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花もつ女たち №22  アマリア・エルナンデス

花もつ女
 アマリア・エルナンデス(メキシコ・舞踏家 1917~2000)

 世界中に多彩な民族舞踊団が存在する。今日では当たり前の光景だが、その歴史は新しく20世紀に顕在化したものだ。そのさきがけはロシアが革命後、広大なユーラシア大陸を支配、その版図のなかに無数の民族集団を抱えたことにある。その民族の融和、そして、革命政府が内外に少数民族の文化・習俗をたいせつにあつかい、保護・育成しているといったプロバカンダも兼ねて、民族舞踊団を組織した。その舞踊団は国内だけでなく、世界各地を巡演もした。モイセーフ舞踊団という。日本へも来日している。テレビ時代になってからは、モイセーフ・プログラムの援用と思われる内容のバラエティー番組がモスクワのキー局から全国に放映されるようになった。
 モイセーフ舞踊団の成功は世界各地の舞踊団に有形無形の影響を与えたことは確か。アメリカ米大陸においてはメキシコのアマリア・エルナンデスもその影響を受けたが、彼女自身の創作力は独自の達成をみせた。モイセーフが統括した民族集団は元来、革命以前、ロシア語を公用語としていたわけではない。革命後に“強要”された民族があまりにも大きい。それに反して、アマリアが取材した先住民集団はスペイン植民地以降の歳月のなかですでにスペイン語とカトリック習俗を受け入れていて、メキシコという国家の成員であることに違和感を覚えていなかった集団だ。
 筆者自身が親しく接した中南米諸国の民族舞踊団のほぼすべてにメキシコ国立舞踊団の影響を見い出せる。その中心に据えられる舞踊の多くは先住民族の伝統舞踊であり、アフロ系住民の多い国ではアフリカ起源と舞踊と音楽が加わる。モイセーフの影響ではない。
 アマリアが何故、先駆者としての名誉を持つかといえばメキシコに存在する約30種族に及ぶ先住民族が存在し、その多くの民族がそれぞれ独自の文化・習俗を20世紀まで遺していたからだ。
 中南米の舞踊家の多くがそうであるようにアマリアもクラシックバレエを学ぶことによって舞踊家としての歩みはじめた。欧州に留学している時期、祖国に豊かな伝統舞踊が息づいていることを再確認、帰国後、その研究に没頭する。そして実践的な活動の場として自らの小さな舞踊団を結成する。そして、その成功が国を動かし、やがてメキシコでもっとも格式が高いといわれる国立ベイジャス・アルテス劇場を本拠地とすることによって、経営の基盤を磐石のものにした。
 アマリアが民族舞踊団を組織した当時、メキシコ革命の余韻がまだ熱く残る時代で、同国には植民地文化の影響を排するという機運があった。アマリアは舞踊によってそれを実現しようとした。
 第二次大戦後、中南米諸国もまた同じような機運があった。そうした国をアマリアの舞踊団が巡演することによって深甚な影響を与えた。舞踊は目に見える形でコロンブス以前の文化を再発見することに繋がっていった。  
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