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アリシア・アロンソ、そしてキューバの若き才能 映画「ホライズン」  アイリーン・ホーファー監督

映画「ホライズン」  アイリーン・ホーファー監督
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 生きて伝説となる、という賛辞があるが、それに価するほどの超人的な「人間」はめったにいやしない。
 テレビや映画、スポーツ界での抜きん出た才能というのはあるけれど、安易にレジェンド=伝説と冠されると鼻白夢む。最近、安手のレジェンドが多すぎる。
 アリシア・アロンソ、キューバが生んだ不世出(という献辞もある)のバレリーナ。彼女のような巨(おおき)な才能、その努力と献身も含めて“生きて伝説”の体現者というのだろう。本作は、96歳の現在、すでに視力を失いながらもキューバ国立バレエ団の芸術監督という要職にあるアロンソの来歴を描きつつ、現在の同バレエ団のプリマ、ヴィエングセイ・ヴァ<ルデスの日々の研鑽、そして、同バレエ団所属のバレエ学校の通う14歳の少女アマンダの生活を追う、三人の日々の交錯をバレエを通して描いたのが本作だ。三世代それぞれのバレエへ賭ける思いを通しながらバレエ芸術の永遠性を象徴するのだが、監督の意図はアロンソの影響力の大きさに比重が置かれているように思う。
 20世紀後半のバレエの世界に「亡命」というキーワードがある。それはバレエ大国であるという誇りと不遜を両立させていたソ連邦ロシアに生じた。はなやかなバレエの至芸を外交儀礼の一場に活用しながら、それに相応した処遇を舞踊家たちに与えず、自由を奪いつづけた。パリに逃れたルドルフ・ヌレエフ、ニューヨークに自由を求めたミハイル・バリシニコフの亡命譚はそのまま映画の素材となる劇的なものだが、彼らほど高名ではないにせよ、ロシア革命前後に亡命した舞踊家、振付師、舞踊指導者たちは実に多い。日本にバレエの種を蒔いたエリアナ・パブロワもまた革命を逃れた才能であった。
 何故、こんなことを書かといえば、アロンソの履歴は母国キューバに革命政権が樹立した後に本格的にはじまったと思うからだ。
 革命の成功はアロンソ39歳のときである。凡庸な才能なら引退するか一線を退く覚悟を強いられる年齢となる。現にアロンソはハバナにあって自身のバレエ団を設立、後進の指導に力を入れはじめていた。このバレエ団が革命後、国立バレエ団となり今日
まで持続する土壌つくりとなった。そのホームベースはハバナ旧市街に建つスペイン・ネオバロック調のガルシア・ロルカ劇場(現在、改名されアリシア・アロンソ劇場)。
 10年ほど前、当時、劇場の舞台袖奥、中二階とも中三階とも、なんとも形容しかねる位置に仮説された国立フラメンコ舞踊団事務所で広報担当者にインタビューしたことがある。現在はハバナの重要な観光資源としてリノベーションされたようだが10年ほど前はそんな感じだった。劇場の老朽感は覆うべくもなかった。アロンソはそんな劇場のなかで70歳を超えて踊りつづけていた。
 映画のなかでアロンソはフィデル・カストロの同志として繰り返し写される。アロンソは革命政権に全幅の信頼をおいている。それは疑いないものだ。そのあたりはソ連邦ロシアのプリンシパルたちとは決定的に違うところだ。
 そして、アロンソの功績を認めつつも率直に思うのだが、彼女の存在は後進たちが目指す高見であると同時に、重圧となっているのでないか。視力を失ったアロンソが『コッペリア』の練習に励むヴァルデスに対して繰り返しダメ押しをつづける光景が描かれる。そこでヴァルデスが反撥し、自分のやり方で表現したいと思っても、アロンソの名に気圧され沈黙を強いられているように思えた。そうした光景は、“老害”とさえ思える。いかに偉大な人間でも引き際があるはずだ。日本には万節を汚さず、という言葉があるが……。  
*11月12日より東京都写真美術館ホール他で公開。  
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バレエと映画 5  『ロパートキナ 孤高の白鳥』『マイコ ふたたびの白鳥』

二つの注目すべきバレエ映画 来春、相次いで公開
 『ロパートキナ 孤高の白鳥』『マイコ ふたたびの白鳥』

 2作とも「白鳥」がサブタイトルで形容されている。しかし、ロパートキナはサン=サーンスの「瀕死の白鳥」、マイコはチャイコフスキー=マリウス・プティパ「白鳥の湖」。ともに女性監督による現役、プリンシパルを主人公としたドキュメントだ。
 バレエのドキュメント映画を批評するのはむずかしい。というより矛盾を抱えている。評者はどうしても知名度の高いバレリーナに注目してしまうし、バレエファンならなお更だ。また、興行的にも知名度の高い主人公を据えた映画はよりキャパシティのある劇場で公開されるのは必然で、宣伝に経費をかけるから試写の回数も必然、多くなり批評家の目に触れやすくなる。 
 しかし、映画批評としてみればプリンシパルとしての技量は等閑視される。否、しなければならない。映画批評家にはプリンシパルのギャランティーは関係ない。たとえ、「瀕死の白鳥」をバレエの至宝と育てたアンナ・パブロワを描こうが、同時代のニジンスキーを描こうが、映画として駄作なら批判は受けるのである。たとえスクリーンで至高の美を捉えたとしても、それは映画の完成度に貢献する1パーツでしかない。
 その意味では、70分という短尺の『マイコ』(オセ・スペンハイム・ドリブネス監督)を評価したい。マイコとは大阪出身のプリマ・西野麻衣子。現在、ノルウェー国立バレエ団に所属する。以前、ドキュメント映画『バレエ・ボーイズ』を取り上げたことがあったが、舞台は同じバレエ団だ。ノルウェー映画である。その意味でも興味深かった。
 西野さんは15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学。1999年にノルウェーのバレエ団に入団し、その6年後、東洋人初のプリンシパルに抜擢された努力家だ。
マイコ

 172cmという日本人バレリーナとしては長身。日本国内でより欧米で活躍できる逸材だった。彼女が英国に留学する経費は両親が自宅や車を売って捻出された、といった逸話なども紹介される。彼女はそんな両親の献身にこたえるべく不退転の決意で練習に励んだ刻苦の才能とも紹介される。彼女をとりまくいくつかの挿話を織り込みながら主題は、プリンシパルの座を自ら降りる危機、しかし、ひとりの女性にとっては至福の瞬間、まさにターニングポイントを迎えた西野さんを描く。

 以前、米国映画、バリシニコフも出演した『愛と喝采の日々』を紹介したことがあった。
 女性バレリーナの恋、結婚、そして出産をあきらめて名声をほしいままにしたプリンシパルと、結婚・出産を機に自ら栄光の階段を降りたバレリーナ、そのふたりの友情と相克、そして和解を描いた作品だった。そういうことはバレエ外史として世界各地で起きていることだろう。しかし、ドラマとして描かれることはあっても、実録として記録された映画として『マイコ』は貴重な作品になった。むろん、彼女が現役のプリンシパルとして、その芸術をまず披露できる、見映えする映像が撮れたという点がクリアされているからこそ映画は迫真のドラマになった。
 プリンシパルの年間スケジュールはほぼ前年に決まる。その決定に沿って共演者の配役なども決まっていき、公演にそなえて綿密な練習スケジュールも立てられる。まさに、そうした時期、劇場の公演日程が印刷された時期、西野さんは妊娠する。伴侶はノルウェー人。
 バレリーナとして長いブランクが生じる。妊娠・出産によって肉体のバランスも崩れ、筋力も落ちる。それを妊娠前の状態に戻すのは至難の業なのだ。
 カメラは、そんな西野さんに寄り添いながら、同情めいた質問などせず追いつづける。ときに冷徹と思えるほどカメラは辛らつに西野さんの焦燥すら描き出す。ながれる汗、荒い吐息、苦痛・・・練習、肉体のケア、練習、また練習。映画では明示されていないがゲネプロを数日後に控えた某日という段階でも失敗してしまう、あの黒鳥姫オディールの32回のグランフィッテ。しかし、本番で見事に魅せる。映画はちゃんと最後に見せ場を用意してあった。それは、長い両手がしなやかに舞う見事な舞いであった。
 そう、筆者が敬愛してやまないニーナ・アナニアシビリに次ぐ、という思いが映画を見終わった直後に、湧いてくる。しかし、ニーナの舞いはもうみれない。引退してしまったからだ。もう、52歳になるのか……。余談だが、ニーナの上げ潮期、20代前半だったと思うが、モスクワのボリショイ劇場で接している。『白鳥の湖』ではなく『ドン・キホーテ』だったが。

 『白鳥の湖』で白鳥と黒鳥を演じることは、まったく相反する女、その感情を表現する至難の役だが、西野さんは長いブランクを超えて挑戦し、演じきった。むろん、バレエ団は西野さんの代役も用意していた。その代役の動きを注視する西野さんのお腹は膨らんでいた。そんなシーンも捉えている。そこに余計な言葉も入らず、稽古場の熱気だけがBGMとなっていた。
 
 数年前、ナタリー・ポートマン主演の映画『ブラック・スワン』を取り上げ、批判したことがある。表題はむろん『白鳥の湖』の黒鳥からきている。老いたプリンシパルに替わって来期は、有望な新人のきみにと選抜された少女ニナの物語。そのニナ役をナタリーを演じたわけだが、そのニナという名を聞けばバレエファンなら誰だってニーナ・アナニアシビリを想い出す。しかもアナニアシビリの引退公演は米国ニューヨークでの公演『白鳥の湖』でもあったのだから。そうバレリーナにとって長丁場の古典はターニングポイントに相応しい名作なのだ。
 
 西野さんは幸福な人だ。まだ開花にほど遠い娘の才能と意思の強さだけを信じ、惜しみなく援助を与えつづけた家族、そして“主夫”の座もいとわない旦那さんにも恵まれて。しかし、彼女もそう長くはバレエ団の主座に君臨してはいられないだろう。そう遠くない将来、プリンシパルの座をみずから明け渡すことになるだろう。それが残酷な宿命だ。だからバレエは美しい。散りゆくの花のいっときの華を鑑賞するばかりなのだから。
 『ロパートキナ』(マレーネ・イヨネスコ監督)について語る余白はなくなった。ポスターのコスチュームは「瀕死の白鳥」のもの。制作、営業サイドはロシア、マリインスキー・バレエのプリンシパルを「白鳥」に象徴させたようだが、映画ではウリヤーナ・ロパートキナは静かな語りながら、日本でというより、ロシア以外では定番とはなっていない『愛の伝説』への執着を繰り返す。その熱意につられたように映画の冒頭と最後は1961年、マリインスキーの前身キーロフ劇場時代に初演された同作を舞うロパートキナを映し出す。彼女が語っているわけではないが、おそらくパブロアによって完成された『瀕死の白鳥』のように、〈私自身は『愛の伝説』を古典として完成させた〉という思いがあるのだろう。
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 映画はいままで外国人の映画クルーの侵入を拒んできたキーロフ=マリインスキー劇場がはじめて受け入れたということでも注目されている。今年上半期にモスクワ・ボリショイ劇場に外国人としははじめて英国人映画クールが入って話題となった映画が公開されたが、『ロパートキナ』はフランス人クルーである。
 おそらく近年の原油価格の下落で経済的に苦境にあるロシアの現状をみれば、公的援助はかなり厳しくなっているのだと思う。背に腹はかえられないと、どういう名目化はわからないが映画制作サイドからマリインスキー、ボリショイに金が流れているだろう。それが現実だ。ソ連邦が崩壊したときおおきな打撃を受けた両劇場だったが持ちこたえた。政治的な危機を乗り越えて、いままた経済危機にあるとも思える。

バレエと映画 4 2本のバレエ映画『ボリショイ・バレエ』『バレエボーイズ』

 華やかに気品をそなえ、激しい跳梁と美しい静止の連鎖に満ちたバレエを、映像があますことなく追い表現できる技術が完成して以降、多くの映画が生まれた。そして、この分野の映画はまだまだ欧米偏重である。日本にダンス映画はあっても本格的なバレエ映画は生まれていない。伝統の力の差だろうが、といって日本のバレエ界が貧困というわけではない。むしろ、豊潤といっていいぐらいだ。邦楽の舞踊世界にそれは劣らないが、それはまたの機会として、最近、つづけて観た2本のバレエ映画を紹介しておきたい。

 すでに公開がはじまった『バレエボーイズ』は少年たちがバレエを通して成長する姿を描いたドキュメント。バレエ界では辺境ともいえるノルウェーから届いた佳作。
バレエボーイズ
 少年を主人公にしたバレエ主題の傑作は英国が先行した。サッチャー政権下、エネルギー政策の転換で多くの炭鉱が閉山した。その時代、炭鉱離職者問題は英国では大きな社会問題となった。映画『リトルダンサー』は職を失った炭鉱労働者を父にもつ少年が、父が期待するボクサーの道を外れ、しなやかな意志でバレエを学びはじめる話。社会性とバレエが見事に融合した作品だった。その少年はやがて名門ロンドン・ロイヤルバレエのプリンシパルとなる。
 『バレエボーイ』の3人の少年たちも名門からの声が掛かることを期待して13歳から16歳までを練習に励む日々をつづり、一人だけロイヤルバレエから声が掛かる。それまでの努力と研鑽の日々に容赦なく甲乙つけられてしまう世界。名門から声が掛かってもデビューを意味するわけではない。少年たちの成長物語のなかにバレエ、否、自己実現するための刻苦を冷徹にみつめた秀作だ。大戦後、バレエを革新的に牽引しているのは男性舞手たちだろう。シルヴィ・ギエムや、賛美者と批判者の声高いゆえに革新的といえるピナ・パウシゥの振り付けなどの活動は特筆すべきとしても、やはり男性舞手たちを先導者とすべきだろう。

 しかし、伝統的なロシア・バレエはやはり女性舞手にスポット浴びせる。といってロシアからはヌレエフ、バリシニコフはじめ多くのロシア男性舞手が西側に流出、亡命して大きな仕事をパリやニューヨークで行なった。
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『ボリショイ・バビロン』。いうまでもなくモスクワの中心に建つロシア・バレエの殿堂、そのボリショイで2年前、芸術監督が覆面の男に硫酸を掛けらるという事件が起きた。恋人を主役にしてもらえかった腹いせに犯行に及んだ、と言われた。事件は世界中に流れ、筆者も日本の新聞で読んだ。映画はその事件の真相を英国の映画陣が取材するという手法で舞台裏からボリショイを描いた貴重なフィルムだ。
 当時、筆者が贔屓にしていたニーナ・アナニアシヴィリはすでに後景に退いた。彼女のデビュー期、ボリショイで『ドン・キフォーテ』でその清楚な華やぎに魅せられている。
 ファッション界を俗に「綺麗な女たちの醜い世界」というが、バレエもまた優雅な舞台の醜悪な世界ともいえる過酷さがある。しかし、その舞台の袖から眺める、いや、記録上、カメラが捉えたステージはやはり完璧な美に満ちている。断片的に取られた舞台袖からのアングルから捉えたステージすら絵になってしまう。それがボリショイの力だと今更ながらに驚嘆する。
 ロシアは秋がいちばん美しい季節。“黄金の九月”という。そろそろボリショイの新しいシーズンがはじまる。その時期にあわせて公開される映画だ。
 
 余談になってしまうが、最近のバレエ映画の傑作といえば、『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』で音楽映画の素晴らしさを造形したヴィンダース監督が撮った3Dの『Pina/ピナ』(2011)だったろう。しかし、ヴィンダースははたしてピナの世界をダンスのカテゴリーで撮っていたのだろうか?

バレエと映画 3 『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督

映画『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督
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 ヴェンダース監督は同時代のすぐれた創造者に対する畏敬の念が強い。
 監督自身も映像を手がかりに20世紀後期から現在進行形で「現在」を鋭敏に批評してきた時代の一大個性である。
 独自の世界観を映像として提出できる卓抜な技術と、それを支えるゆたかな感性は世界各地に信奉者をうんだ。そういう屹立する個性だ。
 優れた個性とは、自分になしえない仕事を尊重する謙虚さを同胎させている。ヴェンダース監督は、自らの手練になじまない表現手段で「現在」を語る才能を見出したとき、率直に畏敬してはばからない。しかし、それを見つめる視線はやさしいが。映像のなかに形象化するときの視覚は厳しく、その都度、手法を換えてきた。
 スペインのカルロス・サウラ監督はフランメンコとタンゴ、マーチン・スコセッシ監督はロックとR&Bを時代の生命力として賛美しつづける。ふたりは母語の言語圏内で最良の仕事をしているが、ヴェンダースは国境を超え、言語の壁を透り抜けドラマを創ってきた。『リスボン物語』を撮りファドを町に徘徊させ、『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』でキューバの老音楽家たちの生活
を語り、音楽をする質朴な人間の喜びを語りつくした。 
 ピナ・バウシュはドイツが生んだ20世紀後期を代表する振付家、というより舞踊と演劇の垣根を取り去って、あたらしい舞台芸術を創造した才能いえるだろうか。ダンサーには象徴的な演技力が求められる。音楽に乗っていてもダンサーは言葉を発しない。鍛えられた身体で五感を放つ。ピナはそこに20世紀後期を生きるあたらし話法を加えっていった。
 テーマは愛、そして孤独だろう。ピナの舞踊をみていると、モーツァルトの美しく軽やかな音楽の底に潜んでいる孤独、寂寥の気配、あるいは諦観といったものまで感じてしまう。そこには単純な愉悦や高揚といったものはない。観る者の肺腑を抉るような痛苦まで感じさせる激しい批評性が秘められている。監督は、そんなピナの批評性を映像の力で瞬間芸術を定着させた。
 一地方都市の舞踊団に過ぎなかったヴァパタールを世界でもっとも刺激的なモダン・バレエ集団と育てたピナ、その活動はドイツを中心に拡張していった。その道のりのなかで国籍に囚われることなく個性的な才能を国境を超えて取り込み充実させた。
 団員たちのモノローグが随所に挿入されているが、すべてダンサーたちの母語で語られる。ヴェンダースはピナの個性を描きながら、彼女の才能にあこがれて入団した多国籍のダンサーたちを育んだ母国の文化である言語で語らせることによって映画は国境を溶解させる。すぐれた芸術表現の前に国境は不在となるという監督の密かなテーゼはこの新作でもいきてる。
 本作は3D映画ということでも話題を集めるだろう。
 ハリウッドの娯楽映画『アバター』の見世物的要素の濃い作品では3Dは確かに雄弁な効果を上げることは確かだけど、舞踊映画でもかくも雄弁な効果を上げることを証明した作品として、本作は映画史上にまちがいなく遺こる。しかし、ピナは本作の完成をみずに他界した。遺作となった。
瞬間と空間の芸術である舞踊は同時体験者としての観客の数は限られる。万人が平等に感受できる芸ではない。それが音楽や文学、複製できる芸術との徹底的な差異であり宿命である。そこに複製芸術としての映画の効用、出番がある。ヴェンダースはそれを第一義に目指したのだろう、3Dの効用を識って。舞踊の臨場感を表現できる最良の手段として採用した。娯楽映画に傾斜していた3Dを芸術表現の領域まで高めた。
 臨場感ということなら、いわゆるかぶりつき、相撲でいえば砂かぶりの特等席を与えてくれた。汗を飛ばし飛翔するダンサーは3Dの空間を飛翔する。懊悩し、突き出された両腕は観客の目の前をよぎる。
 野心的な秀作である。 

バレエと映画 2 バリシニコフ主演のバレエ映画の秀作『ホワイトナイツ』*ヴィソツキーの歌

バリシニコフ主演のバレエ映画の秀作『ホワイトナイツ』
そして、ヴィソツキーの歌 映画*舞踊2
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 舞踊の主題にした映画を観る批評の視点はひとつしかない。クラシックであろうがモダンであろうが、フラメンコでも日本舞踊も同じ、インド舞踊もしかり……。描かれる舞踊が借り衣装のままか、舞いそのものが裸体にまとわれているかどうか、である。
 その意味では先に批評した映画『ブラックスワン』は駄作である。その理由は「映画*舞踊1」を読んでもらえば了解できるだろう。その批評のなかで少し触れたミハイル・バリシニコフ主演の映画『ホワイトナイツ』を約30年ぶりに見直した。1985年の制作で翌年、日本で公開されているのでスクリーンで観ている。その時に感心したことが、それほど退色せずに印象された。
 ソ連解体までまだ5年以上の歳月がある時点で制作された、初見の印象は「そうとう意識的な反ソ映画」というものだったし、そうして今まで記憶されていた。当時、ソ連では“禁じられた歌”であったヴィソツキーの歌でバリシニコフは心象をダンス化までしていたのだから。これでバリシニコフはソ連が共産党独裁という政治形態を崩さない限り永遠に生れ故郷には戻れないだろうと思った。その意味ではバリシニコフ覚悟の映画である。
 ちなみにバリシニコフはバルト三国のひとつでソ連解体後、いち早く独立宣言をした国のひとつラトビア共和国の出身だ。ラトビア、そしてリトアニア、エストニアのバルト三国はいちはやくFIFAに加盟するなどいち早くクレムリンの支配から逃れた。公用語としてロシア語を押し付けられながらも、けっして民俗伝統を捨てずに世代を超えて遺贈していったラトビア及びバルト三国、その地から出た亡命者バリシニコフのアイディティティを想う。
 バリシニコフは本作の前、77年に『愛と喝采の日々』でダンサー役としてベッドシーンもある俳優としてスクリーン・デビューしている。この映画もバレエ映画の秀作だ。『ブラックスワン』もそうだが、何故か女性を主人公にしたバレエ映画はクラシック・バレエに偏重する傾向があり、男性を主人公にすえると創作舞踊に傾斜する傾向がある。古典が女性美追求としての要素が強いため、映画で男性ダンサーの内面を表象化するには駒が少なく必然的に創作される傾向が強いようだ。
『ホワイトナイツ』は冷戦時代の産物だ。政治亡命を主題としているドラマにおけるバレエだから古典から範を求めることはできずに創作モノに語らせることになった。また、助演のグレゴリー・ハインズがタップダンスの名手であり、ダンサーから俳優に転身した才能であってみれば、ハインズの魅力も引き出すためにもバリシニコフの豊かな創造性はあたらしい表現を求めずにはいられなかった。
ハインズが“ニグロ”としてのおいたちをタップダンスで語るシーンは秀逸だ。ハインズの才能がよく引き出されている。そして、彼がいまはシベリアの寒村でしがない“旅芸人”として踊っているのは、米国軍から脱走してソ連邦に脱走したためである。世界的なダンサー役として登場するバリシニコフが亡命後、ある時、欧州から東京へ向かう旅客機がシベリア上空でエンジン・トラブルを起こす。飛行機はシベリアのソ連空軍の秘密基地に緊急着陸する。そして、バリシニコフ役のダンサーは“政治犯”として囚われの身になってしまう。そのバリシニコフとハインズがふたたび西側へ脱出するというドラマである。
 立て筋が「政治」の重さと緊張でしまっており、その枝葉の部分でバリシニコフとハインズのダンスが適宜、それも取ってつけたようなところもなく流露するのは演出・演技の見事な呼応だろう。
 しかし、本作を観終わった後、筆者がいちばん望んだのはヴィソツキーの歌だった。バリシニコフはソ連邦解体の歴史的瞬間をみたが、ヴォィソツキーはそれを知らずに夭折した。けれど、彼の野太い自作の歌はいまも真実の自由を希求するロシア市民の胸のなかに生きているはずだ。いま、ロシアではプーチン“独裁”を打倒するため街頭に出てきた市民が何十万もいる。そんな市民たちの胸に怒りの火を点火したのはヴィソツキーの魂だと思う。バリシニコフが還れないロシアのかぼそい自由の窓から届けられたヴィソツキーの歌で踊ろうと思った心根に通底するものだ。

バレエと映画 1 ナタリー・ポートマン主演映画『ブラック・スワン』と歴代のバレエ映画

ナタリー・ポートマン主演映画『ブラック・スワン』と歴代のバレエ映画
  ダーレン・アロノフスキー監督
    ・・・『愛と喝采の日々』、『赤い靴』
ブラック・スワン

 バレエ映画は大きなスクリーンで観たいものだが、仕事だ、大作もたいていマスコミ用の試写室で観ることになる。気になれば公開されてから映画館で観ることになるけど、意外とそうまでして再見したいと思うバレエ映画は少ない。結論からいえば、この映画を観にわざわざ映画館まで足を運ぶことはないだろう。
 で今年のアカデミー賞主演女優賞を獲ったナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督)は是いかにと期待して六本木の試写室に出かけたが、彼女の演技ばかりが突出して映画それ自体は大した作品ではない。主要部門に軒並みノミネートされながらオスカーを獲得したのがポートマンだけということで、それは証明されていよう。
 ポートマンの才能は確かに図抜けたところがある。地力としての演技力にくわえ、役に対する入れ込み、努力を惜しまない。日本的にいうとすこぶるつきの根性をもった女優さんだ。
 ときには、あふれる個性を抑え、突出するのを注意深く控え、凡庸に演技することもできるしたたかさも持っている。たとえば、制作すれば世界的ヒット間違いない『スター・ウォーズ』の「エピソード」シリーズ3作でアミダラ役を演じている。そこでは肩の力を抜いている。娯楽映画では映画会社の意図通りビジネスライクに演技して力演しない。いわば被雇用者の立場をわきまえいる。
 その反面、『宮廷画家ゴヤはみた』では魔女狩りに遇い宗教裁判にかけられる良家の子女役とか、『ブリーン家の姉妹』ではイングランド王家の相続を巡る係争のなかでしたたかに関わり権謀にも長けたアン役といったキャスティングには自ら能動的に役作りをして、独自の存在感を示す。そんな才能である。
 しかし、クラシック・バレエ界、なかんずくプリンシパルを描いた映画における主演女優ということでは、『赤い靴』や『愛と喝采の日々』といった名作を知るものにとっては、ポートマンが幾らがんばっているとはいえ、そこはバレエの素人、型だけ真似ても、みればすぐ化けの皮は剥がれる。バレエ映画は舞踊シーンが生命線なのだから、これはそれなりに訓練を積んだバレエに比重を置いた「女優」さんが演じた方がいいに決まっている。
 『シャル・ウイ・ダンス?』が成功したのはバレリーナの草刈民代さんの演技力があったからだ。ポートマンの演技力はさすがだがバレエはまったくなっていないし、だいたいシナリオに無理がある。
 人気バレエ団でながいことプリンシパルとして活躍していたバレリーナが肉体的な衰えを理由に引退させられる。そして、あたらしいプリンシパルの誕生だ。美貌に恵まれ、才能もあり技量も問題のないニナ(ナタリー・ポートマン)がその筆頭候補にあがるが、欠点もある。負けず嫌いのくせに神経症的に小心なのだ。よい子過ぎて羽目を外さなかった優等生タイプ。けれど、ステージでは女性の純血を象徴する白鳥と、反対に邪悪性を象徴する黒鳥を演じることになる。しかし、黒鳥役に難があると指摘された。ニナはそれに悩む。役を獲得したいから無我夢中で練習にも励むも、役になりきれないもどかしさに懊悩する。その過程で少々、精神分裂症気味になってしまうのだ。このあたりはサコティックな雰囲気になって、作り物にみえてくる。そして、バレエを少しでも知るものなら、この映画がむなしい作り物話として思えてくるだろう。
 つまり、ニナのように美貌に恵まれ才能もある若いバレリーナは世界には掃いて捨てるほど、とはいわないまでも、けっして少ない数ではない。そこから世界的な名声を獲得するのはほんのわずかな才能だけだ。美貌と才能、プラス努力型であり、度胸もあり、いかなる逆境にもめげない精神力の強さをもつ者だけがプリンシパルの座を獲得する。だから、ニナのように主役を獲得しながら、自信喪失といったふがいない精神力の持ち主では絶対にプリンシパルにはなれない。『白鳥の湖』でいうなら、目立つはするが所詮、群舞にすぎない「四羽の白鳥」の踊り役を獲得するのがせいぜいなのだ。
 したがって、ニナ役は映画的真実というもので、現実にはまずあり得ない話だ。しかし、そんな作り話も、俳優の力量で魅せてしまう。それがナタリー・ポートマンという女優なのだ。
 ニナの敵役となるリリーを演じたミラ・クニス、舞台監督ルロイを演じたフランスの俳優ヴァンサン・カッセル……この3人の才能でもっている作品だ。ナタリーはイスラエル出身、ミラはウクライナ、そしてカッセルはフランスの人気俳優。ハリウッドのすごさは世界中から才能を集める吸引力だが、その成果が見事にあらわれた映画としては特筆されるだろうし、記憶に遺されるだろう。
 愛と喝采の日々
 そして、『ブラック・スワン』をみた若いファンは、レンタル屋さんで『愛と喝采の日々』(ハーバード・ロス監督*1977)を借りてみて欲しい。私のいわんとしていることが了解できるだろう。
 シャーリン・マクレーンとアン・ヴァンクラフトの火花を散らす演技もさることながら、プリンシパルへの道を駆け上がっていく少女を演じたレスリー・ブラウンの演技力とバレエそのものの実力も見応えある。くわえてソ連から亡命後、初の劇映画主演となったミハイル・バリシニコフのバレエは当然としても、並みいる名優を前にした演技も遜色なかった。草刈さん並みに。
 バリシニコフはこの映画の成功によって、次作でタップダンスの名手グレゴリー・ハインズと組んでバレエも魅せれば、アクション・スター並みの活躍をする映画『ホワイト・ナイツ』(テイラー・ハックフォード監督*1985)に主演する。反ソ臭が強く、バリシニコフの亡命を肯定する姿勢で撮られている作品だった。
 しかし、ソ連(ロシア)のバレエ界はバリシニコフというスターを失ってもすぐ次世代が誕生するほど土壌は豊かだ。われわれはバリシニコフの後、ウズベキスタン出身のルジマトフを認めることになる。『愛と喝采の日々』でバリシニコフと踊り、ベッドシーンまで演じたレスリー・ブラウンはその後は恵まれなかった。
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 『ブラック・スワン』にしても、『愛と喝采の日々』にしても、そこで演じられるバレエそのものは古典である。バレエが映像という手段のなかで、また別の表現方法がある、という明確なビジョンをもって制作されたのが、『赤い靴』(マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー共同監督*1948)である。
 映画という表現手段がなし得る編集による時間処理、詐術、トリミングなどを使って、映画でならではの表現を見事に実現している。この映画もまたプリンシパルの新旧交替がテーマだが、その新人プリマ役を演じたモイア・シアラーのバレエ・テクニックとドラマの部分での演技力も素晴らしいのだ。という意味ではクラシック・カテゴリーのなかでは、もっともすぐれたバレエ映画だと思う。『白鳥の湖』『コッペリア』『ジゼル』など古典のエッセンスもきちんと魅せるサービス精神も嬉しい。バレエそのものを新しく魅せるということでは、『ブラック・スワン』や『愛と喝采の日々』より優れているのだ。
 そして、どうしてそういうことになったのかと、マーティン・スコセッシ監督がオリジナル・ネガを処理・復元したデジタルマスター版を数日前、試写でみて納得した。そこにはニジンスキーやストラビンスキー、ピカソやココ・シャネルの才能まで取り込んだディアギレフのロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の深甚なる影響下で撮られ、その実験性の直系であろうとする意気込みのような熱気がそこにあるのだった。いや、ニジンスキーの模倣ともいえる創作まである。そのバレエ・リュスのエキスは映画では、『ブラック・スワン』の方へは流れず、『ウエストサイド物語』の方へ流れたのではないかとさえ思える。古典でも魅せれば新作物にも意欲的なニューヨーク・シティ・バレエの十八番のひとつが『ウエストサイド物語』であることを思い出す。このバレエ団の創立にかかわったのがバレエ・リュスの振付師だったグルジア人のバラシンであったことを思い出す。
 古典から離れていえば、『ウエストサイド物語』の時代の不良たちはやがてNYサルサの創造に関わり、育み、やがてダンス音楽はラテン・ティストが主流になってゆく。 
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