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真実を語る責務 『テレシコワ自伝』

真実を語る責務
 書評『テレシコワ自伝  宇宙は拓かれた大洋』
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 ワレンチナ・テレシコワと聞いて、初の女性宇宙飛行士だったと即座に答えられる若者は少ないだろう。 1963年6月16日、ボストーク6号に搭乗、世界初の女性宇宙飛行士となった。地球周回48回、70時間30分飛行した。宇宙飛行を先進した米ソ両国合わせて12番目の宇宙飛行士であった、そして初の非軍人宇宙飛行士でもある。
19年後に二代目の女性宇宙飛行士が誕生するまで、彼女は、個人識別用のコールサイン「チャイカ(かもめ)」とともに女性の地位向上のシンボル的存在となった。
彼女はロシア人というより「ソ連人」とあったというべきだろう。宇宙飛行後、しばらくして自伝『宇宙は拓かれた大洋』を書く。日本でも65年9月に邦訳(合同出版)が出た。最近、この自伝を必要がって読了した。敢えて、現在のテレシコワさんの近況、ソ連邦解体後の生活を無視、調べることなく読んだ。
 大戦中、父親は対独戦争で戦死している。この父親に関する記述が、母親へのそれと比べるとあまりにも少なく不自然な気がしたが、まぁそういうこともあるだろうと思い、読み過ごす。稼ぎ頭の父親の死は、家計の負担を母に押し付けることになり、その辺りは、大戦後のソ連時代でも、クレムリンにほとんど手を差し伸べていなかった実態がうかがえ、ある意味、『自伝』の信ぴょう性を確信させもした。
 貧しい少女時代を過ごし、タイヤ製造工場や紡績女工として勤労生活などを綴っていた。その克明な記述は貴重な時代の証言となっているが、共産党礼賛には辟易した。女工としての勤務の日々のなかで、彼女はパラシュート・クラブに参加しているが、その経緯が唐突な感じを抱かせた。まぁ、いろいろ不自然さを感じさせても、『自伝』を流れる空気は、スターリン没後、フルショフ時代初期の“雪解け”の季節の若々しさを感じさせるもので、好感をもたせるものだった。
 読了後、さて現在のテレシコワさんは、と思い、色々、調べてみた。
 ソ連邦が崩壊、言論統制が解けた後にさまざまな真実が明らかにされるなかで『自伝』の信ぴょう性そのものが揺らいでいたことを知る。彼女は、「(宇宙飛行は)万事好調」であったと書いているが、飛行中にそうとうなパニックに陥ったことを知る。あるいは、『自伝』のなかで「最愛」の彼(宇宙飛行士)との婚約・結婚、むつまじい写真まで掲載されているのだが、これが政府方針の政略結婚であったことを知る。これは人権問題そのものだが、当時のソ連邦ではクレムリンに逆らうことは初の女性宇宙飛行士といえどもできない相談だ。その彼とのあいだに子をもうけながらも離婚している。
初の女性飛行士という偉業は、「わたしはかもめ」というフレーズとともに永遠不滅だが、ソ連人としての個人生活はけっして幸せではなかったようだ。
 私が手にした『自伝』は6刷、とある。初版から1カ月足らずで5刷も増刷が繰り返されている。つまりベストセラーとなった本だ。しかし、読者の多くは、真実の書を読んだわけではなかった。『自伝』は多くの言語に訳され、世界中で読まれたはずだが。ソ連邦時代にねつ造されたウソはいまも多くの人の心に真実として滞留しているはずだ。歳月をやり過ごしてきたウソは次代にも引き継がれもする。テレシコワさんは再度、『自伝』を書くべきなのかも知れない。
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旧作映画・備忘録 C

旧作映画・備忘録 C
▽『ザ・メキシカン』 ゴア・ヴァー・ビンスキー監督
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米墨国境約3000キロは物語と神話の淀んだ泉だ。世界一富める国と、南からおう吐のように押し上げる貧困とはせめぎ合う場でもある。ハリウッド映画は国境地帯を舞台にして無数のシナリオを創出し、映像化してきた。ハリウッドはもともとメキシコ領だったから、米国独立時代からそこに多くの“ラティーノ”が住んでいたから南を舞台にした映画の人材には事欠かなかった。米国人俳優はスペイン語を解せなかったが、ラティーノたちはほとんどバイリンガルだ。しかも廉価な労働力として活用できるのであれば、ハリウッドは見逃さない。
 本作にもメキシコではおなじみの俳優たちが随所に出てくる。彼らはみなバイリンガルだから、下手なスペイン語も話せないブラッド・ピットもジュリアン・ロバーツも大いに助けられる。もともと、売れる二人を主人公にしての企画ということだろう。メキシコを主たる舞台にすれば、たぐいまれな美しい拳銃の神話という素材もにわかに現実味を帯びてくる。米国にあってはリアリティのない素材も、何故かメキシコの土俗を背景にするともっともらしいミステリアスなエピソードとなってしまう。
 話のタテ筋はなんともつまらないものなのだが、メキシコを舞台にすることによって映像は叙事詩になってしまう。そういう好例として本作をみた。

▽『ルーフトップ』ロバート・ワイズ監督
 巨匠の名をほしいままにしたロバート・ワイズ監督が最晩年に撮った青春映画である。老いを感じさせない、むしろ無縁といった覇気を感じさせる作品だが、スケールの小さなテレビドラマといってもよい作品だった。
 ミュージカル映画の古典ともいうべき『ウエストサイド物語』を撮った監督は、最晩年のその映画歴を閉じようという時期になって撮ったのが、かつての名作とおなじNYの下町。『ウエスト~』はイタリア系移民とプエルトリコ系移民の子弟たち、悪人にはほど遠いチンピラたちの児戯に等しい対立のなかで若者らしい恋物語などを綴った作品だったが、本作もまたプエルトリコ系をはじめとするラテン系、カポエイラがうまく取り込まれているのでブラジル移民の子もいるという設定だ。米国に遅れて着いたものたち、その子弟たちはいつも自らのアイデンティティの確立、自立に悩む。それは時に暴力のカタチになって現れたり、恋によって成就するものだったりするわけだ。『ウエスト~』は圧倒的なダンスシーンと名曲によって、小さな没個性的ともいえる青春劇が活気付けられたわけだが、この映画には歌も踊りもない分、なんともこじんまりしている。しかし、ワイズ監督がその映画人としての仕上げにNYの下町の現在を検証したように綴った誠実な演出に、この監督のヒューマンばアメリカイズムといったものが象徴されているように思った。

書評『エルミタージュの聖母』 デブラ・ディーン著

書評『エルミタージュの聖母』 デブラ・ディーン著

 サンクトペテルブルグがまだレニングラードと呼ばれていた時代、厳寒の12月、クリスマス直前の数日を過ごしたことがあった。ひとり旅だった。陽の光が遙かなたの空で滞留していて、その町には届かなかった。灰色の氷に閉ざされているような街頭をとぼとぼと徘徊して過ごした。
 都市遊覧のひとつに1941年、ドイツ軍によるレニグラード包囲戦で倒れた兵士、市民を埋葬する墓地へ詣でた。その一角に包囲戦のなか砲撃の恐怖にくわえ、飢えと寒さに耐えた市民の暮らしをつたえる博物館があった。そこでたくさんの展示物を見たのだが、いま思い出せるのは何故か、大きな消しゴム大の黒パンの欠片であった。それが成人の一日の食糧のすべてという時期がつづいたとあった。
 約900日つづいた包囲戦のなかでレニングラード市民の67万人が死んだといわれる。一説には100万人以上という統計もある。この数字は、大戦下、東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎など本土で犠牲となった民間人の犠牲者の数より大きい。
 レニグラード最大の観光、ランドマークは何時の時代でもエルミタージュ美術館であろう。ここも砲撃に晒された。本書は、包囲戦の最中、美術館を守り通したスタッフの一員だった女性マリーナが主人公だ。戦後、アメリカ北西部の町に移り住んだ女性は、いまは80余歳の高齢者でアルツハイマーを発症している。その女性の意識の混濁のなかで過去と現在が交錯して描かれる小説だ。
 現在、ネヴァ河に面して建つ美術館の華麗な容姿からはまったく想像もできないが、包囲戦のなかでおびただしい収蔵品は戦火の及ばない土地に疎開し、館内はがらんどうになった。それでも施設を維持するためスタッフははらきつづけた。一時は数千人を擁したスタッフも徴兵されたり、疎開した美術品ともに町を去り、あるいは死者となり病者となってわずかのスタッフが献身的に働いているだけだった。
 壁、天井画、階段の装飾、寄せ木細工の床・・・それからもすべて美術品であったが可動できない。美術館のガラスは爆風で砕け、氷雪が舞い込み荒廃しつづけた。そんな描写も切々と綴られてゆく。
 マリーナはある日、赤軍の少年兵たちを先導して館内を案内する。彼女のあたまのなかには壁に飾られた名画がきちんと配置されていて淀みなく何もない壁の前で名画を再現させるのだ。それは感動的なシーンだ。こんな美術館の表現にであったことはない。このシーンは最終章に置かれている。包囲戦の凄惨な光景のあとに語られる幾多の名作はマリーナの声を通して少年兵たちに感動を与える。見えない名画を少年兵に語ることは、彼女の祈りでもあった。
 「どうかあなた達は生きぬいて、平和が訪れた後に、美術館を再訪してください。きょう私が説明した名画に触れてください。ぜったいに生きぬいてね」と・・・。
 読了後、エルミタージュを再訪したくなった。
 美術館を訪れた12月、ネヴァ河は氷結していた。包囲戦の最中、冬季はその氷上を軍用が走り、軍事物資を補給し、市民も逃避する道となった。その氷結の光景を再見したと思った。余談だが、当時、ソ連最末期となるが、その旅に日々を綴って本にした。もう絶版になってしまったが、『ソビエト新事情』(講談社文庫)にまとめた。オリジナルは『国境の神々』といい、それはソビエトの中心から遠く離れたグルジア、アルメニア、モルダビアといった連邦諸国の旅に重きをおいていたからだ。
 *『エルミタージュの聖母』(成川裕子・訳)PHP研究所刊。
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上野清士

Author:上野清士
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