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“サルサの詩人”ルベン・ブラデス、大統領選に立候補か


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 来年5月、中米パナマで大統領選挙が行なわれる。
 パナマ運河の拡張工事の推進、麻薬問題、貧富是正など山積する難問に対して緊急で効果的な問題に取り組みことを強いられる次期大統領を決める重要な選挙だ。事実上、前哨戦というべき選挙活動はすでにはじまっている。各種、世論調査の結果が新聞紙上を賑わしている。

 このパナマ大統領選挙に“サルサの詩人”ルベン・ブラデスが、「前向きに再選に臨みたい」と検討していることを8月、メキシコ市での記者会見で述べていて、パナマ政界にも静かな波紋が広がっているようだ。有権者のなかにもブラデスに期待する者も多いだろう。
 1ヶ月ほど前に行なわれた世論調査ではパナマの有力政党の民主革命党(PRD)、民主変革党(CD)の候補いずれも20%台の支持しか集めていない。しかも、候補者のひとりは現副大統領という知名度の高さを誇るなかでの結果だ。絶対的候補が不在ということだ。来年の選挙は波乱含みだ。
 ここにサルサのメインストリートを歩いてきたルベン、抜群の知名度を誇るルベン・ブラデスが自ら創設した政党パパ・エゴロ(パナマの先住民の言葉で「母なる大地」)から出馬すれば、まったく予断のゆるさない状況になる。ブラデスが当選しなくても、有力候補に大きな影響を与えるのは必至だし、その結果によって政界地図も変わる。既成候補もブラデスの動向はおおいに気になるところだろう。

 1994年の大統領選挙で創設したばかりのパパ・エゴロから出馬し、約20%の得票を得て3位になった実績がある。そして、その選挙を通じて都市部では大きな支持を集める候補として注目され、パパ・エゴロから国会議員も選出された。
 2004年の選挙ではマルティン・トリホス候補(パナマの国民的な英雄・故オーマル・トリホス将軍の息子)を積極的に支援、勝利に貢献し、04年から09年まで、トリホス大統領の政権下で名誉職的な地位であれ観光大臣に就任した実績もある。

 「私にはこなさなければならない仕事が山積しているが、チャンスがあれば、それを逃さず出馬したい。何故なら、この5年間の(現政権下での)パナマはけっして喜べる状況ではなかったからだ」とブラデスは語っている。

 1994年には46歳だった壮年ブラデスは、歌手活動をこなしながら選挙でも精力的に動き回る若さがあった。一日、街頭キャンペーンに奔走した後、コンサートもこなすタフな若さも売りだった。その1日を彼とともに取材したことがあった。熱帯酷暑のなかで飛び回り、夜にはコンサートもこなしていた。
 しかし、来年66歳となるブラデスには、過酷な仕事を両立できるほどの活力があるかどうかははなはだ疑わしい。活動拠点も米国ロス・アンジェルスだ。選挙戦のさなかにも米国とパナマを往復しなければならない。
 ……とはいえパナマの多くのブラデス・ファンは、彼に権力を監視し、社会正義を正すような政治力だけは維持して欲しいと願っている人は多いはずだ。  
 
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サパティスタから日本の米作農家へ

*下記の原稿は2004年春に某氏に掲載されたものだ。TPPが発効されれば自動車、家電、精密機器といった大手輸出企業の犠牲となって、日本の農業は破壊的な打撃を受ける可能性がある。かつてNAFTA(北米自由貿易協定)によってメキシコの小規模・零細農家は大きな打撃を受けた。なかでも、もっとも深刻な事態にさらされたのが先住民農民であった。

サパティスタ

サパティスタの活動に連帯し、歌でカンパ
  CDアルバム『みんなの歌~チアパス』

 歌が尽きることなく生まれる運動こそ民衆のものだ。声が地を這うとき、言葉は「言論」で伝えきれない心の琴線を響かせる発信装置になるだろう。ラテン世界では歌は雄弁な“武器”だ。

 唐突だが、今年は「国連コメ年」(2004年)。しかし、コメをめぐる問題が山積する日本での広報活動は停滞している。「瑞穂の国」で主体的な行動が起きない。食糧自給率、食の安全性、あるいはグロバール化にさらされるコメの現状を国民が再考する絶好の機会にあるに関わらずだ。

 メキシコ・チアパス州の先住民問題の根底にも農業問題が横たわる。古代マヤの時代から営々と農業を営んできた先住民は、スペイン植民者によって肥沃な土地を奪われ、荒蕪地へ追いたてられるか、農奴として酷使されることになった。だから現在、自営農を営む先住民がいてもたいてい零細農だ。その農業者が、1994年1月1日に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)によって情け容赦なく流入してきた米国産の廉価で、安全性も疑わしい農産物によって、危機的状況に瀕している。そうした事態になることは予期されたことだった。だから、発効日にチアパス先住民の貧農青年たちを主体とするサパティスタ民族解放軍(EZLN)が、先住民の人権擁護に加え、NAFTA反対のスローガンに掲げたのだ。

 本作は、戦力では政府軍と比較にならないほど劣勢なサパティスタが、内外の民主的勢力の支持を受けながら蜂起10年を経た現在も変わらず活動を持続している「理由」を歌で解き明かしているものだ。「理由」を集約すれば「正義」。サパティスタの主張の正当性を歌で響かせる。
 ラテン世界で現在、もっとも尖がった音スカで歌われる『マルコスの舞台』は、「密林の奥深く/草と霧の合い間に/明るい毛色の馬が現われた。その背には、拳を振り上げた、覆面の男が」と歌いだされる。サパティスタの事実上の指導者マルコス副司令官の登場だ。と威勢の良い歌もあれば、チアパス先住民に寄り添って、「その花ばなは、なんて美しいのだろう/衣服もその花も/彼女たち、ゆたかな精神の持ち主たちよ」とリリカルに語りかける歌もある。

 本作を制作したペンタグラマ社について。
 1980年代、中南米諸国の多くが悪辣な軍事独裁政権に支配された時代、多くの音楽家たちがメキシコに亡命していた。そうした音楽家たちの才能も集め81年に創設されたのが同社。活動初期には気負いが先行していたと思う。それでも、亡命音楽家たちは祖国愛から民謡や俗謡を歌って風通しの良いリズム感に溢れる作品を提供していた。営利を目的せず、時代の不正に目を閉じることなく、社会参与することを前傾姿勢で取りつづけてきた。軍事政権が崩壊すると、亡命音楽家たちは祖国に復帰したが、彼らの傑作はメキシコに遺されることになった。
 同社23年の歴史のなかでサパティスタへの関与は大きな位置を占める。本作収録の多くは旧作だ。つまり、同社の豊富なサパティスタ主題の歌と、チアパス物からセレクトされたアルバムということになる。いわゆる社会派の生硬さから解放された歌ばかりだ。しかも、ラテンの音の多彩なカタログになるように工夫されている。商業的な配慮も見逃せない、ということ。運動には、そうしたしたたかさも必要ということだ。
 
 日本からチアパスは遠い。しかし、農業者たちは同じように危機的状況に晒されている。弱肉強食のグローバル化のなかで困窮を強いられるチアパス零細農たちの姿は、疲弊する日本農業の現状を照射する。そういうことも教えてくれるアルバムだ。
 中南米諸国16アーティストの共働作品となった本作の収益金はチアパス先住民の人権組織に託される。

ペネロペ・クルス命

ペネロペ・クルス命
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ペネロペ・クルスは現在、日本でもっとも知られたスペイン女性だろう。おそらくスペイン統一の女傑イサベル女王と、その認知度では肩を並べるか、それ以上の知名度をもつはずだ。イサベル女王と並べるのはおかしいと頭の硬い御仁もいるかと思う。それは仕方ない。人の価値観は多様だから。
 ひとつだけペネロぺの社会活動の一端を。インドの貧しい少女たちの生活・教育支援活動でしられるサベラ基金の有力な協力者と知られることを。将来、彼女がどのような人生を展開してゆくか判らない。すでにオスカーをはじめ国際的な映画祭で多くの賞を受賞している女優として名を残すのかも知れないし、政界に進出してもおかしくない。彼女はまだ発展途上にある。
 筆者にとってペネロペは、個性的な少女として、たとえば『ベルエポック』(1992)などで印象を刻みつけられた。その後、硬軟混ぜこぜの女優活動を展開していった。大西洋と地中海を飛び回って多くの映画に主演した。まぁ、たいていの映画を観ている。別にペネロペの映画を観たいと思って観たわけではない。
 イタリアで撮った『赤いアモーレ』もそうした流れのなかで観た。そして、まずしいアルバニア出稼ぎ労働者を演じ切った彼女を観て、はじめてアーティストとしての女優を意識した。演技力を再確認したということだ。
 そして、今年、『ある愛へと続く旅』を観て、さらに見直すことになった。今春、ボスニアへ旅をした、という個人的な感慨もあったが、それで映画の感興は左右されなかった。
 ボスニア内戦をまたいで約20年間の女の精神的ゆらぎを演じ切った彼女に敬服した。本作でも彼女の役はスペイン女ではなく、米国男性を愛し結婚し、内戦のなかで夫を失うイタリア女を演じていた。ボスニア・ムスリム女性を代理母として、愛する夫の子を育てた不妊症の女性という至難の役柄だ。
 『赤い~』、『ある愛~』もソ連崩壊後に政治的・経済的に激変した東欧の混迷を背景にしている。『ある愛~』では旧ユーゴスラビア時代、冬季オリンピックを前に華やぐサラエボが描かれ、同じ町が廃墟と化してゆく内戦下、そして和平の復興期という短い期間に激しく変異した季節を描く。
 イタリアは海を挟んで旧ユーゴ諸国、アルバニア、あるいは地中海の南の沿岸諸国と緊密な関係にあり、対岸の政変でその都度、さまざまな影響を受けてきた。
 二作ともセルジオ・カステリット監督作品。彼女の演技力をもっとも引き出している監督と思える。
 スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督作品でも好演、スペイン史に材をとった『裸のマハ』といった作品でも主演していて、母国でも尊重されていることは重々承知でいうのだが、カステリット監督のように彼女を採用して心奥の傷を抉り出すような女性を演じさせる才能はまだスペインには出ていない。
 フランコ体制崩壊後、活況をみるに至ったスペイン映画だが、素材的にはスペインを舞台にしても描ける『赤い~』『ある愛~』のような映画が出てきていないことに一抹の寂しさをおぼえる。無論、スペインからコソボに派遣され国連軍兵士となって活動するスペイン軍の苦悩を描いた映画などもあることを承知のうえで書いている。
 現在、スペイン映画界を象徴するアルモドバルの才気は異彩のものだ。スペイン映画芸術のスタンダードではないと思う。
 大戦後、表現の自由を得てイタリアやフランス、あるいはポーランドにモノクロームのリアリズムの傑作が生まれ、やがて、そうした映画作家がヨーロッパ映画を背負ってゆくことになる。しかし、大戦下も生き延びたフランコ独裁体制は、芸術活動にそうした自由を与えなかった。リアリズムの不在のまま自由を獲得したとき、スペイン映画界はたちまち世紀末を迎え、アルモドバルの諧謔が好まれてしまったように思う。
 ペネロペは、イベリア半島の対岸のイタリアで、スペイン映画に欠ける仕事を十全にこなしてきた。彼女は、その演技力で母国の映画界に何かを示唆しているように思われてならない。 

ロス・ティグレス・デル・ノルテ(米国=メキシコ)

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 10月上旬、米国の著名な音楽誌『ビルボード』がノルティーニョ・グループとして長年、最高の人気を持続してきたス・ティグレス・デル・ノルテをメキシコ音楽の牽引者とであると同時に、その社会的な貢献に対して表彰することを決定した。
 
 すでに同誌では、ロス・ティグレスをメキシコ音楽界の特別な指導者として位置づけ、とくに反麻薬キャンペーンに対して、麻薬密売組織からの脅迫にも関わらず彼らのコリード(物語歌)のなかで、麻薬の弊害、密売組織の“悪”を具体的な歌いこんで、若者たちに麻薬に手を出すな、犯罪に手を染めるなと活動してきたこと、そして米国内ヒスパニックの人権擁護などにも積極的に取り組んできたことで表彰されている。
 ティグレスたちが麻薬問題で歌に取り上げるとき、事件、その背景、人間の生き様などを独自に解釈して歌いこむ“事実”の強さがあり、説得力をもっている。ゆえに恐れられ、畏敬される。ティグレスの歌でひとつのジャンル化した麻薬問題を歌うコリードは現在では、〈ナルココリード〉としてカテゴリ化されている。メキシコでは麻薬カルテルの犯罪を糾弾する歌で注目された歌手が暗殺されたこともある。おそらく広く報道されないまでも、自己抑制して、日の目をみなかったコリードは幾多もあるだろう。

 今回、『ビルボード』誌があらためてロス・ティグレスたちを顕彰することになったかといえば10月8日、米国ワシントンで彼らがチカーノ(米国在住メキシコ人)ばかりでなくヒスパニック、さらに移民全体の地位向上を目指し、オバマ政権に移民法の改革を求めてコンサートを開くことへの注目度を高めることがあっただろう。そして、そのコンサートに呼応するかたちでチカーノ及びヒスパニックの町ロス・アンヘルスで米国とメキシコを行き来しながら活動をつづけるメキシコの人気グループのコンサートも開かれ、テレムンドから米国及び中南米諸国へ実況される予定だ。このコンサートの会場でロス・ティグレスへ賞が贈られるという趣向だ。
 このコンサートには、バンダ音楽の“老舗”ともいうべきバンダ・エル・レコード、ノルティーニョ歌手として、あるいは多くの楽曲を後輩歌手たちに提供するベテラン、ホアン・セバスチャン、マリアッチのソル・デ・メヒコ・デ・ホセ・エルナンデ他、多くの人気者が出場する。

 米国カルフォニア州のサン・ホセ市で1968年、アコーディオン弾きでトップボイスのホルヘ・エルナンデスをリーダーに従兄弟たちと組んで結成されたロス・ティグレス。すでに45年という長い活動をしてきたが、人気がどうのこうというレベルを超え、いまやメキシコ民衆音楽の権威になった観がある。

 すでにアルバムだけで3200万枚を実売しているともいわれるロス・ティグレスだが、日本では一向に認識されていない。メキシコに在住していた筆者にとっては歯軋りする思いだが、セレーナが射殺されてはじめて、その遺作が日本で発売されたという実情を思えば仕方のないことかも知れない。
 ロス・ティグレスたちは今後も米国で創設したロス・ティグレス・デル・ノルテ財団を通じて、経済的に恵まれないヒスパニックの若者たちの教育サポートしていくことを約束している。  

早稲田大学・日本女子大学室内合唱団*第54回定期演奏会

早稲田大学・日本女子大学室内合唱団*第54回定期演奏会

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 11月25日、小雨が風に舞いながら降ってくるという寒い夜、護国寺の東京カテドラル聖マリア大聖堂で「早稲田大学・日本女子大学室内合唱団*第54回定期演奏会」を聴いた。高校時代、北関東でも有数の合唱部の部長を勤めていた経験のある友人に誘われたからだ。

 年2回、同合唱団はここで定期演奏会を開いてる。教会の椅子は基本的に木製だから長時間座っていると腰の骨が疲れる。熱心なファンも多いようで、周囲を見回すと簡便な座布団持参の観客が多い。なんとなくアットホームな雰囲気がよい。こうした常連の観客によって演奏家は育てられゆくのだ。

 1960年に室内楽的アンサンブルと合唱芸術の融合を目指して結成された合唱団だが、最初はあらゆるジャンルの曲に挑戦していたというが、63年からルネサンス・バロック時代の作品に特化して演奏技術を向上させてきたようだ。大学合唱団としては目指す方向を微動させなかった音楽集団だ。このあたりは現代の大合唱芸術の高みに向かって高層ビルを構築しつづけている東京工業大学混声合唱団コールクライネスの志向性に通じる。

 25日の演奏は、ヴェネツィア生まれ、バロック音楽爛熟期の作曲家アントニオ・カルダーラの「ミサ・ドロローサ」と、ヘンデルの戦勝賛歌曲「デッティンゲン・テ・デウム」。前曲はいかにもスコアのすみずみまで時代の雰囲気がたちこめているミサ曲。宗教曲だが、軽やかで甘美な旋律が随所に出てくる世俗的な雰囲気に満ちた作品。教会をステージとした娯楽といっては語弊があるけれど、プロテスタント教会との差別化に音楽を活用したのではないかと思わせるようなミサ曲であった。
 ヘンデルの曲、教会での演奏より王宮の式典会場にふさわしい作品。「メサイア」を完成させたヘンデルにとって、こうした戦勝賛歌曲を書くことなど朝飯前の余技のようなものだろう。ゆとりがある分、華麗で豪奢でもある。「水上の音楽」に通じる色彩感にあふれている。この曲にバロック・トランペットが登場する。同定期演奏会に通いなれたひとには当たり前のことなのだろうが、トップ男性に加え、ふたりの女性奏者がいることに筆者は何気に感心してしまった。まだ、音にふらつきがあるけれど難易度の高い長尺トランペットの響きは当夜の華のひとつであったように思う。

 合唱曲2題であったが、筆者は室内楽の演奏ばかり聴いていたようだ。公演後、友人との話は微妙に食い違ってしまった。楽しみ方はひとそれぞれである、と居直ってみた。

 ……しかし、聖マリア大聖堂での演奏というのはどうだろう。石造り教会堂での残響を求めて、ここを主会場に選んだようだが、ここは石造りというよりコンクリートの地肌をいかした戦後建築の傑作であって、求めようという音はここではないのでは。会場の広さも考慮されているのだろうけど、求めるなら神田ニコライ堂が都内ではもっともふさわしいように思う。ただし、ニコライ堂ならラフマニノフの正教会用の声楽曲が求められようか……。
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上野清士

Author:上野清士
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