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砂漠の遊牧民トゥアレグ族の独立運動

砂漠の遊牧民トゥアレグ族の独立運動
safe_image.jpg映画『トゥマスト』

 現在、中東地域最大の焦点となっている「イスラム国」の特徴のひとつに、国境をまったく異に介さない活動をつづけていることだ。彼らは中東諸国の国境線が西欧諸国の政治的・経済的利己主義から生まれたものという見方があるからだ。そして、それは正しい。その「イスラム国」の戦闘においてもっとも勇敢に応戦しているのがクルド人の武装組織「ペシュメルガ」だ。イラク、シリア、あるいはトルコのクルド人も参加しているのだろう。女性戦闘員も含め士気あがる武装組織に対し、米国をはじめ英国、フランス、ドイツが武器供与及び軍事顧問を派遣している。・・・そして、いったん和平なり、戦闘疲れの停戦が合意された後、そうした武器は拡散し、また地域の不安定化をもたらす。それは歴史が繰り返し証明してきたことだ。
 クルド人は国をもたない最大の民族だ。約2800万がトルコを中心に中東諸国に住む。彼らは「イスラム国」との戦いを通じて、自分たちの自治区の確保、そして独立を祈願して戦っている。だから、強いのだ。
 
 ・・・と同じように北アフリカの砂漠地帯のベンベル系の遊牧民にトゥアレグ族がいる。
 日本からはまったくみえない砂漠の民族だが、総人口は550万を数える。
 ニジェール、マリ、アルジェリア、ブルキナファソ、リビアの国境が接する周辺地帯に住む。彼らが国をもつことができなかったのも西欧諸国の私利私欲の植民地分割のためだ。アフリカにおける国をもたない最大の民族だ。
 このトゥアレグ族の活動を描いたドキュメント映画『トゥーマスト』の公開を前に、東京・渋谷のアップリンクで日本では初めてと思われるトゥアレグ族の政治的な現況、文化などを紹介するイベントが行なわれた。
 トゥアレグ族は各国に散在して住むため自前のマスメディアを持たない。だから、「独立を訴えるため音楽がいちばん有効な手段なのだ」と訴える歌手を主人公にしたものだ。「トゥーマスト」とはそのバンド名。その主人公もかつて武器をもってニジェールやマリの政府軍と戦った。しかし、いまは自動小銃をギターに持ち替えて活動している。
 ラテンアメリカに“ギターをもったゲリラ”という言葉がつい最近まで説得力をもって語られていた。その代表格が中米ニカラグアのサンディニスタ革命政権を支えた歌手カルロス・メヒア=ゴドイだろう。チリのシンガーソングライター、ビクトル・ハラはピノチェットの軍事クーデターの際、ギターを持つ手を打ち砕かれて惨殺された。「トゥマスト」は現在、最前衛にいる“ギターをもったゲリラ”である。

 20世紀前半、メキシコ革命が起きたとき、その情宣手段とされたのが音楽だった。それをコリードという。日本でも良くしられる「ラ・クカラチャ」はその革命から生まれた。マスメディアが発達していない国、地域では昔も今も音楽は有力な武器となる。インターネットも携帯電話も普及していない地域の独立闘争はいまも肉声なのだ。そんなことを教える映画であり、イベントであった。
 「イスラム国」では不幸にも日本人が犠牲となったが、その歴史的な背景をみるとき、そこに住む民族を無視し、自分たちの利害だけで国境を割った西欧諸国の“罪”があぶりだされる。それは現在、アフリカ地域における政治的な混乱でもおなじことがいえる。 
 トゥアレグ族もまたイスラム信徒だが、アフリカの西方で受容されたとき、冒頭に掲げた写真のように、その正装は女性は顔を表出し、男性が顔を覆う民俗風俗となって定着した。女性は歌舞音曲の担い手でもある。イスラム習俗の多様を象徴する民族である。

 トゥアレグ族のことを意識しはじめてから、まったく偶然だが、1950年代にアメリカの女性音楽史家ソフィー・ドリンカーが書いた『音楽にみる女性史~その社会学的考察』(音楽之友社・絶版)という本を読んだ。ここに有史以前の女性音楽家たちの存在と推論を構築するために、著者は当時のトゥアレグ族の女性たちの習俗研究を用いていることだった。50年代であったか、その資料も不十分なものであったと思われるが、繰り返し言及しているとことをみると、著者になんからの啓示を与えたことは確かだ。現在は、埋もれてしまっている本だが復刊を望む一書である。 (2015年2月記)
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アフロ系ペルー人が草案した打楽器カホン、そして日本の伝統芸能

アフロ系ペルー人が草案した打楽器カホン、そして日本の伝統芸能
safe_imagen カホン小

 昨夜(12月8日)、東京・中野サンプラザホールで行なわれたコンサート「ペルー新音楽伝説」を楽しんできた。
ペルー・コスタ地方に住むアフロ系ペルー人の音楽集団が奏でるカホンの合奏と、名手コティートのソロ演奏は圧巻だった。
 スペインではフラメンコの演奏にも取り入れて普及している素朴な民俗楽器だが、起源はアフリカ西海岸からペルーの熱暑の地コスタ(海岸)地方で強制労働させるために連行されてきた奴隷たちのあいだから生まれた楽器だ。
 リマの総督府は、奴隷たちに動物の皮を張った太鼓をつくり演奏することを禁じたため、その窮余の策として木箱を叩くことで太鼓替わりにした。総督は奴隷たちが太鼓を通じて、必要は発明の母とはよくいったものだが、奴隷たちは絶望的状況のなかでも歌い踊り、明日も生き延びようと活力を得たのだ。いわば奴隷たちの生命力が生んだ楽器だ。
 ペルーのカホン演奏家のなかでもっとも敬愛され、名手といわれるのがコティート。その見事な指さばき、その音色を楽しみながら、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北の伝統芸能を思いだしていた。
 福島県相馬市の相馬野馬追が一時、開催が危ぶまれた。一千年以上の歴史を持つ祭が中断か、と危惧された。津波で祭に欠かせない馬が相当数、海に流され溺死した。こんな時期に祭か、と自粛を求める声も出た。筆者は「こんな時期だからやるべきだ。伝統を絶やしては震災に負けたことになる。自粛など無用」といった趣旨の原稿を某紙に書いた。例年より規模を縮小したが無事、開催されたことを知って本当にうれしかった。自然災害は伝統芸能の敵だが、ほんとうに怖いのは、継承者の心の萎えだ。それを支えるために応援が必要なのだ。
 今夏、東京神宮外苑の日本青年館で「全国こども民俗芸能大会」が開催された。13回目を数えた芸能大会だ。
 今年の演目は8本。トリを飾ったのは岩手県北上市の「鬼柳鬼剣舞」。岩手県内各所に遺されている鬼剣舞の一つだが、三陸地方の保存会のなかには貴重な衣装・装具を津波で浚(さら)われたところもあった。内陸の北上では無事だった。ステージでは被災地・岩手の心意気を代弁するように子どもたちは誇りをもって舞った。
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 青森県十和田の「晴山獅子舞」、群馬県伊勢崎市「千本木龍頭神舞」、石川県加賀市「敷地天神蝶の舞」、兵庫県養父市「葛畑農村歌舞伎」、高知県室戸市「佐喜浜にわか」。長崎県対馬市「厳原の盆踊」。
 各地に残る農村歌舞伎だが、兵庫県養父のそれは長らく途絶えていたものが平成15年に37年ぶりに復活して以来、今日にまで継続しているものだ。
 歌舞伎は小規模であっても総合芸術として大変、手間暇が掛る。これを地域で支えていくのは少数者のやる気だけではいかんともしがたい。地域社会の強い下支えがなくては継続などできない。その意味で義大夫節から三味線・鳴り物まで児童が見事にこなしていることに養父市民の熱意に敬服した。むろん、そうした畏敬の念は他の伝統芸能にもいえる。
 伊勢崎の「龍頭神舞」では地域社会に生きる習俗と深く結びつき、日常生活の欠かせない構成要素になっているようで、演者の児童もまた地域の誇りをきちんと感得しているようにみえた。対馬の「盆踊り」は、男子が女装の着物を纏(まと)い優美にしなやかに舞いつつ、女性ではきつい所作をみせる芸。このような芸は各地にかなり遺されている。
 日本の伝統芸能はほとんど神事、つまり神社の奉納芸であり、おらが社を中心にして行なわれている。したがって自然災害で神社が損傷したり、流失すると祭はやむなく途絶することになる。
 東日本大震災の災害はあまりにも大きかったが、日本人のふるさとの祭りを愛する遺伝子までは破壊できなかったことを、「子ども民俗芸能大会」を通して再確認したことを、カホンを聴きながら筆者は思い出していたのだった。     

第13回 全国こども民俗芸能大会

第13回 全国こども民俗芸能大会


 東日本大震災で福島県相馬市の相馬野馬追が一時、開催が危ぶまれた。一千年以上の歴史を持つ祭が中断か、と危惧された。津波で祭に欠かせない馬が相当数、海に流され溺死した。こんな時期に祭ks、と自粛を求める声も出た。筆者は、「こんな時期だから施行されるべきだ。伝統を絶やしては震災に負けたことになる。自粛など無用」といった趣旨の原稿を某紙に書いた。例年より規模を縮小したが無事、開催されたことを知って本当にうれしかった。
 自然災害は伝統芸能の敵だが、ほんとうに怖いのは、継承者の心の萎えだ。それを支えるために応援が必要なのだ。今年もまた夏休みの最中、「全国こども民俗芸能大会」が開催された。13回目を数えた。
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 今年の演目8本のトリを飾ったのは岩手県北上市の「鬼柳鬼剣舞」。岩手県内各所に遺されている鬼剣舞の一つだが、三陸地方の保存会のなかには貴重な衣装・装具を津波で浚(さら)われたところもあった。内陸の北上では無事だった。ステージでは、被災地・岩手の心意気を代弁するように子どもたちは誇りをもって舞っていた。
 千本木
青森県十和田の「晴山獅子舞」、群馬県伊勢崎市「千本木龍頭神舞」、石川県加賀市「敷地天神蝶の舞」、兵庫県養父市「葛畑農村歌舞伎」、高知県室戸市「佐喜浜にわか」。長崎県対馬市「厳原の盆踊」、そして海外からのゲストとしてロシア・ハバロフスク地方に住むウリチ民族芸能団「ホスタ」の子どもたち。「ホスタ」は、北海道アイヌ族と同じ北方民族としての近縁関係を検証するためもあったようだ。伝統衣装の文様にアイヌとの類似性を見出せた。もっともアイヌ族の民族芸能と比べるとより躍動的であるように思えたが、そこにソ連時代に移植されたロシア舞踊の影響があるように思った。
 各地に残る農村歌舞伎だが、兵庫県養父のそれは長らく途絶えていたものが平成15年に37年ぶりに復活して以来、今日にまで継続しているものだ。歌舞伎は小規模であっても総合芸術として大変、手間暇が掛る。これを地域で支えていくのは少数者のやる気だけではいかんともしがたい。地域社会の強い下支えがなくては継続などできない。その意味で義大夫節から三味線・鳴り物まで児童が見事にこなしていることに養父市民の熱意に敬服を覚える。むろん、そうした畏敬の念は他の伝統芸能にもいえる。伊勢崎の「龍頭神舞」では地域社会に生きる習俗と深く結びつき、日常生活の欠かせない構成要素になっているようで、演者の児童もまた地域の誇りをきちんと感得しているようにみえた。対馬の「盆踊り」は、男子が女装の着物を纏(まと)い優美にしなやかに舞いつつ、女性ではきつい所作をみせる芸。このような芸は各地にかなり遺されている。
 日本の伝統芸能はほとんど神事、つまり神社の奉納芸であり、おらが社を中心にして行なわれている。したがって自然災害で神社が損傷したり、流失すると祭はやむなく途絶することになる。東日本大震災の災害は巨大だったが、日本人のふるさとの祭りを愛する遺伝子までは破壊できなかったことを、「子ども民俗芸能大会」を通して再確認できたことを喜びとしたい。      
 *8月20日、東京神宮外苑の日本青年館で。
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Author:上野清士
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