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映画『ラム・ダイアリー』 ブルース・ロビンソン監督

  映画『ラム・ダイアリー』 ブルース・ロビンソン監督
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プエルトリコでラム酒に浸りきった日々を過ごす情けなく薄汚れ、でも島民に同情的なグリンゴと、事実上の植民地となった島国からできるだけ搾取してやろうと目論んでいる清潔なスーツに身をつつんだ腹黒いグリンゴが絶えずスクリーンのどこかに映り込んでいるという映画。天下の人気者ジョニー・デップはいつも酒浸り、臭い息をたえず吐きちらしているような負け犬のグリンゴ側だが、腹黒いグリンゴからのお誘いもある。

 時は1960年、若きジョン・F・ケネディが、ニクソン候補を退けて米国大統領に当選した年だ。プエルトリコはといえば保守派のムニョス知事が米国領自治領の主として座っている時代。1952年、米国は、「プエルトリコを植民地支配している」という世界的批判をかわすため自治権を与えた。世界的批判というより冷戦下、米国は足元を固めるために米州機構(OCS)の結束を高める必要があったから、域内の批判をかわす方が重要だったはずだ。物語は自治領となって8年目の首都サンファンを舞台に進行する。

 ムニョス知事は米国本土から企業を誘致、工業化を進めたがインフラの未熟な地ではなかなか根付かず、結局、カリブの美しい浜を米国資本のリゾート地として開発し、観光客を誘致し、手っ取り早く稼ぐ方向に流れる。土地は収奪され、農漁村で立ちゆかなくなった島民は米国領市民として、職を求めてニューヨークに渡っていった。ミュージカルの古典『ウエスト・サイド物語』はそんな時代の貧しいプエルトリコ・コミュニティーの話だった。

 デップが演じる駆け出しの新聞記者ポール・ケンプは実在の人物。本国で食い詰めた作家志望の青年が、サンファンのローカル英語紙の記者となって、なんとか喰い次ぎ、やがて小説を世に問いたいと夢想している。しかし、くだんの編集部はまったく覇気がない。記事では売れず、米国資本の企業の広告収入でやっと経営を維持する、いわゆる“御用新聞“。米国資本の工場が、汚染水を海に垂れ流している事実を知っても記事にはできない。そういうたぐいの新聞だ。

 倦怠と頽廃が重いオリとなってはびこり腐臭をただよわせている。そうした編集部の光景、ポールの仮寓先の場面などはいずれも色調暗く不快な感じを与える。それに反して浜の美しいこと、緑の鮮やかなこと、澄んだ大気の拡がりは素晴らしい。対比があざやかだ。つまり米国人が登場する場面は暗く、プエルトリコ人が登場するシーンは自然が色濃く鮮明な色調となる。

 デップに与えられた役は、そうした頽廃の気配のなか、どうにか初心を忘れず平衡感覚維持し、グリンゴたちの不正を暴く記事を書きジャーナリストとしてのプライドを保ちたいというものだが、結局、それも果たせず本土へ撤退するというていたらく。しかし、その反ヒーロー的な主人公こそ、ラテン諸国でのグリンゴのいやらしさ、あくどさ、浅ましさを体現するものだ、と描かれている。デップはそんな米国人のいやらしさを好演する。

 「パイレーツ・カリビアン」などでかっこいいデップを見なれたファンにはあんまり見たくない姿だろう。そうカリブ海はコロンブス以来、無法者たちの荒稼ぎの場であった。武勇のパイレーツも所詮、海賊、泥棒、人殺しだ。その泥棒たちは、やがて巧妙に自己保身を謀り、ビジネススーツをスキなく着こなし、パソコンのキーを叩きながら海賊以上に収奪しているのが今日的光景なのだ。

 美しい浜を開発しようと米国人たちが下見するシーンがある。その後背地に米軍の射爆場があって、空気を切り裂いて砲弾が飛び交っている。そう、プエルトリコは中米パナマの米軍基地を失った現在、ラテンアメリカにおける最大の米軍演習場になった。この小さな島国は、その美しい自然とともに沖縄とよく対比される。そして、ともに地に根を張った民衆の反基地闘争が存在する。プエルトリコの群衆が“御用新聞”の社屋にデモを仕掛けてくるシーンなどもちゃんと用意されていて、それなりの時事的臨場感も創られている。この自治領の矛盾を知るにはよき資料かも知れない。
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映画『キリマンジャロの雪』のロベール・ゲディギャン監督

社会の基本は人の繋がり、と教えてくれる
映画『キリマンジャロの雪』のロベール・ゲディギャン監督

 東日本大震災の後、「絆」という言葉がさかんに飛び交った。いまも各所に「絆」の文字が掲げられているが、褪色しはじめている。人の「絆」は1年で希薄になるものではないが、マスコミが主導した「絆」は拙速のシステムだったか、と再考させてくれる映画が『キリマンジャロの雪』だった。来日したゲディギャン監督にインタビューする機会をもった。


 映画の主人公ミシェルは定年を間もなく迎える港湾労働者。EUのなかでも経済的な疲弊度が小さいといわれるフランスだが、企業は生き残りを掛けてリストラをつづけている。ミシェルの職場でも数名を解雇することが労使交渉で決まった。組合はクジで解雇者を決めることになった、そのクジ引き役を引き受けた。そして、自分で外れクジを引いてしまい自ら解雇する。
 「私は労働現場を描くことで世代間の確執を取り上げたかった。リストラされる人間をクジで決める行為は平等ではない。労働者の生活条件がほぼ同じなら公平かも知れないが、定年間近で年金も保障されるミシェルと、働きはじめて間もない非熟練で低賃金の若年労働者とは釣り合いは取れない。現在、フランスでは若者の賃金はみな低く親世代に喰わしてもらっている層が多い。若者はプライドを奪われている」
 ミシェルとともに解雇された青年の一人は再就職もままならず幼い弟二人を抱え、たちまち貧窮。そして、不良仲間の口車に乗って強盗に及ぶが間もなく逮捕されてしまう。兄を突然、失った弟たちは保護施設に送り込まれることになるだろう。そんな子どもたちの姿をみてミシェルは自責の念をおぼえる。
 「労働組合は少なくともフランスでは会社との交渉だけに存在するものではなかった。戦争反対、福祉の向上などを掲げて闘争したヒューマニズムの拠点だった。私は初老のミシェルにその精神を甦らせたかった。人の絆の大切さをね。」
 ミシェルとその妻は、刑務所に入った青年の弟たちを引き取り育てることを決意する。無論、そこには葛藤の日々、周囲の無理解などがあるわけだが……。
 「いま、フランスは大統領選挙の渦中だが、社会党のオランド候補が勝利するでしょう。日本とどうようフランスでも市場経済で人の絆が希薄になった。資本主義の行き詰まりは目に見えている。富を公平に分配するシステムが地球規模で求められている。オランド政権下で国も少しは変わるでしょう。」
 監督は大統領選挙に控え、映画でオランド候補を支持した。昨年、本作はフランスで半年以上も上映され300万を越える観客を集めた。その観客の大半がオランド候補に票を投じただろう。キリマンジャロの雪
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上野清士

Author:上野清士
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