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国際連帯税シンポジウム

国際連帯税シンポジウム
 「金融取引税・国際連帯税は世界を救うか?」

 10月11日、東京・青山大学で21世紀の世界をより良くするための仕組みを考える国際的な税制創出についての国際シンポジムが行なわれた。
 日本では「国際連帯税」を知る人は少ないが、導入先進国フランスをはじめEU諸国では真剣に検討されている。

「国際連帯税」を要約すれば、途上国へ継続的な援助の実現可能にし、また地球環境の保全など国境を超える諸問題に対する必要不可欠な資金を創出する新しい税制、といってもよいだろう。言い切らないのは、新税をどのように使うか国によって温度差があるからだ。同シンポジウムは日本でも広く「国際連帯税」を知ってもらおうという主旨、そして緊急を要する制度として同時期、東京で開かれた「国際通貨基金・世界銀行年次総会」に合わせ、カウンター・イベントして8カ国から16名の発言者を得て開催された。
「国際連帯税」の具体的な中身を、英国NGO「Stamp Out Poverty」事務局長のデービット・ヒルマンがスライドを使って説明した。
「現在、フランスで実施されているものに『国際航空税』がある。国内線より国際線を使用する乗客のほうが収入にゆとりのある層として課税するものだ。そしてEU諸国で導入を前提に検討されているのが金融取引税で、もっとも重要なものとなるだろう。他にも、国際船舶税、地球炭素税、武器取引税、通貨取引税、グローバル富裕税などがある」と説明したが、なかでも焦点とながり、シンポジウムの主題となったのが「金融取引税(FTT)」だ。

 モノ作り、人が時間を提供して動く実体経済によって世界で行き来する総額は3600兆ドルといわれるが、マネーゲームともいわれるインターネットを通じて売買される、いわゆるバーチャル経済は1京3000兆ドルともいわれている。つまりモノを生み出さない経済活動のほうがはるかに金の動きが激しく、比較にならないほどの巨額になる。パソコン上でゲーム感覚で取り引きされ、労せずして日々、数億の金を動かし、儲け(無論、損失することも無論多い)る、いわば虚業……ベネズエラの反米主義者で反グローバル経済の急先鋒、ウーゴ・チャべス大統領はこれを「カジノ経済」と指弾した。
 チャべス大統領の批判のコブシは、このバーチャル経済の成長に比例して、途上国の貧困問題は深刻化したことが念頭にある。現在、10億人が飢餓線上で生活しているといわれる。

 いわゆるマネーゲームともいわれるパソコン操作で瞬時に取引できる金融商品の動きを「高頻度取引」という。

 これによって健全な経済活動が阻害される。これを規制するための課税制度を整備し、その税収で特に経済のグローバル化でもっとも大きな犠牲を払わされている途上国支援資金を作り出そうというものだ。
 この「取引税」の必要性については、153カ国1億7500万の労働者が加盟する国際労働組合(ITUC)を代表して参加したピーター・バクビス・ワシントン事務局長が、
 「金融企業に対する税率が米国では不当に低い、それを是正するためにもFTTの導入は必要だ。これに関しては現在、東京で開かれている国際通貨基金の年次総会に、金融部門に対する規制を強化して、実体経済のニーズをサポートするという本来の目的に立ちかえるように具体的な提言を行なった」と発言。その提言は会場でも配布された。

 現在、フランスが先行する「国際航空税」を所轄するジャン・マルク・シャテニエ外務省グローバル化副局長は、「現在、税収の10%を途上国への医療援助に見立てている。特にアフリカのエイズ対策に貢献をしており、各国も政府開発援助(ODA)補完システムとして、航空税だけでなく国際連帯税の導入をはかって欲しい」と発言した。
 その援助を受けるアフリカのマリ政府を代表として駐日大使が、「マラリア対策として飲料水の改善に大きな成果を上げている」と報告した。

 四時間に及んだシンポジウムは、「金融取引税にはポテンシャルがある。その税収によって再生可能エネルギーの開発の資金源になり、国家財政を補填できる。と同時に投機的な短期資金の移動を抑制する効果も発揮される」、その実施に向けて国内外での機運を作り出しくという国際アピールを採択し終了した。
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公開講演会「問いつづけた原子力ー雑誌『技術と人間』が残したもの

公開講演会「問いつづけた原子力ー雑誌『技術と人間』が残したもの

 1972年の創刊以来、一貫して原子力開発に反対の論陣を張ってきた雑誌『技術と人間』。
2005年に終刊を迎えるまで同誌に掲載された原発関連の論文は750編。そのなかから厳選された論文36編を集めた「『技術と人間』論文選~問いつづけた原子力」が刊行された。
その編集に携わった天笠啓祐さん(市民バイオテクロノロジー情報室代表)と西尾漠さん(原子力資料情報室共同代表)の発言者とする講演会が9月15日、東京・池袋の立教大学で行なわれた。

 天笠さんは『技術と人間』が創刊される前の「0号」から編集に携わり終刊まで見届けた同誌の“生き字引”のような存在。アグネという企業から多くの広告収入を得ていた技術系出版社から発刊された。
しかし、技術の発展と人間社会の関わりを問うという編集方針を貫いたため、企業告発型の記事がならび、やがて広告が集まらなくなった。そのため雑誌の刊行を維持するために出版社から独立、困難な経営にも関わらず33年間も続いた。天笠さんは経営の苦しさを語りながら、手弁当で協力してくれた多くの執筆者のことを紹介してくれた。
 「建設途上の福島第一原発の取材もした」と今では破壊され、見る影もなくなった原発内部の写真を紹介した。スライドに映し出された写真はすべて同誌に掲載されたものだ。
「スリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故を詳細に検証してきたし、チェルノブイリの事故が起きた4月には毎年関連論文を掲載してきたが、フクシマを体験した現在、原発事故とは実際、体験してみないと、どういうものか分からないことを知った」と自戒を込めるように語ったのが印象的だった。
 「結局、外国の事故は対岸の火事のようなもので、本当の痛みは分からなかった。いま、定期的に福島の二本松市で母親たちの健康相談に立ち会っているが、子を持つ母親の立場と、自分の畑で採れる野菜を“新鮮”だ、と食べさせようとする祖父母世代との意識のかい離など、そういうことまで雑誌で考慮されたことはなかった。自治体がまるごと疎開することがどういうことなのか事故が起きてはじめて知り、この先、どうなっていくのかも見当もつかない、ということを知った」
 創刊と同時に熱心な読者となりやがて寄稿者となり、反原発活動の市民的な拠点となった原子力資料情報室へ参加、『はんげんぱつ新聞』編集長などを歴任した西尾漠さんは、
 「『技術と人間』が創刊された当時、一般の原発に対する認識は非常に小さなものだった。危険性を具体的に示すメディアもなかった。その意味でも同誌の存在は貴重なものだった。創刊された1972年、日本の原発は5基しかなかったが現在は50基。発電能力でいえば25倍に達した。その数の増加という事実だけみれば、われわれは負け戦してきたのかも知れない。けれど、それらの原発はみな雑誌の創刊前に計画されたものだ。創刊以後に浮上した原発建設は21カ所もあるが、すべて阻止されている。建設予定地の住民の運動が功を奏したものだが、反対運動に対し、『技術と人間』が科学的な根拠を与えた意味は大きかったと思う。しかし、それでもフクシマは起きた」
 講演後の質疑応答の場では、現在、被災地で起きている除洗問題が取り上げられ、会場からの質問に答えるかたちで天笠さんは、「“除洗”ではなく“移洗”すぎない。道路を洗った水は排水溝に流され、その放射能まみれの水は川に注ぎ、川を汚しながら、海に出てまた汚しつづける。山の汚染はさらに深刻だ。山ごと“除洗”することなどできない。葉を汚染した放射能が、落ち葉から腐葉土となっても生き残る。そして根に浸透し、また新しい葉を汚す。そういう連鎖に入っている」と語った他、会場からは“除洗”事業をめぐって醜い利権争いまで生じていることが指摘された。
 西尾さんはまた、「現在、大飯原発を除いてみな稼働していない。廃炉を政策に盛り込めという運動は無論、継続するが、再稼働を認めない、この状態を続けさせる方が運動としては効率が良く、賢い。再稼働反対は現在、国民の声になっている。この状態を持続させるために知恵を働かすべきだと私は思う」と語った。長い間、困難な市民活動に携わってきた活動家の発言だと思った。

地球環境を侵す「年賀状」

地球環境を侵す「年賀状」

 
 クリスマス前にカトリック諸国からわが家にクリスマス・カードを届く。日本はキリスト国ではないので、24日近くに配達してくれるような配慮はない。年賀状なら元旦配達を原則、守ってくれる。

 今年、いったい何枚の「お年玉付年賀状」が発売されるのか知らないが、数年前の数字がここにある。3~4年前の数字だと思うが、29億5000万枚! ネット状のメールで済ます若者が多くなったので、前年比マイナス1・80%ということだが、しかし、途方もない数であることはまちがいない。
 年賀状を書かなくなって早四半世紀、経った。ということで小生には充分、「年賀状」を批判する資格があるように思う。正直に書くが年賀状と能動的に絶縁したわけではない。
 25年ほど前、日本から中米の小国グァテマラに移住し、まず「お年玉付年賀状」が手に入らなくなった。しかし、葉書そのものは手製でも作れるわけだから、もう少し理由は深い。
 まず当時のグァテマラは内戦下にあり政情は不安定。在住中にクーデター騒ぎもあった。エアメールだから1枚の価格は馬鹿にならない。無事、飛行機に乗せてもらえるのかどうかもすこぶる不安でもあるし、太平洋を越えて旅するわけだから日程は不確定。年賀状がクリスマス前に届いたり、旧正月を過ぎて到着ともなるだろう。
 というわけできっぱり止めた。……それでもグァテマラまで年賀状を送ってくる律儀な友人・知人はいた。
 10年ほど前に帰国したが一度、習慣から消えたものを戻すほどの必然性は感じなかった。で帰国してから一枚も書いていない。しかしである。世間はほっておかない。毎年毎年、元日の朝には年賀状の束が郵便受けに納まっているのだ。ちょっと複雑な思いだ。

 グァテマラにいた頃、中米諸国で米国資本の食品産業がハンバーガー用の肉牛を育てるために熱帯雨林が破壊したり、輸出用のエビを養殖するためマングローブを無残に破壊している現場をたくさん見てきた。
 日本の年賀状のため、いったいいくつの山がハゲ山になったかと思ってしまう。
 資源の再利用とかで年賀状には古紙を利用するようになったという。当初、古紙配合率40%を謳ったらしい。しかし、そんな配合率ではコシのない紙になってしまうし、インクジェットの印刷のノリが良くないとかで、コシのない古紙はアリバイ的に使われただけのようだ。そして、パルプ原木を切り出すために南の国では確実に森は失われ川は枯渇し、生物は子孫繁栄の連鎖を断たれ、森の恵みで生きてきた先住民は都市へ出てスラムを肥大させる。そういうことを日本人は知っているのだろうか?

 いつだったか鳩山元首相は国連で温室効果ガスを25%削減する、と大見得を切った。なら不要不急の付き合い年賀状を廃止せよ、と国内向けに宣言してみたらと言いたくなる。
 森林伐採だけでない。製紙工場のエネルギー、運搬車のガソリン……大変なものだろう。
 経済効果があがると言う。確かに……。けれど、一円の金も無駄にできない中小零細企業にとって年賀状の負担はばかにならないだろう。
 「止めろ!」とは言わない。せめて付合い年賀状を止めよ、と言いたい。
プロフィール

上野清士

Author:上野清士
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