作されてきた。アマゾンが放つ色彩の横溢に善く応
えるように色彩フィルムに定着されていた。野生の宝庫、緑の地獄といわれる悲劇の場所であったり、征
服の拠点であり破壊の現場として。誠実に色彩設計されて撮影されたフィルムもあったが、どこを切り取
っても密林の濃密さは写せると安易に撮られたものも多かった。もちろん、カラーフィルムが容易に流通し
はじめる前に、モノクロームでアマゾンは撮られているわけだが、当時の撮影者たちはいつもフィルムの限
界を嘆いただろう。しかし、節度のない色彩乱舞の時代に本作は意識的にモノクロームで、と選択された。
その時、アマゾンの光と影は監督の審美眼を象徴するものになった。

 前置きが長くなった。物語に寄り添おう……河口から遥かに遡った迷路のようなアマゾン支流。20世紀初
頭と、それから数十年を経た時代が交錯して描かれるが、文明の機器が入り込んでいない辺境にあっては、
しかと時代が判別できる表象物がでてこない。強いていえば人を殺傷する銃器が“文明”の闖入を象徴する
ものかも知れない。
 欧米社会に知られていない有用の植物などを採集し、あわせて原住民の風俗習慣などを調査するドイツ人
民族誌学者と、武器でもって迫害され部族を絶滅に追いやられ、たった独りとなった青年カラマカテとの精神
的な交流が描かれる。
 カラマカテは民族の知恵として、薬草の知識を豊富にもっていた。生きんがため先人たちが育んできた叡智
の結晶。このカラマカテ青年を演じたニルビオ・トーレスが実に良い。奥アマゾンで農業に従事していたトーレス
は外界をほとんど知ることなく、母語のクベオ語のみで生活してきたという。映画でもスペイン語より母語で語
るシーンが多い。彼には追われた原住民、博物誌的に観察されることを甘受しないカラマカテどうようの誇りが
ある。演技ではなく、厳しいアマゾンの自然に生きる膂力をもった誇りある民として。半裸の彼にいっさいの贅
肉がない。背筋を伸ばし、無駄ごとをいっさい吐かない戦士の矜持をもつ。

 ドイツ人学者は風土病で重篤の身、それでも先住民出身の彼の助手とともに長年、アマゾン流域で収集した
植物標本や資料をカヌーに乗せて支流を経巡っていた。そこで出会ったのがカラマカテ。通訳を通して治療を乞
う。最初は治癒を拒否するカラマカテだが、学者の姿にこれまで見てきた白人侵略者とはまったく違う真摯さを
感じ、病いを癒す薬草ヤクルナを求め、カヌーに同船し密林の奥深くに分け入ってゆく。
 そうしたカラマカテの善意は、やがて民族学者の研究をビジネスとしてみる19世紀以降の経済的な征服者
たちによって、アマゾン破壊の根拠を与えることになる。監督は、それを社会批評するのでは、そうした文明の
闖入がもたらす荒廃をカヌーの旅のなかに溶かし込んでゆく。
 魂の彷徨……カトリックの密林における歪み、精神の惑乱、倫理の剥奪、密林が強いる不条理な生と死の掟
……老いたカラマカテの追想。錯綜した二つの時代は溶け合い、分離できなくなる。
 思索の混迷を防ぐため豊穣な色彩を廃止し、モノクロームで「人間」だけを屹立させようとしたのかと思われて
もくる。  
*10月、東京・シアターイメージフォーラムなどで公開。

改稿版 強いられる「無知」の悲劇 続*グァテマラ映画『火の山のマリア』

強いられる無知の悲劇
 ~グァテマラ『火の山のマリア』
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 昨年7月、本作がベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した直後、グァテマラ及びラテンアメリカ諸国での反応も読み、まずは速報、一報として某誌に書き、月遅れで、その原稿を本ブログに再録した。と同時に字数の関係で、内容まで言及するには至らなかったので再度、日をおいて書こうとおもったまま、いつの間にか失念してしまった。そこで、今回、再見しての感想として記しておきたいと思った。

 映画の9割がスペイン語ではなくカクチケル語で話される。私はその先住民言語に取り巻かれるように6年ほどグァテマラに暮らしていた。当然、言及すべき映画だと思った。
 といっても私がカクチケル語を話せるわけでも聞けるわけでもない。カクチケル文化圏のなかにある旧殖民都市アンティグアに暮していたということだ。大地震で崩壊する以前、アンティグアは現在の中米地峡諸国をスペインが制圧、統治するために拓いた町で、ここに総督府が置かれた。米大陸における4番目の大学もおかれた文教都市でもあった。そして、スペイン人たちが創建した当時の面影がよく遺されいる町としてユネスコの世界遺産に指定されている。信号一基もない石畳の歳月がワープしたような町だ。ここに暮らした。
 もともとこの地方に住むカクチケル族が神殿を設けた地であり、現在、町の中心にあるカテドラルはその先住民の神殿を解体し、その石材を活用して建てられたものだ。カテドラルの裏庭の廃墟となった一角、地下部に小さな先住民祀場が現在も遺されていて、カクチケル族がいまも詣でいる。
 映画は、このアンティグアも含む現在でも相当な広さをもつカクチケル文化圏のなかでももっとも辺境ともいえる地の話となる。ちなみにグァテマラ先住民の最大部族はキチェ族で、その民族語キチェ語は当然、最大の民族言語である。つづいて多いのが統計の取り方によって大きな誤差がでるはずだかが、カクチケル族とその言語、つづいてマム族のマム語となると思う。
 この国には正確な統計はまったく存在しない。国勢調査もない。役所に登記された出生届けあたりを根拠に数値化しているに過ぎず、僻遠の地までは調査は届いておらず、首都周辺のおおきなスラムなどにはほぼ放棄されたままだろう。
 映画でも白人女性がマリヤの家に家族調査に訪れるシーンがあるが、スペイン語を理解できない彼女たちは、農場の管理人のいい加減な通訳を通して、数値化されるだけだ。この管理人も先住民だが、カクチケル族ではない。映画ではそのあたりの説明はないが、幾つかのシーンでそれがわかる。管理人の男の彼の家族がマリアの家を訪問するシーンがあって、その家族の民族衣装からアティトラン湖地方に住む先住民である。その訪問は、妻を亡しやもめとなった管理人の後妻としてマリアを所望、そのかための挨拶として、遠路、押しかけてきたというシーンだ。カクチケル族とは近隣関係にある部族だが、厳格には違う。したがって、その管理人の男が農園のカクチケル族貧農に対する無慈悲な収奪ぶりも理解できる。本作をみたグァテマラ人ならその辺りの事情はたいてい理解できるだろう。カクチケル族はスペイン征服軍が侵入以前、アンティグアに近いチマルテナンゴというところの一角に王都築き繁栄していた部族だ。その広大な王都の廃墟はいま遺り、しばしばし首都グァテマラ・シティに近いマヤ文明の遺跡としてセレモニーの会場となっている。つまりカクチケル族はスペイン人侵入時代かた、もっとも頻繁にスペイン語の洗礼を受けてきた民族だ。
 
 映画は実話に基づいているものだが、むろん創作的ディフォルメは各処にあるわけで、映画に登場する先住民俳優たちはみな演技をしている。しかし、その自然さ、ナチュナルな佇まい、ドキュメントフィルムのように流れる時間のなかで展開される「悲劇」につくりものめいた構築性はまったくない。それはすばらしい演技であり演出であって、ゆったりとした大気のながれに人の営みを溶かし込んで描かれた叙事詩である。映画はやすでの涙も流さなければ絶叫もしない。マリアの家族が社会不正に憤怒するということもない。いわゆる安価なヒューマニズムのスタンスは完全に捨てられいる。ただ、ありのまま、あるべき姿のままという、それ自体、きわめて意志の強さを密めている。少女マリアさえ、悟りきった運命論者のように身の不幸を受け入れていく。

 米国へ不法越境を試みようと旅立ってしまった少年ぺぺとのたった一回の性交によってマリアは身ごもる。そのマリアは親の言いつけで性悪な管理人との結婚控える身であったから、母親は、子を堕ろうそ腐心する。それは無知なる迷信の類いの祈祷行為のようなもので、むろん、実効があるわけではない。マリアのお腹は人の目に隠すことはできなくなり、やがて、管理人に告げることになる。農場に雇用される貧農一家であったマリアの家族はそのため早晩、農場から追放される身となるはずであった。
 そんなある日、マリアは毒蛇に足をかまれ生命の危機にさらされる。
 意識をうしなったマリアは父母に抱えられ、管理人の男が運転する車で首都(と思える)病院に搬送され、一命を取り留める。しかし、お腹の子は死産だったと告げられる。そして、政府から入院費などが免除されるからと、一枚の書類にサイン代わりに、マリアは拇印を捺してしまう。女の子だったという赤子の葬儀も終わってしばくして、一度、マリヤの肉体に宿った母性のマグマ、収まりきらない疼きにでもうながされたように憑かれたように墓を暴き、小さな棺の蓋を開く。それは禁忌の行為であったから、映画はマリアを憑かれた状態になることを要請していたのだ。棺のなか、粗末な布に包まれていたのは一片のレンガであった。

 マリアと家族は、また管理人に頼って警察に訴えでる。そこで、あきらかになったのは、マリアの拇印が捺された書類は、新生児を放棄し、里子に出す、と認める承諾書であって、それは法的拘束力をもつものだった。警察は、本人が許可している以上、私たちはなにもできないと説明する。しかし、管理人は警察の言葉をそのまま通訳しない。通訳すれば、自分が新生児を売って得た金を着服したことがわかってしまうし、最悪、その場で警察に拘留される身になるかも知れないのだ。
 そう、グァテマラではこうした新生児が両親の無知に付け込んで欧米諸国に“密輸”されている。それは養子であったり、あるいは臓器移植のパーツの具として“輸出”されている。それはもう常態、システム化されているともいえる。

 映画はマリアの婚礼日の朝、装うシーンで終わる。管理人と結婚するためだ。その管理人がマリアの子を盗んだ男とはしらぬまま結婚することになる。とりあえず、それで家族の生活は安定する。しかし、マリア・・・「悲劇」はつづいていくだろう、と予感させてしまう。

 どこへ去ったかも知れない恋人ぺぺもスペイン語を理解できない少年だった。それでも“夢”の米国を目指し、パスポートを持たずに北へのの旅に出た。メキシコはグァテマラより大きな国だとはしっていても、比較する知識もないまま、スペイン語もしらず資金もないまま北上する。そんなグァテマラ人、ホンジュラス人、エルサルバドル人、そしてメキシコ人が無数に存在するといってよいだろう。そして、少なくない若者がメキシコの南と北の国境地帯で非業の死を遂げる。無事、米国に入国しても、ロス・アンジェルス周辺にあるグァテマラ人たちのコロニーにたどりつけるのはまた至難なのだ。そういうことはグァテマラ人や中米人ならたいていしっている。しかし、スペイン語をしらず、地図の読み方をしらない先住民は、そんな基本的知識ももっていない。彼らは、スペイン統治時代から、言語圏分断の植民地政策の遺制のなかで、そうとはしらず、気付かぬように生活圏を隔離されて暮らしてきた。貧困を運命論的に受け入れるしかない悲劇、それを紛らわしているのが男たちには安酒だ。映画のなかに登場する先住民少女のラベルがついた酒瓶は、グァテマラの搾取層が広く売りさばいている安酒の典型だ。その安酒を市価より高くツケで売るのが農場内に農場主が設けた暴利の販売所となる。映画でも繰り返し、その販売所でのシーンが繰り返されている。
 その安酒ケツァルテカ、というの銘柄で、ラベルにはキチェ族の娘が描かれている。おそらくグァテマラ第2の都市ケツァルテナンゴの地場産業として生まれた酒なのだろう。ともかく、その酒は先住民に愛飲され、また、先住民諸部族が彼らの祖先神をカトリックに奪われた後に出てきた奇態な土俗神マシモンに捧げる清めの酒として使っている。映画のなかでも葉巻を咥えた異様な男性像に祈る先住民の姿が描かれいるが、それが地方によって呼称が変わることがあるが、通称マシモンと呼ばれる神像だ。アンティグアの郊外に村にもマシモンを奉る聖堂がある。

 グァテマラ先住民の悲劇を終わらせるためにキチェの娘リゴベルタ・メンチュウさんがノーベル平和賞を受賞した。けっきょく、コロンブスによる「新世界発見」500周年を迎えた1992年の祝典へのアンチテーゼの象徴ぐらいの意味しか、グァテマラでは持たなかった。メンチュウさんはこの国では人権活動家として必要な“人徳”を剥ぎ取られたように過ごしていて、この国では受賞者にふさわしい敬意ははらわれていない。そこにはまた先住民分断の余波を受けている。メンチュウさんが受賞した当時、カクチケル族のなかにも優れた女性活動家はいた。それぞれの部族に献身的な活動家は存在していた。キチェ族の娘メンチュウさんに対する反感は他部族には当然ある。映画で描かれた管理人の男の存在は、先住民社会のなかに大きな格差があることを示している。そして、その先住民出身の管理人が、私益のために同胞たちを借金漬けにしている様子まで描いているのだ。
 

アルゼンチン映画『エルヴィス、我が心の歌』アルマンド・ボー監督

アルゼンチン映画『エルヴィス、我が心の歌』アルマンド・ボー監督
  *5月28日、東京ユーロスペース公開。
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 日本ではラテンアメリカ音楽はメインストリートにはなりにくい。言語的に遠隔感があって愛好者はたくさん存在していても主流にはなれない。だから正確な情報も共通理解とはなっていない。アルゼンチン音楽の主流はあくまでタンゴであり、メキシコ音楽ならトリオ音楽だと思っている人はいまだに多い。キューバなら映画の『ブエノビスタ・ソシァルクラブ』の影響から出ていない人も多いかもしれない。
 昨年もトリオ・ロス・パンチョスのSP時代の復刻CDの批評など書かされたが、そこでも現在のメキシコでは新しい生命を吹き込むことを久しく忘れた音楽と明記しておいたが、それを目にした人も少ないだろう。タンゴもまたそうである。アルゼンチン音楽の重要な要素であるが、日本で語られるほどリアリティのある現代音楽ではない。アルゼンチンの長い軍政時代、若者の息抜きとなってもっとも充実していたのはロックだ。チャーリー・ガルシア、フット・バエスなどは現在でもロック・エスパニョーラの歴史のなかで大きなスペースをもって語られる存在だ。・・・と書いてくれば、ここで紹介するアルゼンチン映画の『エルヴィス』が誰を象徴しているか了解できるだろう。そう、エルヴィス・プレスリーである。

 彼の歌に惚れ、彼の歌を身振り手振りコピーし、むろん衣裳も、そして声質も合わせて歌いつづけるしがない中年工員のうらぶれた話だ。そして、よくこなれた人生の哀歓ともいえるし、やさぐれた感じもあっても妙に説得力のある映画となっている。監督はとみればメキシコの才人アルハンドロ・G・イニャリトゥ監督作品にシナリオ・ライターとして、あの緻密なドラマづくりに参加していたアルマンド・ポーがはじめてメガフォンを撮った作品であった。

 主演エルヴィス(=カルロス・グティエレス)を演じるジョン・マキナニーは実際にブエノス・アイレスでエルヴィスの声帯模写でしられた、日本で言えば寄席芸人で、これが初の映画主演となったそうだ。だから、そのステージ上のエルヴィス歌唱は堂にいっているし思わず聴き惚れるほどだ。しかし、それはエルヴィス人気があってはじめて実現している見世物であって、歌手としてのカルロスなどは無視される。
 若いときは、それなりに歌手としての野心、野望といった意欲もあっただろう。しかし、アイディンティティを抑え込んだ物まね芸に没入していくほど、歌手としてのカルロスの存在は消えていってしまう。いつまでも寄席芸から浮かび上がれず、やがて工員として生活の資を稼ぐ、社会保障もままならぬ低賃金労働者。エルヴィスに感化するほど自己を失っていくカルロス。そんな生活のなかで、やがてカルロスもエルヴィスが心臓麻痺のため死去した年齢42歳を迎え、その日が近づいていくことを認識せざるえない。

 カルロスは、その日をひそかに待っていた。準備していたといってもいいし、それが生きがいともなってもいたようだ。
 はじめての長旅に出る。行き先は米国メンフィスのエルヴィスの自宅グレースランド。エルヴィス終焉の地だ。カルロスはそこで自己完結しようとする・・・・。
こういう話はたぶん世界各地に実在していると思う。そして、そんな“事件”は酔狂な不幸として、ちょっと話題となり、やがてニュースの波に埋没してしまう。しかし、そういうことは確かに存在する。そういう人間実存の不可思議さをどこかで肯定しないと、おそらくこの人間世界を理解する糸口にも立てないのだろう。
プロフィール

上野清士

Author:上野清士
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