スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

セレーナ没後15周年

セレーナ没後15周年
selane.jpg

 「あぁ、もう15年も経つのか」と感慨深い。10年一昔というが、それ以上の歳月が経ってしまった。すでに生前のセレーナ(1971-95)を知らない世代がメキシコにも米国チカーノ社会でも増えた。彼、彼女たちは自分たちの嗜好にあった音楽を自前の金で消費する年齢に達している。セレーナの夭折に涙した少女も母親世代に成長した。
 私は、セレーナの死を中米グァテマラで知った。グァテマラでもその死の衝撃は強かった。ふだんCDなど買うことなかった地元の夫人が、「セレーナだけは別」と言って、当時、巷にあふれていた海賊盤に見向きもせず、グァテマラの庶民にとっては高価なオリジナル盤を購入していたことを昨日のことのように思い出せる。
 3月31日、セレーナの命日にあたるが、米国、故国のメキシコ、そして中米のマスコミはあらためて彼女を讃える記事などを掲載した。
 セレーナの死は、彼女自らデザインした服を専門に売るブテックの経営を、ファンクラブの信頼する女性に任せた。その女性の不明瞭な会計処理が発覚、それを問い詰めたことによって件(くだん)の女性に射殺されたのだ。人気絶頂期……といっても、その時はまだ全世界に打って出るための英語歌詞だけのアルバムの制作中であって、発展途上のアイドルだった。遺作となった、そのアルバムは完全なものではなく、当初予定されていた新曲も録音されないまま旧作で補うかたちで死の直後に発売された。日本版では『スキヤキ(上を向いて歩こう)』がボーナストラックとして収録された。そのアルバムは、悲劇のヒロインとしてのセールス効果もあったが米国、メキシコをはじめとするラテンアメリカで大ヒットした。日本への紹介は遺作がデビュー盤になってしまったのだ。
 死して伝説となった“テックス・メックスの女王”セレーナは聖化されてチカーノ社会の聖女となった。たぶん、本誌の若い読者のなかにはセレーナの名も歌も知らないという世代がいると思う。もし、できるうるならチカーノのグレゴリー・ナバ監督の映画『セレーナ』を観て欲しい。本作は、制作直後に日本に入ってきたが、セレーナの名も、セレーナを演じたジェニファー・ロペスの名もまだ日本ではなじみが薄いということで劇場公開されずに、ビデオでの発売のみだった。したがって映画は日本では一度もスクリーンに投影されたことはない。
 映画で、亡きセレーナを演じたJ・ロペスは、当時、ナバ監督の『ミ・ファミリア』などに主演して実力を認められはじめていた。J・ロペスは『セレーナ』に主演してから、歌う俳優としてブレークし、今日の盛名がある。聖セレーナとなった後光を受けて世界的なスターにのし上がった、といえるだろう。セレーナが果たせなかった夢をJ・ロペスが実現したともいえるだろう。
 セレーナの日本デビュー作、そして遺作となった『ドリーミング・オブ・ユー』は日本ではとっくに廃盤になってしまったがラテン社会ではまだ生きている。1995年7月、セレーナの死から約4ヵ月後の7月18日に全米で発売されると、最初の週だけで33万枚以上を売った。当時の発売第1週のセールス記録はマライア・キャリーの『ミュージック・ボックス』で17万4千枚であったから一挙に倍の新記録を樹てたのだ。  (2010年)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。