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アレクサンドラ・カルデナス ライブ・コーディング・セッション

アレクサンドラ・カルデナス ライブ・コーディング・セッション

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 伝統的な古楽器とコンピューターが融合し、新しい世界が展開する刺激的な現場に立ち会った。
 楽器は邦楽の琴、バロック音楽の木管リコーダー。ふたつの典型的なアコースティックな音色と、ノートパソコンが創り出す無機質な音を融合させようという試みであった。
 その異形とも思えるステージのカナメに座っているのが、コロンビアの首都ボゴタ出身で現在、メキシコ市で活動するアレクサンドラ・カルデナス。3月1日夕、渋谷の繁華街の一角にあるトーキョーワンダーサイト渋谷で行われた。
 カルデナスは、ボゴタのロス・アンデス大学で作曲学を学んだ後、コンピューターを用いた音楽を創造するようになった。まだ30代の半ばだが、コンピューターを使った即興演奏を世界各地で展開し、この世界では著名な音楽家だ。
 カルデナスの〈音〉はわれわれがふだん使っているノートパソコンにダウンロードされたスーパーコライダー(スパコラ)を操作して創り出す。リアルタイム音響合成のためのプログラミング言語と実行環境を指すシステムだ。
 1日のライブのタイトル「ライブ・コーディング」はコンピューターを使った即興演奏を意味し、当夜の1曲目を「ライブ・コーディング」として、カルデナスはこのように音を造形すると実演してみせた。それは、大気の唸(うな)り、気流の波動、地鳴りのような響き、そんな音の心象光景が変容させながらし聴衆の五感を包み込んでゆく。このスパコラは現在、オープンソースになっているので誰でも利用できる。
 カルデナスがコーディングする音響空間は宇宙的な感覚より、この地球で太古の昔から生々流転してきた自然音の創造的凝縮と拡散という感じで、電子音の無機質さより滑らかな親密さを覚えた。それは電子音には違いないがロシア生まれの電子楽器テルミンの音色を聴くような心地良さがあったが、それはカルデナス自身のリリシズムなのだろう。
 しかし、カルデナス……なかなかの美女である……の演奏(?)する姿は、音楽家ではなく技師のものだった。そこには音楽を創り出す者がゆえ知らず表情に出てしまう奏でる者の歓びといった充足性というものをみいだせなかった。
 つづく演奏は、箏曲家の吉村七重による八橋検校の名曲「乱(みだれ)」。日本人なら曲名を知らなくても一度や二度、聴いている箏曲の定番だ。カルデナスと吉村とのあいだにはなんら接点はないように思える。それが、プログラムのラスト、カルデナスが作曲した「流れ」という曲で琴とリコーダーがコンピュターと見事に融合した。
 箏曲をカルデナスは作曲した。リコーダーも競演するから、それぞれの楽器の特性を把握しての作曲であった。アカデミックに作曲を学んだ人の誠実な仕事だ。その自作「流れ」を、“技師”カルデナスがスパコラで絡んでゆく。琴とリコーダーの音を即時的にコンピュターに取り込み増幅したり残響調整をしながら音を変容させてゆくのだ。その間、琴とリコーダーは譜面通り、あたらしい小節へ向かって演奏をつづける。
 にわかに批評する言葉をもたないが、伝統的な書法で作曲した自作曲を、作曲家自身が演奏と同時に変容させてゆく。自作を批評する行為そのものが「演奏」となるスリリングな場だ。そういうイベントであった。
 カルデナスの来日はメキシコの国立芸術文化基金の助成で実現したものだが、同基金の活動は非常に刺激的で前例に捉われることなく若いアーティストに発表の機会を与えている。外国籍のアーティストも支援する姿勢は素晴らしいと思う。同基金は音楽だけでなく演劇や美術の分野にも及ぶし、舞踊も視野に入っているはずだ。メキシコでは先住民の伝統芸能の保存継承にも熱心な国だが、時代の先端であたらしい創造行為を行なっている才能にも注目する視野の広さを持っている。
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ローマ法王、キューバ訪問へ

ローマ法王、キューバ訪問へ

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*コブラ村の教会

 3月26日、ローマ法王ベネディクト16世がキューバを訪問する。同国へのローマ法王の訪問は1998年、ヨハン・パブロⅡ世以来、2度目となる。
 前法王は“空飛ぶ法王”といわれたぐらい世界各地への歴訪を重ねた行動的な人だった。
 小生がメキシコ在住中、二度、前法王がメキシコ入りしている。メキシコ市からの岐路、法王を乗せた専用機がメキシコ盆地上空をゆっくりと旋回して大西洋方向に機種を向けた。その旋回する法王専用機に向かって市民は手鏡で太陽の光を捉え、機上の法王に向かって別離の反射光を捧げたのだ。その光は無数……まことに空飛ぶ法王にふさわしい儀礼だと思った。宗教行事の慣例とはこうして増殖してゆくものなのだろうと思ったものだ。
 けれど現法王は即位した時にすでに高齢ということもあり外遊はきわめて少なく、84歳となった現在、欧州からほとんど出ていない。そんな法王が2007年、ブラジル訪問以来の長旅の地にキューバを選んだ。これは目立つ。憶測を呼ぶ。
 法王が大西洋を飛ぶことも珍しいが、メキシコやブラジルといったカトリック信者の多い“大国”ではなくキューバが唯一の訪問地となっていることでキリスト世界の注目を集めている。ちなみにキューバ政府が認めているハバナ市のカトリック信者は約3万6千人である。おそらく社会主義政権が提出する数字だから実態はもっと多いと思う。
 前法王のキューバ訪問も5日間、という異例の長期滞在となり事実上、フィデル・カストロ政権(当時)の正当性がカトリック世界で承認された。そして、域内におけるキューバの地位が高まり、米国フロリダ州を中心にした反カストロ派の亡命社会に深刻な影響を与えた。キューバ国内においては宗教活動の規制が大幅に緩和し、宗教施設などの補修、整備も拡充した。
 今回の訪問で法王の発言が注目されているのは、半世紀に及ぶ米国の攻撃的な対キューバ経済制裁への批判、解除を求めるとみられていることだ。すでに、法王の異例ともいうべきキューバ訪問に対し、その政治的思惑が推量されている。それを沈静化する目的もあってか在ヴァチカン・キューバ大使は、「われわれは法王にそのような(米国の経済制裁批判を)要請したことはない」と否定し、もしキューバでそうした米国批判の発言が出ても、それは法王の個人的な見解であると語っている。ヴァチカン当局も沈黙している。
 法王はまず、前法王もかつて詣でた聖母カリターコブラ教会に赴く。キューバの守護神が祀(まつ)られている東南部の中心都市サンティアゴ・デ・クーバの近郊コブラにある教会だ。おだやかな緑の山を背に建つ清廉で瀟洒な教会だ。そして、翌日、首都ハバナ入りする予定だ。
宗教行為を優先し、そのついでにハバナでラウル・カストロ首相や,引退したフィデル・カストロ前首相の表敬訪問を受けるという段取りだ。しかし、米国が神経を尖らしていることはいうまでもないし、米国の反カストロ組織はフィデル・カストロ前首相についで弟ラウル首相の政府まで認めたことになり焦燥感が募るだろう。
 今までのところ法王自身はキューバ歴訪について何ら発言していないが、長旅をしない法王が長駆、キューバに飛ぶということ自体、カトリック社会では重大な意味をもつことになる。
 ヨハネ・パブロⅡ世が訪問した際は、公式記録の写真を、世界でもっとも流布したチェ・ゲバラの肖像写真を撮ったことで知られる写真家に担当させ、後日、豪華な写真集をラテンアメリカ諸国でも発売し、カトリック国キューバの印象を積極的に発した。と同時に、域内におけるカストロ前首相の発言力が増した。なにより世界最大のカトリック信者の地となったラテンアメリカ諸国のカトリック教会が、法王の導きによってキューバの政体を承認せざるないという状況がつくられた意味が大きかった。
 余談だが、ベネディクト16世個人として義援金約1200万円を東日本大震災の被災者に贈り、震災の犠牲者のために特別ミサを行い、福島原発事故を念頭に、科学技術の過信をいさめた言葉を“神”の代理の声として発していることを記しておきたい。 

アメリカ大陸の先住民の抵抗はいまもつづく 南米チリ

アメリカ大陸の先住民の抵抗はいまもつづく
 チリ・マプチェ族出身の学生活動家、警察に射殺される

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*民族衣装を身に着けたマプチェの女性たち

 1月3日、チリ最大の先住民集団マプチェ族出身の学生マティアス・カトリレオさん(22)が、南部アラウカニア地方の住宅街で警察官によって射殺された。近年、同国の資本家たちが環境を無視した乱開発を行なっている地域だ。カトリレオさんは、そうした開発を実力で止めようと活動する学生のひとりだった。同国はこの事件を契機に先住民の土地を守る闘争への関心が高まっている。 
 マプチェ族……武勇に富んだ栄光の先住民民族である。ラテンアメリカ史に少しでも関心を持つ者なら、コロンブスの時代から19世紀の後期まで、他民族の侵略に抵抗しつづけた勇猛果敢な誇り高き民族として知られる。長い抵抗の歴史をもつということは、その民族に独自の強固な文化が存在し、民族の血となり肉となっているということだ。
 チリがスペインの植民地となる以前も、アンデス高地から領土を拡張するインカ帝国軍の侵入に対して戦っていた。現在、チリに約60万、隣国アルゼンチンに約30万が暮らす。
 1970年、チリ社会党の党首アジェンデ大統領を中心とする人民連合政府の誕生前夜、マプチェ族は人権回復の好機とみて献身的に活動した者が多くでた。そのためピノチェット将軍による軍事クーデターで人民連合政府が倒れた後、弾圧の標的にされ、彼の土地も奪われた。
 カトリレオさんの死を語る前に、一昨年八月、世界中で注目されたチリの炭鉱で起きた落盤事故、そして六十九日間に渡って作業員33人が地下700メートルの闇に閉じ込められ後、救出されたドラマを思い出してもらいたい。一人も欠けることなく創意工夫された救出劇はハリウッドで映画化が検討されたぐらい感動を与えた。しかし、この救出劇は同時にマプチェ族の決死の活動を内外の目からそらすことになっていた。
 炭鉱夫の救出を指導したピニェラ同国大統領は世界有数の資産家として知られる中道右派の政治家、市場経済主義者だ。TPPの原加盟国として、昨年11月のハワイ・ホノルルの会議でも積極的推進派として参加している。
 二〇一〇年三月に大統領に就任すると、マプチェ族に先住特権のある森林地帯を広範囲に埋没させる水力発電所建設を提言し、先住民だけでなく環境保護派の猛反対を受けた。発電所計画だけではなく、マプチェの大地は絶えず開発の名のもとに自然が破壊されてきた。もちろん、誇り高いマプチェ族は手をこまねいて座視はしなかった。急進的な活動家グループが実力行動で開発を阻止しようと、企業経営の林地や倉庫などに放火するなどして抵抗した。これに対して、政府は軍政時代の“負の遺産”ともいえる「反テロリスト法」を拡大解釈して活動家を逮捕し、刑務所に収監した。その先住民受刑者たちは獄中でも活動を中断させることはなかった。当局の弾圧を告発するとともに先住民の人権擁護などを訴えてハンガーストライキを行なった。そのストライキの時期が、生き埋めとなった炭鉱夫の救出劇の時期と重なった。内外メディアは先住民活動家のハンガーストライキを注目することはなかったのだ。
 カトリレオさん暗殺の真相は不明だが、彼が獄中の同胞と連帯して活動していたことは確かだ。遺体は警察に引き渡せば証拠隠滅される恐れがあるとして、活動家が隠している。現在、事件解明のためにアムネスティ・インターナショナルを含む非政府組織が連動することが確認されており、そのメンバーにはピノチェット元大統領を人権犯罪の容疑で訴追した元裁判官も参加している。
 カトリレオさんの死はチリだけでなく、南北アメリカ大陸諸国各地で“母なる大地”の返還を求めて闘っている先住民集団に影響を与えるだろう。コロンブスの時代からアメリカ大陸の先住民たちは強いられた闘争をいまも生命を賭けて闘いつづけている。200px-Flag_of_the_Mapuches_svg.png
*マプチェの自治権の主張を象徴する“民族旗”

映画 アフリカを描く 『ル・アーヴルの靴みがき』 アキ・カウリスマキ監督

 映画『ル・アーヴルの靴みがき』
     アキ・カウリスマキ監督
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 舞台はフランス第2の港湾都市ル・アーヴル。御大のサルコジ大統領を旗頭にフランスは世界有数の移民社会だ。移民たちの政治貢献はもとより、文化的貢献度の密なることでも米国並みではないのか? しかし、移民社会はどうじに不法越境者問題を抱える。これも米国と状況は酷似する。
 いま、フランスで大きな港を背景にして〈現在〉を批評する映画を撮ろうと思えば、不法越境者の影はどこかに出てきてしまう。彼らを無視して映画を撮ることはできる、しかし、誠実な態度とはいえないだろう。ギリシャの財政破綻を引き金とするユーロの経済危機のなかでドイツとともに比較的安定している同国に職を求めて不法越境者が流入するのは、水が高きから低きに流れるように自然現象だ。
 本作に登場する不法越境者は中部アフリカの大西洋沿岸国ガボンからやってきたひとりの少年。改造コンテナのなかに息を潜めてル・アーヴルに荷揚げされた。コンテナのなかで苦楽をともにした数十人のガボン人は荷揚げされた途端、拘束されてしまう。彼らのその後の悲劇は語られない。一銭も稼ぐことなく強制送還される人には借金が待っているだけだ。しかも貧困者には過重の大金だ。彼らは生きるためにどのような選択をしていくのだろうか。
 少年は逃げ出すことに成功したのだ。といってもパスポートももたない不法越境者が生きてゆくには泥棒でもするしかない。そこに登場するのが誇りだけ高い貧しい靴磨きと、彼の友人たち。ヒューマン・ドラマだが、押しつけがましさがないのがよい。
 フランスはかつてアフリカや東南アジア、カリブの西インド諸島などで多くの植民地を経営した国であり、現在なお「海外県」に昇格させて統治している。必然的にフランス語を公用語とする南の国の貧しい民が流れ込んで来るのは止む得ない。
 フランスの三色旗は「自由・平等・博愛」を象徴する。人権思想の鼎(かなえ)をトリコロールした。けれど、そこから外国人はこぼれる。フランス革命の後、フランスは植民地を武器で維持し、多くの民衆の「自由」を奪う、「平等」に無関心、「博愛」のかけらもなかった。フランスは核兵器保有国だが、その兵器としての核の実験場はいつも植民地であった。
 カウリスマキ監督は、自由と平等は実現されたためしはない。けれど「博愛の精神だけがどこにでも見つけることはできた」と語っている。その「博愛」について、庶民の目線から語った映画でもある。
 不法越境者の問題はドラマを創りやすい。経済のグローバル化が叫ばれるようになってから不法越境者を主人公にした映画が急増しているのも、語りやすいからだ。フランスではそうした秀作が年に1本以上、制作されている。
 越境者は存在そのものが激越なドラマだ。母国を離れるという選択、生木を剥ぐような別離、それも自分の意思に反する政治的迫害、貧困などによって流浪の道しか選べなかった人たちの物語だから。そうした悲劇をベースに挿話を積み上げればたちまち何本もシナリオは書ける。安易な社会派映画はいくらでもできる。しかし、政治的にノンポリ、自分のちょっとした行いが「博愛」ともなんとも思っていない日常的な些事の積み重ね。それが結果的に一人の少年を救うことになる・・・という話をカウリスマキ監督はじつに巧みに演出して善意の臭みがない。フィンランド、いや欧州を代表する監督として揺るぎない地位を築いた人の手練だと納得できるのだ。
 ガボンからやってきた少年が最終的に目指すのはドーバー海峡の対岸の英国。ロンドンで家政婦として働いているらしい母親を探すためだ。無事、英国に密入国しても少年の多難がいささかも減じるわけではない。
 パスポートさえあればドーバー海峡を超えるのはなんでもない、通勤・通学の行き来のようなものだが、パスポートをもたない者の前では巨壁となる。ここでも危険をおかして密航するしかない。密航にはカネ金とウンが必要だ。そこで初老の靴磨きを中心に隣人が知恵を出し、少年を貨物船に隠して送り出す。その日常的な工夫の描き方が良い。肩肘はらずに淡々と身の丈に応じてやろうという雰囲気が自然で良いのだ。むろん、それだって映画のお話なのだが、そういう雰囲気を上手につくってしまうのがカウリスマキという演出家なのだ。
 心あたたまるフランスの港町の話だが、監督には、こんな不平等な南北格差を生みだした当事国のひとつが16世紀以来、〈南〉の民衆をさんざん搾取してきた「三色旗」なんだぞ、とぶつぶつと言っているようにも思える。  

映画『サルトルとボーヴォワール~哲学と愛』

映画『サルトルとボーヴォワール~哲学と愛』
  イラン・デュラン=コーエン監督
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 知の巨人といわれる思想家にしろ、楽聖といわれるような音楽家、桂冠詩人であろうとも人間であるかぎり例外なく生臭いところを持っている。時代が遠いほど「知」の痕跡ばかりが残り、日常雑事に悩まされていた実像が薄くなるだけの話だ。
 サルトルとボーヴォワールもまたしかり。20世紀のフランスが生んだ二大知性であったが、「知」を司る脳は生臭い男と女の身体の上に載っていた。
 婚姻制度を否定し、自由恋愛を志向し実践した男女の実現者ということで、ふたりの生きざまは浩瀚な著作並みに耳目を引いた。いや難解重厚な著作を手にした人より、彼らのスキャンダラスなゴシップ記事を読んだ者たちの方がはるかに多いだろう。スノッブではないが本作もまた「知」ではなく、「痴」情に傾斜している。男と女の愛憎劇に収れんしている。
 ふたつの「知」の巨星を主人公にしているということで、かつてのゴダール映画のようにやたら字幕を読まされるかと思ったが、字幕の密度は薄かった。だから、その分、愛の吐息、軋轢の気配といったことを愉しめばよかった。そして、映画はサルトルの視点ではなくボーヴォワールの感性からドラマが構築されている点で女性に受けのいい仕上がりとなっている。
 ボーヴォワールを演じたアナ・ムグリラリスは09年に、映画『シャネルとストラヴィスキー』でココ・シャネルを演じたが、近年のフランス映画界が手掛ける評伝映画というものは断然、女性を描いた作品に優れたものが多いし面白い。ストラヴィスキーの影が薄かったように、本作でもサルトルの位置は軽い。あの実存主義の先導者がこんなに軽侮に描かれてよいのか、と義憤すら覚えた。ロラン・ドイチェというハンガリー出身の俳優がサルトルを演じているが、監督の演出にその責の大半はあるだろうが、にやけた演技のしすぎではないか、との義憤すら覚えた。が本作はあくまでボーヴォワールを押し出した女性映画である。目くじら立てるのは大人げない。映画ではサルトルはボーヴォワールの引き立て役だ。
 1950~70年代、大戦後の混沌とした世界に向かって二つの知性は真摯に時代にむかって発言しつづけた。その仕事は同時代、ほんとうに眩いものだった。その輝きを背景に二人の個性的な恋愛関係があったことは生前から日本にも聞こえていた。けれど、そうした恋愛の挿話は重厚な書物の背後に隠れていた。映画はその書物の背後から二人を引き出して愛憎劇を演じさせているのだ。
 映画のなかでボーヴォワールはサルトルに向かって、自由恋愛を理解しても「嫉妬する自分を否定できない」と告白する。それは彼女の真摯な愛の告白だ。けれどサルトルは柳に風と受け流す。感情のすれ違いではない。サルトルは確信犯と描かれる。彼の名声に惹かれて言い寄る美女を男たるもの誰が拒めようか、という女漁家である、と描かれる。
 ボーヴォワールも含めフランスの著名な女性たちの赤裸々な告白を集めた『嫉妬』というアンソロジーが日本でも出版されたことがある。優れた知性も真摯に恋愛すれば、嫉妬は内から湧いてくる。そんな自然な愛の営みを映画は語る。そして、本作をみた女性は安心することだろう。あのボーヴォワールすら嫉妬するならわたし如き凡人は、と。これも映画の効用だ。
 ふたり寄り添うように同時代の思潮に大きな影響を与えたポール・ニザン、カミュ、モーリヤックというそうそうたる知性がそれらしく登場し、当時の社会風俗もそれらしく描かれている。どんな知性も時代に規定されるというテーゼがあるが、その時代の気配を描くことで、ふたりの知の営みの現場に寄り添う感覚を得られる。
 パソコンのなかった時代に長大な著作をペンで書きつづけた。カフェで雑談しながら、アルコールで舌を湿しながら、紫煙の煙るテーブルで書きつづけた。現場証言的な映像はふたりの本を手にしたことのない読者にも良質な風俗映画としてお勧めできる。ただしサルトル信奉者は本作を無視すること。

バレエと映画 3 『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督

映画『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督
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 ヴェンダース監督は同時代のすぐれた創造者に対する畏敬の念が強い。
 監督自身も映像を手がかりに20世紀後期から現在進行形で「現在」を鋭敏に批評してきた時代の一大個性である。
 独自の世界観を映像として提出できる卓抜な技術と、それを支えるゆたかな感性は世界各地に信奉者をうんだ。そういう屹立する個性だ。
 優れた個性とは、自分になしえない仕事を尊重する謙虚さを同胎させている。ヴェンダース監督は、自らの手練になじまない表現手段で「現在」を語る才能を見出したとき、率直に畏敬してはばからない。しかし、それを見つめる視線はやさしいが。映像のなかに形象化するときの視覚は厳しく、その都度、手法を換えてきた。
 スペインのカルロス・サウラ監督はフランメンコとタンゴ、マーチン・スコセッシ監督はロックとR&Bを時代の生命力として賛美しつづける。ふたりは母語の言語圏内で最良の仕事をしているが、ヴェンダースは国境を超え、言語の壁を透り抜けドラマを創ってきた。『リスボン物語』を撮りファドを町に徘徊させ、『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』でキューバの老音楽家たちの生活
を語り、音楽をする質朴な人間の喜びを語りつくした。 
 ピナ・バウシュはドイツが生んだ20世紀後期を代表する振付家、というより舞踊と演劇の垣根を取り去って、あたらしい舞台芸術を創造した才能いえるだろうか。ダンサーには象徴的な演技力が求められる。音楽に乗っていてもダンサーは言葉を発しない。鍛えられた身体で五感を放つ。ピナはそこに20世紀後期を生きるあたらし話法を加えっていった。
 テーマは愛、そして孤独だろう。ピナの舞踊をみていると、モーツァルトの美しく軽やかな音楽の底に潜んでいる孤独、寂寥の気配、あるいは諦観といったものまで感じてしまう。そこには単純な愉悦や高揚といったものはない。観る者の肺腑を抉るような痛苦まで感じさせる激しい批評性が秘められている。監督は、そんなピナの批評性を映像の力で瞬間芸術を定着させた。
 一地方都市の舞踊団に過ぎなかったヴァパタールを世界でもっとも刺激的なモダン・バレエ集団と育てたピナ、その活動はドイツを中心に拡張していった。その道のりのなかで国籍に囚われることなく個性的な才能を国境を超えて取り込み充実させた。
 団員たちのモノローグが随所に挿入されているが、すべてダンサーたちの母語で語られる。ヴェンダースはピナの個性を描きながら、彼女の才能にあこがれて入団した多国籍のダンサーたちを育んだ母国の文化である言語で語らせることによって映画は国境を溶解させる。すぐれた芸術表現の前に国境は不在となるという監督の密かなテーゼはこの新作でもいきてる。
 本作は3D映画ということでも話題を集めるだろう。
 ハリウッドの娯楽映画『アバター』の見世物的要素の濃い作品では3Dは確かに雄弁な効果を上げることは確かだけど、舞踊映画でもかくも雄弁な効果を上げることを証明した作品として、本作は映画史上にまちがいなく遺こる。しかし、ピナは本作の完成をみずに他界した。遺作となった。
瞬間と空間の芸術である舞踊は同時体験者としての観客の数は限られる。万人が平等に感受できる芸ではない。それが音楽や文学、複製できる芸術との徹底的な差異であり宿命である。そこに複製芸術としての映画の効用、出番がある。ヴェンダースはそれを第一義に目指したのだろう、3Dの効用を識って。舞踊の臨場感を表現できる最良の手段として採用した。娯楽映画に傾斜していた3Dを芸術表現の領域まで高めた。
 臨場感ということなら、いわゆるかぶりつき、相撲でいえば砂かぶりの特等席を与えてくれた。汗を飛ばし飛翔するダンサーは3Dの空間を飛翔する。懊悩し、突き出された両腕は観客の目の前をよぎる。
 野心的な秀作である。 

書評 チカップ美恵子『チカップ美恵子の世界 ~アイヌ文様と詩作品集』

書評 チカップ美恵子『チカップ美恵子の世界 ~アイヌ文様と詩作品集』
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かつて、中国・海南島に先住民ミャオ族の文化・習俗を取材したことがある。その時、同行した北京のジャーナリストが、「先住民はみなアーティストだが、われわれ漢族は選ばれた者の特権でしかない」と自嘲気味に言った。それから数年後、筆者は中米の小国に住むようになってからマヤ系先住民と親しくなったとき、あらためてミャオ族のことを思い出し、漢族のジャーナリストの言葉を我が身に引きつけた。
 マヤ族の女性は例外なく織物の名手であった。日本でいえば無形文化財級の腕の持ち主が僻村に無数に暮らしていた。彼女たちは皆、ウィピルという貫頭衣を着て過ごす。それも自ら織り上げたものだ。
 アイヌ族のチカップ美恵子さんは全身アーティストであった。なかにでも抜きん出いていたのが、内なる民族の魂に誘(いざな)われるように糸で描いた刺繍であった。
 日本人ならアイヌ族の独特な着衣、衣装を知っているはずだ。呪術的な形態の文様、反復されるシンメトリカルな文様。その謂(い)われを本書を読むまで知らなかった。「ゆるやかに曲がる」を意味するモレウと、「棘」を意味するアイウシの二つの基本パターンで構成された文様であった。モレウは水のさまざまな変容であり、アイウシは北海道各地に生育するタラ、ハマナスの棘から来ているらしい。
 本書にはチカップさんが亡くなったとき、手許に遺された刺繍99点と、生前、書き残した詩もすべて収録されている。「鳥」を意味するチカップは筆名。戸籍では伊賀。和名は明治時代、和人(大和族)が強いたものだ。だから彼女がアイヌを象徴する作品を発表するとき和名を忌避した。
 チカップさんはムックリ(口琴)を奏し、アイヌ語で伝承歌も歌う。舞姫でもあった。「生きることがすべて文化なんです」と語った。
 61年の生涯をまさに全身表現者として生き抜いた。その重要な表現活動の優先事項にアイヌ民族の人権を回復する闘いがあった。それは不退転の決意として10代から倦むことなく持続された。闘いの生涯であった。
 日本政府がアイヌ族を、日本列島の「先住民族」と認めるのは2008年のことだが、この時、チカップさんは病いに冒されていた。
 刺繍作家だが寡作だと思うし、詩の数も少ない。アイヌ族の尊厳を求め闘いつづけた独りのアーティストとして私的な観照の世界に安住できなかったからだ。しかし、遺作は、後継者に汲めども尽きない教本となったように思う。
 カムイ(アイヌ族の神)と対話する言葉としてのモレウとアイウシはアイヌ族が生きる限り無限の創造の泉となることを示唆しているのだ。
▼北海道新聞社刊・2500円(税別)

映画『善き人』 ヴィセンテ・アモリア監督

映画『善き人』 ヴィセンテ・アモリア監督
 映画「善き人」


 経済力でいえば、現在のユーロ圏で独り勝ちといった状況にあるのがドイツ。ユーロ諸国の経済危機をしり目に輸出量を延ばし潤っている。そんなドイツをみて、近隣諸国はまたぞろ悪しき歴史が繰り返されるのではないかと懸念を強める。二度の大戦の猛省から誕生したユーロだが、各国の基礎体力そのものは変わらない。ドイツはいつのまにかユーロの牽引国、言い方を変えれば覇権国家になったと危惧する人たちが多い。危惧する所以も本作をみるとなんとなく分かるような気がしてくる。
 東西ドイツが再統一された辺りからこの国の映画(あるいは映画界)の歩みを眺めれば、そこに雄弁な軌跡が浮かび上がる。東を併合し、その負債をなんとか克服してからのドイツ映画は、慎重だが、したたかに堅実に足元を踏みしめながら第2次大戦の見直しを……強いて言えば控えめな民族史観でもって行っている。
 2004年、『ヒトラー~最期の12日間』が公開された。この前後からドイツ映画は変調したように思う。同作は、弱さをひめた生身の、そして孤独な人間として同情すべきところもあった、というふうにヒトラーを描いた。むろん、ヒトラーを肯定的に描き出すのはけしからんとの反撥も当然、強い声となって発生した。06年には『ドレスデン』が登場する。敗色が濃厚な1945年2月、歴史的な文化都市ドレスデンを米英軍は空爆を敢行。徹底的に破壊尽くした。この空爆をドイツ人の視点から批判的にみつめた映画だった。07年にはヒトラーを「狂気の独裁者でない、ひとりの孤独な人間だった」とのコピーをもった『わが教え子、ヒトラー』が登場。そして今、『善き人』に接する。
 本作の主人公は作家志望の大学教授ジョン・ハルダー(ヴィゴ・モーテンセン)。彼が書いた小説、それは不治の病いに苦悩する愛妻を、夫が懊悩の果てに「尊厳死」させるという物語だったが、これをヒトラーが読み称賛した。
 ジョンにはあずかり知らぬことだが、ナチ高官から「総統が感銘し、貴方に、小説とおなじ論旨で論文を書いてくれないか」と要請される。
 すでにナチ独裁下、ジョンの務める大学でもマルクス主義文献、ユダヤ人による著作が焚書にされていた。断ることなどできない。拒むことは死を意味しただろうし、危害は家族にも及ぶ。それにナチの要請そのものは、彼の年来のテーマだ、思想転向でもない。わだかまりを抱えながらも仕事を引き受けた。彼のなかに権力への阿(おもね)りなどないのだが、世間はそうみない。望んだわけではないが、ナチの御用学者になってしまう。しがない一教授は、アカデミックな業績もなく、ナチの望んだ論文一編で文学部長に成り上がる。負い目はあるもののジョンの選択はこれしかなかった、と映画は肯定的に描き出す。
 ジョンには幼な馴染みで第一次大戦ではともにドイツ軍の兵士として戦った親友の精神科医モーリス(ジェイソン・アイザックス)がいた。彼はユダヤ系ドイツ人だ。大戦でドイツのために銃をとったモーリスも迫害され職を奪われ貧窮を極める。それに反比例して、ジョンは大学の要職を務めながら、運転手付の高級車を乗り回す親衛隊幹部へと出世する。彼にユダヤ人への偏見はないが、時代が彼をして親衛隊の制服に馴染ませる。
 モーリスが強制収容所に収監された。ジョンは親衛隊幹部として、ユダヤ人を管理するナチの機密室に入り、親友の行方を追う。この機密室の描写はいままで映像化されなかったもので、ナチズムと先端科学の融合がどういうものであったか、このシーンに凝縮されているようにみえる。それは、コンピューター管理の先駆けのようなシステムの充実、見事さ、当時のドイツはここまで技術革新を進めていたか、と物語を離れて感心するところだ。
 その一室でジョンはキーを打ち込み、モーリスの収監先を割り出す、「調査」という口実で強制収容所を訪れる。そして、悲惨な現実に衝撃を受けるジョン。しかし、この後、彼はどのような行動を執ったか、とは描かれない。現実を知り、狼狽える姿を描き出して終わる。
 この映画の解釈をめぐって意見は分かれるだろう。ナチ独裁下では善良な市民も協力するしかなかった。消極的な加担者に過ぎなかった典型としてジョンが描きだされているという見方も成り立つ。しかし、ナチ独裁に抵抗した市民はいたし、亡命した知識人も少なくない。そういう少数者の尊厳を、毀損しているようにも思えてくる。
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