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旧作映画・備忘録B

▽『キャラバン』(1999)エリック・ヴァり監督
 キャラバン
この地球上にはまだ人の脚力と荷駄を背負う家畜でしか旅をすることができない場所がいくらでもある。そういう旅を敢行するには経験を積んだ冷静・沈着な指導者の叡知が必要だ。しかし、その指導者も老いてゆく、たぐいまれな経験も老いの前には朽ちるものとなる。
 本作は生きるために山の岩塩を麓に卸すための旅を描く。峻厳な高山地帯を旅するネパールの一共同体の人びとの生きざま、死生観などを美しいも雄大な、そして厳しい試練を与えるヒマラヤの山を背景に描いた映像詩。監督はフランスの人だが、登場する俳優はネパールの人らしい。鳥葬の光景や雪山を歩く人たちの防護の智慧など文化・風俗的な興味も満たしてくれる秀作だ。思わず大きなスクリーンで見直してみたいと思わせる作品だった。
▽ディズニー映画『三人の騎士』(1944)wrtb.jpg

 ラテンアメリカ、特にメキシコ、さらに言えば、その音楽に愛着を覚える者にはディズニー・アニメのなかで無視できないものだ。ラテンアメリカの旅となっているが、1944年にメキシコで先行公開されているようにメキシコでの興行を意識した内容となっている。実写として観光開発直後のアカプルコ、先住民の独特の漁法で知られるパツクワロ湖、ベラクルスの民謡、オアハカ地方の「サンドゥンガ」なども観れ、聴かれる。フルーダ・カーロが生き、愛していたメキシコが登場するわけだ。しかも、色彩版だ。44年だ。日本ではすでに敗色濃厚となった戦時中の映画。ディズニーはラテンアメリカの旅に出かけましょう、とこんな映画を作っていた。しかもカラー映画で。戦争の気配なんてどこにもない、皆無である。日本での公開は1959年3月だったとか・・・。制作から15年後となる。その時、日本人たちはこのアニメから何を感じたのだろう。日本の都市が次々と空襲で瓦礫の山を築いているとき、アカプルコの浜でリゾートしましょう、という映画を制作していたわけだ。ちなみに、このラテンアメリカの旅シリーズは本作に先行する作品もあった。ブラジルのディーバ、カルメン・ミランダの妹オーロラ・ミランダも登場する。音楽資料的にも貴重だ。そうそうアウグスティン・ララの名曲「ソラメンテ・ウナ・ベス」が早く英歌詞で歌われていて、その先行例だろう

▽『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』 アナンド・タッカー監督(1998年・英国)
 本ブログでも紹介した岩波ホール公開予定の『オレンジと太陽』の試写を観てから、同作で主演したエミリー・ワトソン主演映画『ほんとうの~』を見直したくなった。エミリー・ワトソンという女優の存在を世界的に印象づけることになった映画だったから。さらにいえば、先月、広島のオーケストラによるエドガーのチェロ協奏曲に演奏に接し、ジャクリーヌの十八番であったことも本作を思いだしたきっかけを作ってくれた。
 自我自尊、天才気質をそのままに小悪魔的に生き抜き、不治の病い(多発性硬化症)に斃れたジャクリーヌの短くも激情的な生涯を象徴化してみせたワトソンの演技力にあらためて関心もし、『オレンジと~』ではストイックな意志の女性を演じ切った見事さにまた関心もしていたのだ。かのダニエル・バレンボイムの妻でもあったジャクリーヌであったが、彼を翻弄しつづけたということでも特筆すべき才能であった。音楽という美の不可思議さ深淵も垣間見せる映画でもあった。
 しかし、エドガーの「協奏曲」は多くのチェリストが取りあげるごとに、熟成されドボルザークやシューマン、あるいはハイドンの曲に抗しうる力を与えられ、20世紀の古典となっていったことを認識する。
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旧作映画・備忘録A

▽『戦火の勇気』courage under fire(1996)エドワード・ズウィック監督戦火の勇気

 イラクのクェート侵攻・占拠から始まった湾岸戦争。 米国にとってベトナム戦争での敗戦の後遺症を癒すものとなったが、実際の戦場では正史に顕われない不条理な事故や事件はつきものだ。本作では、戦車部隊の同志討ち、女性大尉のヘリコプター操縦士の戦死の謎が追究される。戦車の同志討ちに自責の念にかられる大佐(デンゼル・ワシントン)が、女性大尉(メグ・ライアン)の戦死の謎を究明していく。この戦死の謎を追及するなかで、その戦闘に関わり生き残った兵士たちの証言が食い違う。みんな、それぞれの立場から自己主張しているからだ。このあたりの演出は黒澤明の『羅生門』の雄弁な借用だ。しかし、中世の非政府的な状況のなかで生きざる得なかった「羅生門」時代の人間たちの闇と、米国の愛国主義に向かって収れんしていく本作とでは深みが違うのはあたりまえだろう。本作を観ながら、あらためて『羅生門』の怖さを思い出す。

▽『奇蹟の詩』the thrd mrecle(1999)アニエスカ・ホランド監督
 メキシコや中米諸国の新聞はときどき宗教的「奇蹟」譚をトピックとして扱う。メキシコではグァダルーペの聖母に関する「奇蹟」が俄然、多い。「奇蹟」はカトリック教界に多く顕現するようだ。本作も、故人となったヘレン夫人のまつわる「奇蹟」の実存を、その娘ロクサンヌ(アン・ヘッシュ)の証言を通して、フランク神父(エド・ハリス)が調査していくという話。エド・ハリスが出演する作品は、『ライト・スタッフ』以降、もらさずみているつもりだ。彼の映画にはいつも何か、ある。
 ヘレン夫人をヴァチカンで列聖するに値するか、という、たぶんに世俗的な教会内の思惑もある。そのなかで「奇蹟」の真実がやがて明らかにされていく。ヘレン夫人の古里は1993年にチェコスロバキアから独立したスロバキアの首都ブラチスラヴァ。大戦中は、この国の精密機械工場などが集積していた都市ということでナチドイツ空軍は空襲した。そこで幼いヘレンは第一の「奇蹟」を行った。まぁ、異教徒にはにわかに・・・否、冗談もいい加減にせよ、といいものなのだが、それは信教自由を認め批評しないことにしよう。ともあれ聖書に手を置き大統領は就任の宣誓をする国の映画なのだから。筆者は、ハリウッドではじめてブラチスラヴァが認知された映画として記憶しておこうと思う。そして現在、ブラチスヴァを本拠として寡作ながらスロヴァキア映画が制作され、チェコ映画界との親密な交流は分離独立前のようにあることを記しておきたいと思った。 

▽『グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー』(1989)great balls of fire! ジム・マクブライド監督20110529_927787.jpg

 往年のロックファンならジェリー・リー・ルイスを知らない者はいないはず。E・プレスリーと同時代の才能だ。今でも初期ロックのオブニバス・アルバム、50年代ロックの代表作を集めたアルバムには彼のヒット曲をはずすことはできない、という歴史的なロッカーだ。そのデビュー前から全米を席巻する人気者になった青春を謳い上げた佳作。ロックスターは動きの自在なギターで歌えという営業サイドの要請を一蹴、ピアノを弾きながらロックするというパフォーマンスを創出したということでも知られる。
 ルイスを演じたデニス・クエイドの役に成りきり、ピアノとのコラボも軽快にこなしたローリング感は爽快ですらある。ジェリー・リー・ルイス本人から手ほどきを受けたという、そのピアノ弾奏というより、指で叩く楽器としての撃弾を演じてなかなか見事である。後年、平凡な特徴のない美女といった役で、それなりに重宝されることになるウェノナ・ライダーが、リー・ルイスの幼妻役で出演。13歳の妻ということが知れ、初の英国公演は暗礁に乗り上げ、帰国後、米国でもスキャンダラスに報じられ、一時的に社会から葬られるという憂き目にあった。それを夫婦の意志で乗り越えていったという話になる。歌手の評伝映画は数多いが、本作はその系列のなかにあってなかなかの力作だ。幼いリー・ルイスが黒人酒場を夜ごとのぞき込みピアノ・テクニックをまなでいたことなどもきちんと押さえられている。 

映画『オレンジと太陽』 ジム・ローチ監督

映画『オレンジと太陽』 ジム・ローチ監督
オレンジと太陽

 オーストラリアの保守的な風土を指して「白豪主義」という言い方があって、いまはあまりに聞かれないが、移民問題などで人種差別的な政治主張が出てくるときに“白人のオーストラリア”を意味する、その言葉は日本のマスコミでも浮上してくる。
 本作は、英国とオーストラリア両政府が結託して進めた「白豪主義」という名の国家悪の一つを実在の女性マーガレット・エミリー(エミリー・ワトソン)の活動を通して暴き出したものだ。国家悪の最大の「悪」は、国の名において行われる侵略戦争だろう。
第二次世界大戦に英連邦の一国として参戦したオーストラリアは、対日戦争の体験から戦後、人口希薄な国土という安全保障上の弱点を見出す。それが、本作で問題としている英国からの「児童移民」を促進させた要因のひとつとなっている。
 問題の「児童移民」とは、英国で身寄りない孤児や、スラム街の貧困家庭の子どもらを対象とする児童保護としての社会福祉政策としてはじまったようだが、「慈善」がいつの間にか世界中に散在する英連邦諸国それぞれの内情に加担するような移民事業となっていった。
 英国の児童移民の歴史は古く、1618年まで遡り、実に1970年まで国家事業として取り組まれながら、国内にあってはほとんど知られていない事実であった。社会福祉事業ではなく、不当な移民政策であったことを政府が認識していたことが公にされ、政府は謝罪することになるのだが、その謝罪を引き出したのもマーガレットの地道な努力、献身な活動があったからだ。
 ソーシャルワーカーのマーガレットは偶然、知った女性から、「あたしが誰なのか調べて」と突然、突きつけられた課題を通して、「児童移民」が大きな国家事業であったことを知り、事実を求めて独自の調査に乗り出した。オーストラリアには中年となっている「児童移民」がおおぜい生活しているこも知る。そして、みな程度の差こそあれ、「いったい自分は誰なのか? どこで生まれ、父母はまだ生きているのか?」という懊悩を抑え込みながら生活していることを知るのだ。これは人間の基本的な人権問題だ。これを奪った国家悪への挑戦は当然、困難を極める。ときにマーガレットは宗教者の善意を誹謗するものとして脅迫も受ける。
 そうした活動を倦まず弛まず持続させることは大変なことだ。生半可なことでは持続しない。その役をエミリー・ワトソンはふつうの地味な主婦という出自をそのままに、内に秘めた剛直さで乗り切ってゆくという至難の役をこなした。彼女の名演といえば、筆者は、実在のエキセントリックなチェリストで、不治の病いに倒れる女性を演じた作品『ほんとうのジュクリーヌ・デュ・プレ』を思い出す。あの狂気すれすれの演技からすれば、本作マーガレット役はあまりにも寡黙だ。主役ながらセリフの量も少ない。無駄話をしない女性の真実がそこにあるように思える演技だ。
 マーガレットは数万人分の証言を英国とオーストラリアを行き来しながら取ることになる。その真実に対して国家は謝罪することになる。国が犯罪的であることを知りながらも推進しなければならない理由というものも追究されなければばらない。
 広大な領土をもった植民地帝国はその支配維持のためにも白い肌をもつ子どもを必要とした。戦後、植民地が次々と独立した後でも英連邦のとどまった新興独立国における白人人口の減少をくい止める意味でも「児童移民」はつづけられた。
 そこでは「児童」は員数でしかなかった。親元から無理矢理引き裂かれた子どもは、新しい名が与えられ、生母の存在は抹消され、誰のモノでもない天涯孤独の存在として故郷から遠く離れた異邦に送られ、ときに過酷な児童労働者と働きながら、おおくの人がふたたび英国にもどることもかなわず、異邦で土に還っていた。
 マーガレットの不退転の決意で組織化された「児童移民トラスト」は犠牲者を探索し、両親が生きていれば立ち会わせる場まで設ける、そんな地道な活動の根拠地となった。
 映画では英国市民は同「トラスト」の活動が話題になるまで「児童移民」の存在を知らなかった、と描かれている。ほんとうにそうなのか? 4世紀にも渡ってつづけられた国家事業がほんとうに国民の目を欺き通せるものだろうか? 自分に関わりないこと、触れたくない事実として、大戦中、ユダヤ人収容所の存在を知り、そこで行われている犯罪を知りながら、見て見ぬふりをしてきた人たちとおなじような立ち位置にいたとしか思えない。そうした社会的無関心を市民が装うことによってしか国家悪は成立するのだ。
 オーストラリア政府はかつて先住民アボリジニの子弟に対して過酷な政策を断行した。「白豪主義」の犯罪である。片親が白人であれば、その子はアボリジン共同体から隔離され、故郷から遠く離れた寄宿舎に隔離し、白人としての教育を強いた。その子弟はアボリジニとして誇りを奪われ、生得の言語は剥奪された。そうしたアボリジニに対する人種差別政策に対する視点は本作にはないのが残念だが、一方で「児童移民」があった事実を知るとき「白豪主義」の犯罪性は見事に連動していたのだ。
 

ガビー・モレノの活躍*「国歌斉唱」

中米 グァテマラ
  ガビー・モレノの活躍*「国歌斉唱」
ガビー・モレノ

 中米の小国グァテマラが生んだ歌手といえばリカルド・アルフォナひとり代表している時代が1980年代から今日までつづいてきた。内戦下の祖国を離れてメキシコに出て大成した歌手だが、これからガビー・モレノという女性歌手に象徴させて語ることが多くなるかも知れない。
 というのも今年のエミー賞、米国テレビ界の「アカデミー賞」といわれる賞だが、これのオリジナルテーマ曲賞にガビー・モレノの作品がノミネートされたからだ。受賞は逃したが、このノミネートがあってから彼女の母国の首都グァテマラ・シティでコンサートが企画され話題となっている。
グァテマラではふだんエミー賞の話題はほとんど聞かれない国だが、モレノのノミネートでにわかに注目されるという(一時的なものだろうが)現象を生んだ。彼女はすでに、グァテマラのテレビの放映時間が終わることを告げる国歌斉唱プログラムで、名誉ある斉唱歌手として知られてもいた。しかし、活動の場は米国ロス・アンジェルスで英語歌手としての活動が本業であったから、やはりなじみは薄い。
 グァテマラの国歌は長い。わが「君が代」の4倍ぐらいの長さだ。現在のグァテマラにはオリンピックなど国際競技大会で金メダルを獲れるような人材はいないし、当分出てくる可能性はおろか気配すらない。
 もし、国際レベルの記録を作るようなアスリートが出てきて、優勝でもしたら、スポーツ大会の主催者は困惑するにちがいない。それほど長い国歌だ。優勝者の栄誉を讃える国歌吹奏を端折るわけにはいかないだろう。さて、どうするかと話題になるはずだ。
 筆者はこのグァテマラ国歌が好きだ。
 スペインとの独立戦争を戦い抜いて独立した国が大半というラテンアメリカではやはり軍楽としてのマーチ風の国歌が多い。そのなかでグァテマラはマリンバの国らしくメロディーを尊重した厳粛性をもっている。この国歌をモレノは情感たっぷりに歌いあげていた。
 しかし、モレノがエミー賞候補になったことでもわかるように米国が活動拠点だ。唯一のソロ・アルバムも英語歌詞で占められ、米国市場を向いて活動を展開してきた。
 内戦時代にカルフォルニア州に出た両親のあいだにロス・アンジェルスで生まれたモレノは米国籍ももっているわけだが、ヒスパニックの美点だろうか母国愛は人並み以上に強い。それが国歌斉唱という仕事につながった。
 モレノの歌のスタイルは、アコーステック・ギターを奏でながら歌うというオルタナティブ・ロックというイメージだ。けれど、彼女自身が語っているのだが、音楽に興味をもったのは10歳のときに首都グァテマラ・シティで行われたメキシコのポップス歌手クリスティアン・カストロ、リッキー・マルティンのコンサートに接してからという。
 11歳でプロ活動を開始したというから早熟の才能だ。前記した国歌斉唱の巧みさ歌唱力、歌詞の読解力はなかなかのものなのだが、その歌は彼女15歳のときの録音なのである。そうとうな才能である。今後、スペイン語歌詞による歌で仕事をして欲しいと強く思う。

 
プロフィール

上野清士

Author:上野清士
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