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ハビエル・ペリアネス 公演チラシへの寄稿

 最良のスペイン人とは〈情熱〉と〈無私〉をみごとに融(と)け合わせた者を指す。
 16世紀の大航海時代、スペインのカトリックが世界中に広がったのは、宗教改革の波頭に危機感をおぼえた若い修道士たちの生命をかけた布教活動があったからだ。彼らは、大言壮語せず沈思のなかで苦難の船旅に向かい、日本列島までたどり着いた。その〈情熱〉はラテン的陽気さといった無責任なものではなく、堅信的に〈無私〉となったピュアな心だ。
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ハビエルが心血をそそいで弾きつづけ、独自の造形美にたどりついたスペイン18世紀の作曲家デ・ネプラや、20世紀のモンポウの作品はそうした〈情熱〉と〈無私〉のハーモニー。それを学んでシューベルトを探求し、〈無私〉に徹して作曲家の内省と厳しく対話する演奏と評価された。それほどハビエルのシューベルトは純化したもので、硬質な清涼感を味わうことができる。シューベルトを聴いてこれほど精神的な感銘を受けることは珍しい。
 ハビエルのショパンはまだ知らない。これは私自身の邂逅(かいこう)の楽しみである。一昨年6月の演奏会でマズルカ一編をアンコールで聴いているが、むろん肩の荷が降りたところでの弾奏であった。しかし、予感はある。おそらくハビエルの解釈は亡国の民であったショパン、異郷にあって愛国心を保ち、芸術的達成に妥協しなった音楽家の鋼(はがね)の心と対話した末の中間報告として演奏されるに違いない。それが私の楽しみの意味だ。
(2011/02)
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ルベン・シネオ 公演チラシへの寄稿

 天上界の天使たちは音楽が好きで、自分たちで奏で楽しむ。音魂が宙を舞う。修練でまなんだ音ではない。風が木々の葉をこするように奏でる。〈思想〉の重みもない。音楽は大気で、神の吐息のまろやかさをもつ。
 教会ドームの天界に天使たちの楽の音がみちいている。でも、その〈音〉は聴覚で聴くものではない。心で聴き感じとる〈音〉。でも、もし〈音〉がほんとうに聴けるなら、とカトリック社会に13年間暮らしていた私はいつも思っていた。
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聴こえたのだ! ルベン・シネオ・ギホンのトランペットに。15歳の少年の軽やかで優美、かつ気品があり、さらに卓抜な技巧は神の三原色を無数の色彩感で解放する。
 最初、スペイン・バレンシアで作成されている少年のホームページで聴いたとき、あッモーリス・アンドレ、と驚いた。あの「超・超絶」「究極」のトランペットと少々、没個性的な形容詞が定着しているフランスの炭鉱夫であったモーリス。彼は職場のブラス・バンドでトランペットを手にしてから、天上の高みに駆け上った。しかし、ルベンは最初から天上界でトランペットを吹いているのだ。まるで玩具と戯れるような無垢な自然さで。
 巨匠モーリスも感服した。「私の後継者に値するのは彼一人だ」と。ルベンを弟子とした。唯一無二の弟子ということだが、起伏の多かった半生をルベンのトランペットに慰安されているのかも知れない。(2008・9)
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上野清士

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