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サッカーは映画の滋養・活性剤

サッカーは映画の滋養・活性剤

 6月、サッカーW杯ブラジル大会がはじまる。大会に先がけ、映画を通してサッカーを考え、国際政治に少し触れてみたいと思う。
 W杯を主催するFIFA(国際サッカー連盟)はIOC(国際オリンピック委員会)以上の国際的な政治力を持つといわれる。おそらく文化力も。故に国際的な関心が集中する。
 FIFAによれば現在、世界でサッカーに興じる者は2億7千万人という。それは厳密過ぎて実態にそぐわない、「10億は超える」と試算する関係者もいる。ちなみに野球の競技人口は3500万人に過ぎない。野球大国といわれる日本だが現在の競技人口はサッカーとほぼ同数の約750万で、小中高校レベルではすでにサッカーに興じる児童・生徒のほうが多い。いまプロ野球人気を支えているのは団塊の世代だろうから、数十年もすれば日本のプロスポーツの分布図は大きく変容するものと思われる。
 FIFA加盟国・地域は現在203。近年でいえば、参加国が急激に増えたのは1991年3月、ソ連邦の崩壊によって15共和国が独立し加盟したことによって起きた。連鎖としてユーゴスラビア連邦の解体後にも同じような現象が起きた。旧ソ連邦のエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国がその先陣を切った。この三国は独立を堅固にするため国連への加盟申請し、あらたな国際関係の構築に向けて動く。そして、もっとも早く実現したのがFIFAへの加盟であった。すぐW杯へ出場を果たしたいという思いからではない。巨大な国際機関へ加盟することによって、モスクワの政治的圧力を回避しようとしたのだ。
 *    *    * 
 映画は時代の空気を反映する娯楽。人気スポーツであれば当然、主題になる。無数のサッカー映画が撮られてきた。そのなかからサッカーを知らなくても楽しめる、そして国際的視野を拡張させてくれる作品を選んでみた。紙面の関係で割愛した作品は多い。批判承知で選んでみたが現在、スポンサー抜きでインターネットに設けられている「サッカー映画人気投票ランキング」を参照した。その順位が筆者の評価と似ていて驚く。サッカー・ファンにとって映画の見方はさほど変わりはないことの証明だろう。
 補1 ベッカム
まず一位の『ベッカムに恋して』(グリンダ・チャーダ監督。英国映画・2002)。ベッカムとは無論、イングランドのスタープレーヤーの名。ベッカムのような弧を描くキックを蹴りたいと練習に励む英国籍だがインド系シーク教徒の家庭に生まれ育った少女が主人公。家の伝統に反し“女だてら”にボールを蹴る。女子サッカー界で注目されて行く道は、インド女性として自立する道だと語る青春ドラマ。ケニア出身のインド人女性監督の作品が、人気度№1というのが興味深い。ちなみにこの映画は北朝鮮のテレビ局で放映された最初の欧米映画として記憶される。
 そう北朝鮮はサッカー大国(であった、と書くべきだろう)。だから『ベッカム~』も放映された。今回のブラジル大会への出場は適わなかったが、W杯においてアジアで唯一、準決勝のステージに立った実績がある。日本も韓国もいまだ適わぬ夢を北朝鮮は1966年のイングランド大会で実現した。
 しかし、北朝鮮サッカーは凋落した。そんな北朝鮮サッカー界の実情を垣間見せてくれたのが韓国映画『クロッシング』(キム・テギュン監督。2008年)。元ナショナルチームの選手であった男性が貧困に耐えきれず、家族の生活のために脱北した実話を元にしていた。北朝鮮の抑圧的な政治は、かつての栄光を傷つけている。66年の北朝鮮チームの光を英国の映画人が『奇蹟のイレブン』(ダニエル・ゴードン監督。2002年)として描いている。あくまで懐旧談に過ぎない。
 ベッカムが登場する映画に『ゴール!』(ダニー・キャノン監督。米国映画・2005年)があった。世界的にヒットした快作。メキシコから米国へ経済難民として不法越境するメキシコ人の大波はいまも衰えない。そんな貧しい家庭に育った少年がロス・アンジェルスの素人チームから英国の一流チームに入って活躍するというサクセスストーリー。脚本が良くできていて無理のない構成で納得させる。本作のヒットでシリーズ化して現在まで3作撮られている。試合光景が丹念に描かれていることが人気を集めた要因だ。サッカー映画といっても繰り返しプレー・シーンが出てくるのは珍しいのだ。つまり俳優が観客に納得させるだけの、それなりのテクニックをもっていないとリアリティがない。本作の主人公サンチャゴを演じたクノ・ベッカーに、その技術があっての成功だ。
 
 『ベッカム~』に次いでサッカーファンが推すのがシルヴェスター・スターロンがGKを務めた映画『勝利の脱出』(ジョン・ヒューストン監督。米国映画・1981年)。“サッカーの王様”ペレが出演し、役者として演技していることでも話題を集めた。第二次大戦下、ナチドイツ占領下のウクライナで行なわれたドイツ空軍とディナモ・キエフの親善試合をモデルとした映画だ。その試合でディナモは圧勝する。しかし、勝利した選手は強制収容所に送られ、多くの選手が処刑された。ディナモの選手はわざと負けることは民族的なプライドが許さなかった。この史実を巧みにアレンジした。もっとも映画では、ドイツと対戦した連合軍捕虜チームは処刑されず、試合終了直後、勝利を祝う群衆がピッチに乱入
、その群衆に紛れて“勝利の脱出”するというハッピーエンド。日本では公開されなかったがハンガリーで同事件を扱った映画に『地獄のハーフタイム』がある。史実に近い内容ということだが、未見なので論評は避けよう。
 試合に熱狂した観客を活用し、脱出の便法とした事件がブラジルで実際にあった。ブラジル映画『クアトロ・ディアス』(ブルーノ・バレット監督。1997年)で描かれている。軍事独裁政権に武力闘争で挑んだ学生組織がアメリカ大使を誘拐する。大使を解放するのと引き換えに、逮捕された仲間を釈放し、キューバへ送れと要求する。仲間が釈放されるのを見て、大使をサッカー競技場の前、試合が終わり数万の群衆が一時にどっと吐き出される、その瞬間に解放する。犯人グループを追ってきた警察もその大群衆に呑みこまれ手も足も出なかったという事件をモデルにしたものだ。その実際の試合にもペレは出場していた。
 ペレといえば背面蹴りともいうべきワザにバイシクル・シュートがある。『勝利への脱出』でも披露しているが、この妙技をマスターしようと単身米国からブラジルに乗り込んでくるサッカー青年を描いた『炎のストライカー』という映画もあった。これにもペレが主演している。いや、ペレの世界的人気にあやかろうと制作された米国映画で内容的にはみるべきものはないが、サッカーのスター選手はピッチに立つだけで金になるということだ。ペレはそういう選手だった。ペレの次世代のブラジルの名選手であり、元サムライ・ジャパンの監督だったジーコもまたブラジルでファミリー映画『陽だまりのイレブン』に俳優として主演している。
 『勝利への脱出』では悪役になったドイツだが、大戦の敗北によって多くのドイツ兵がソ連邦内のラーゲリと呼ばれる強制収容所で重労働を強いられ、無数の若者が無残に死んだ。その記録、調査はかつて西ドイツ政府が公式に行なった。一部、日本でも翻訳出版されたが、全貌を公開すれば対ソ連(ロシア)との外交に影響するとかで封印された。ドイツ兵捕虜に対する扱いは、日本兵の比ではないほど過酷なものであった。大戦中のソ連兵、一般市民の死者、戦傷者のほとんどは対ドイツ戦によってもたらされた。戦後、その憎しみは捕虜となったドイツ兵に向けられた。
 ソ連に抑留されたドイツ兵を夫(父)を家長とした家の物語で、生死も定かでないまま帰還を待つ家族を描いた映画『ベルンの奇蹟』は秀作だ。
 ベルンはスイスの都市。1954年W杯スイス大会の決勝戦はベルンで行なわれた。西ドイツ対ハンガー戦であった。3-2でドイツが初優勝。この年、ソ連から10年の「刑期」を終えたドイツ兵捕虜の一群が帰還する。10年の不在は大きい。自由の身になった父親も新しい時代、家族になかなか馴染めない。幼児時代をしらずに成長した子どもたちの姿にも戸惑う。迎えた家族もまた打ち解けない。それをやさしく溶かしたのがドイツ人共通のサッカーへの愛であり、W杯で勝ち進み優勝したことで慰安されたということが物語の通底に流れていた。敗戦でドイツはFIFAの参加資格を失っていた。スイス大会で復帰したのだ。その戦後初参加で初優勝した。同大会の記録映像は多く残っている。それをまったく使わず、映像に残るシュートの軌道まで映画は見事に再現し、描いていた。
 『ベッカム~』だけでなく、女性を主人公としたサッカー映画の佳作は少なからずある。たとえば女性の社会活動を厳格に規制するイランの映画に『オフサイドガールズ』(ジャファル・バナヒ監督。2006年)がある。イランでは女性はスタジアムに入れない。女性の入場者が存在しないから女性用トイレもない。そんな国で「あたしたちだって観たいのよ」と男装して勇気ある行動を起こした5人の少女たちの話。これは快作だったし、イランという国の実相がサッカーを通して垣間見えた。
 サッカー観客をサポーターといい、熱狂的で粗暴な行動に走る血の気の多いファンを称してフーリガンという。フーリガンを描いた映画ではないが、『オフサイドガールズ』や、次に紹介する映画などは、熱狂的で献身的ともいえるサッカーファンを暖かく抱擁した映画だろう。
 イラン映画界の至宝というべきアッパロ・キアロスタミ監督が英国のケン・ローチ、イタリアのエルマンノ・オルミらと共同監督した映画『明日へのチケット』(2005年)は贔屓のチームを追って英国の3少年が国境を越える旅をするという話。まったく文化の違う風土にそだった監督がサッカーという共通言語でもって協働できた映画だ。
 アザー・ファイナル
 劇映画だけに絞って書くだけでも切りがない。これに無数の記録映画が加わる。
 記録映画の傑作に2002年6月30日、アジアの山岳国ブータンの首都ティンプーのスタジアムで開催されたブータンとカリブの英国領モンセラトとの試合を追ったドキュメント『アザー・ファイナル』(ヨハン・クレイマー監督。オランダ映画・2003年)がある。6月30日とあえて日付けを記したのは、同日、横浜でW杯の決勝戦が行なわれていた日であるからだ。その日、ブータンで世界最下位を決める試合が行なわれた。FIFA公認の国際Aマッチだ。この試合では海抜ほぼゼロ地帯から長足やってきたモンセラトに勝算はなく惨敗したが、現在のモンセラトは188位に上昇、ブータンは最下位となっている。
 サッカーは世界最下位のレベルだろうが観客をそれなりに集め、楽しんでいるということでスポーツの王道なのだろう。映画も試合内容というより、最下位決定戦でも選手たちは国を代表して奮闘し、観衆も惜しみない声援を送る。そんな様子がよく記録された映画だった。そのブータン初の長編劇映画『ザ・カップ』(ケンツェ・ノルブ監督。1999年)もサッカー主題のチベット仏教僧たちの話であった。監督自身、高僧であり、脚本も手がけていた。
 日本映画におけるサッカー主題の劇映画の始まりは1967年、全盛期の加山雄三主演で撮られた『レッツゴー!若大将』あたりとなるようだが現在のところ国際市場に出せるような作品はまだ出ていない。しかし、アニメ大国ハポン。映画が駄目でもアニメはある。日本のアニメ映画は世界を席巻する。かつてTVアニメ『キャップテン翼』はサッカー強国スペインをはじめ多くの国の子どもたちをテレビの前に釘付けにした、サッカー少年の話だった。
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