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書評  『コリン・マッケンジー物語』デレク・A・スミシー 著 柳原毅一郎訳

この本はリチャード・ピアーズ物語ではない。映画史を書き換えるほどの偉大な仕事を成し遂げた男コリン・マッケンジーの波瀾に富んだ生涯を綴った本である。100ページにも満たない小さな本でありながら、書かれた内容はあまりにも巨(おお)きく、かつ濃密、分厚な一巻を読み終えたような充実感に満たされた。σ(^┰゜)



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99年晩秋に刊行された本だ。今まで見過ごしてきたことが悔やまれた。

 僕の脳に蓄えられている歴史資料によれば、飛行機はライト兄弟によってはじめて飛翔することができた、とある。ところが、ライト兄弟の成功に先立つこと9ヶ月前、ニュージーランド南島の放牧場で小さな単葉機が飛んでいたことを本書で知った。リチャード・ピアーズという男の発明であった。しかし、世界史はこれをまったく無視してきた。欧米のアカデミズムを納得させる物証に欠いていたからだ。ところが、この世界最初の飛行をコリン・マッケンジーという男が撮影していた。そして、その映像に偶然、写っていた見物人がズボンの尻に突っ込んでいた新聞の日付によって、ライト兄弟より早く飛翔に成功したことが判明した。つまり1903年3月31日……だが、そのフィルムは100年余の間、眠っていた。
 しかし、この本はリチャード・ピアーズ物語ではない。映画史を書き換えるほどの偉大な仕事を成し遂げた男コリン・マッケンジーの波瀾に富んだ生涯を綴った本である。100ページにも満たない小さな本でありながら、書かれた内容はあまりにも巨(おお)きく、かつ濃密、分厚な一巻を読み終えたような充実感に満たされた。
 ピアーズの飛行を実証することになったマッケンジーのカメラは、彼自身が独力で作り上げたものだった。その自家製カメラは彼自身の手で進化しつづける。 当時のカメラは手回しである。速度が一定しがたい。そこで、自転車を利用し、ギアを調節し一定の速度を保つカメラを開発した。しかし、進行方向の映像しか撮れないので実用とはならなかった。映画が誕生して間もない時代に独力でカメラを制作し、速度まで制御しようと考え工夫し実践した。それだけでも特筆ものだ。しかし、彼の天才はとどまるところ知らない。エジソン的な直観とたゆみない創意工夫、そして映画が新しい時代の有力な芸術となることを信じた彼は途方もない夢想を抱きながら走りつづける。
 従来の映画史では世界最初のトーキー映画はワーナー・ブラザースが1927年に製作した『ジャズ・シンガー』となっている。ところが、マッケンジーは1908年に『戦士の季節』というトーキー映画を制作し、公開していた。3年がかりでエジソン式の蓄音機と映写機を組み合わせての工夫であった。映画史の歴史は19年遡って初トーキーの名誉をマッケンジーに与えなければならない。それだけではない。『戦士の季節』は84分の世界初の長編映画という名誉もあわせ持つ。しかし、この映画の存在も忘却された。マッケンジーの天才は、興行面ではまったく凡才であった。初のトーキー映画をこともあろうに中国語で制作したのだ。故に、世界最初の中国映画はニュージランド人によって撮られたことになる。何故、中国人を主人公にした映画がニュージーランドで撮られたか? 19世紀後半、金鉱が発見されたニュージーランドは一時期、ゴールドラッシュの熱狂に取りつかれる。若い中国人たちが一攫千金を目指して大勢、出稼ぎに来ていた。マッケンジーは彼らが白人より勤勉で、器用で、これからの国づくりには欠かせない民族であると考えていたようだ。映画で、それを証明しようと思ったのかも知れない。広東出身のウォン青年を主人公にした愛と活劇の物語を製作してしまったのだ。全編中国語で。英語国ではヒットは望めない。映画はお蔵入りとなり、彼は破産寸前に追い込まれた。しかし、転んでもただでは起きない。トーキーが失敗なら、カラー映画を制作しようと思う。彼にとって思うことは即、実行を意味した。逡巡はしない。実現に向けて歩き出す、否、走り出す。いつも走るのだ。難行苦行の末、カラー映画も実現してしまう。その辺りのエピソードは本書で確認のこと。
 ともかく本書を読むことはマッケンジーの走行に伴走するようなものだ。それも早い。こっちはゼイゼイ息切れ状態になるけど、彼は容赦なく走りつづける。スペインの戦場まで追うはめになる。ヘミングウェイやアンドレ・マルローが紙とペンで従軍していたとき、マッケンジーはカメラを手に共和派の民兵軍に加わっていた。傾斜の急な丘での戦闘がはじまった。彼のカメラは兵士の後を追って走る。目の前の兵士が銃弾を浴びて倒れる。彼はカメラを放り出して兵士を助けに走る。敵の乱射がはじまる。兵士に覆いかぶさるように彼も即死する。自分のカメラに、自分が死ぬ瞬間を閉じ込めた。
 こんな人間、何処にいる。
 驚嘆すべき挿話に満ちた本だ。私はハイライトともいうべき映画のことは何も書かないでおく。この拙い評をよんで好奇心を抱かない読者がいるなら、貴方の感性がよほど鈍磨しているか、それとも私の文章がてんでなっていないか、だ。
 本書を読了後、好奇心にかられて一冊の史書を読むことになった。本書の分量のゆうに五倍は超えるニュージランドの碩学キース・シンクレアが1980年に著わした『ニュージランド史』である。飛行機を発明したピアーズと、映画を開拓したマッケンジーの二人の天才を同時に生み出した、この国の19世紀を知りたいと思ったからだ。それは疾風怒濤の変革期であった。特に、1890年代から1910年代にかけて労働時間の制限、最低賃金制、工場の作業環境改善、少年の就労や苦役労働の規制、そして婦人参政権の確立など当時としてはもっとも広汎にして進歩的な法律がつぎつぎと生まれていた。マッケンジーたちの青春時代である。しかし、その浩瀚なニュージーランド史にも一語半句、マッケンジーとピアーズの功績は書かれていなかった。その時代のニュージーランドは、「芸術家や詩人が腰を落ち着けて創作に没頭できるほど成熟していなかった」と書いてあるだけだ。母国の歴史家すらマッケンジーの青春時代をそんな言葉で要約してしまっている。母国でも彼らの業績がまったく無視されていたのは当然であっただろう。しかし、現在は違う。マッケンジーの作品はほとんど修復され、その全貌も明らかになった。ピアーズの飛行機もスクリーンで見事に再飛行してみせたのだった。  σ(^┰゜)(上野清士)

(パンドラ|上野清士のBookTalk  2006.04.05)

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