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ガルシア=マルケスの熱帯マコンドの神話 映画「悪魔のアコーディオン」

ガルシア=マルケスの熱帯マコンドの神話
 映画『悪魔のアコーディオン』 ステファン・スチウィエテルト監督
 エル・オンブレ

 ひとりのドイツ人映画監督がガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』に感銘し、小説の舞台となった架空の町マコンドを求めてコロンビアの辺境を歩く。
 マコンドとは人の欲望がつくり出し、熱帯の蟻塚のように急激に膨張し、やがてアリクイに食い荒らされて消える廃墟。監督の名はステファン・スチウィエテルト。彼は、マコンドを求めてカリブ沿岸コスタ・ノルテ地方を歩く。マルケスが生まれた寒村アラカタカが隠れている地だ。埃りっぽい寒村、熱帯雨林のなかの陋屋、浜の椰子の木陰から弾けるように湧出する熱い風のような、街頭の喧騒と競うように息せき切って、あるいは星明かりの下で流れる熱いアコーディオンの音色に魅せられる。バジェナートとの出会いである。
 暑気の小さな町サンタ・マルタにひとりの老音楽家を見出す。否、映像の詩人は小説に登場するラテンアメリカ音楽史、特にカリブ周辺音楽を語る資料のバジェナートの章節のなかで必ず提示されるフランシスコ・ラダである。コロンビアではフランシスコの縮小形パンチョで呼ばれる方が一般的だろうし、エル・オンブレ〈男のなかの男〉で特定されるほど知名度のあるバジェナートの自作自演の歌い手にして、卓抜なアコディーオン奏者。1998年の撮影だと思うが、その時点でパンチョ爺さんは92歳。「4歳から弾きはじめて、もう88年だよ」といいながら、家の前でさっそく自慢の喉をアコーディオンの弾語りで披露する。
 ここで誰しもキューバのトレス奏者にして歌い手、作曲家のコンパイン・セグンド翁を思い出すだろう。同時代人だ。映画そのものも『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』とほぼ同時期に撮影されていたわけだ。
 表題El Acordeon Del Diabloのアコーディオンは、パンチョ爺さんの人生そのものを象徴しているだろうし、アコーディオンが欠かせないバジェナートそのものを指してもいる。また、バジェナートに一生を捧げることになったコスタ・ネグラの愚直な男たちをひっくるめて表象しているようにも思う。
 映画の冒頭……黒くうねる海、難破船、波に洗われるアコーディオンが映し出される。アルゼンチンに向かうドイツの船が座礁し、壊れた船体からアコーディオンが流れ出し、浜にたどり付いた、というような語りが入るが、これは話の食いつきを良くするための口上みたいなもので、事実は違う。
 ベネズエラ国境に近い港町リオアッチャは西欧諸国の海軍が補給のために利用したり、海賊たちも立ち寄った。そんななかの誰かがアコーディオンを置き土産にした。賭け事の借金、酒代のかたか……まぁ、そんなところだろう。二束三文で港町の喧騒に投げ出された蛇腹楽器はやがて、紆余曲折を経て、熱帯辺境で独自の音色を奏ではじめる。楽器の漂着から民族音楽の誕生までを跡付ける資料はない。確かなことは、この地方で成熟したこと、そしてバジェナートの名が中心都市バジェドゥパルから来ていることで確認できる。
 パンチョ爺さんの息子もバジェナートのアコーディオン奏者なのだが、子どもの前で弾いているとき、ひっこりやって来る爺さんに、「おまえ、その音、狂ってるぞ」と言われる。そこでアコーディオン工房へ行く。コスタ・ネグラ地方では、そうした楽器修復の家内工場が各所に営業しているらしい。早速、解体してみると、金具が消耗し修理不可能ということでリオアッチャに買いに出る。そこはベネズエラからの密輸品で溢れ返る活気のある港町だ。この商店街の一角、廉価な中国製品などがうずたかく並ぶよろず屋でドイツ製のアコーディオンを買う。これを町に持ちかえるまでの小旅行の光景は貧しいし、すさんでもいる。サボテンも枯れる荒れた地を徘徊する蜃気楼のような人びとの群れ……。陽炎が浮き立つ大気のなかに這わせるアコーディオンは飽和点を求めてうねる熱そのものだ。
 新品のアコーディオンは再び工房に持ちこまれる。親方は、解体してリードプレートを取り出し、鑢で削って微妙に音色を換える作業を繰り返す。映画を観た後、コロンビアのバジェナート関連のホームページを覗いていたら、その親方、名匠とかで写真入りで紹介されていた。オビディオ・ガラナドスという。
 ついでに、パンチョ爺さんをあらためて検索すると、
 「終身、変わることのないバジェナートの王たち」5人のなかの一人として紹介されてあった。キューバの高名な音楽史家エリオ・オロビオなどもバジェナートの生き証人として筆頭に名を上げている。生きて伝説となった音楽家だ。伝説はガルシア・マルケスも『百年の孤独』のなかに処を得て、歌い出す。
 マコンド神話の語り部は、パンチョ爺さん、エル・オンブレを次のように描き出す。語り部のリズムをば損なわぬよう、息つぎ、呼吸整える間まで耳を傾けようではないか。
 「数ヶ月たったころ、自作の歌を披露しながらちょくちょくマコンドを通りかかる流れ者で、年齢二百歳にも達しようかという老人、フランシスコ・エル・オンブレがふたたび町を訪れた。その歌の中でフランシスコ・エル・オンブレは、マナウレから沼地にかけて道中の村や町で起こった事件のニュースを、微に入り細に入り語ってきかせるのだった。したがって、伝えてもらいたいことづてがあるか、世間に広めたい出来事が知っている者がいれば、彼らはニセンターボのお金を払って、レパートリーにそれを加えてもらった。ウルスラが母親の死を知ったのも、たまたまある晩、息子のホセ・アルカディオの消息でもわからないかと思って、その歌を聞いていたおかげだった。即興の歌くらべで悪魔を打ち負かしたというので〈人間さま〉と呼びならされていて、その本名は誰も知らないこの男」……数行、ワープして「ギアナでウォルター・ローリー卿に贈られたという古めかしい手風琴で伴奏をつけ、土のためにひび割れた達者な大足で拍子を取りながら、老人らしい調子はずれな声でさまざまな便りを歌っていた。」
 ……とまぁ、こんなふうにマコンド神話の語り部はエル・オンブレを神話化してしまった。

 バジェナートのアコーディオンは基本的にボタン式だ。メキシコ大衆音楽のグルペーラやノルティーニョでもボタン式が多い。これはピアノ式より音の切れが良く曲弾きに適応しているからだ。村の広場で二人のアコーディオン弾きによる曲弾きシーンが出てくるが、それをみているとボタン式の効用性が良く理解できる。
 映画は、バジェナートの熱い響きのなかで否応なくコスタ・ネグラ地方の貧困が浮かびあがって来る。燃える大気のなかで生きる人びとの姿に監督は、『百年の孤独』のマコンド住民たちを見出したのだろう。パンチョ爺さんも、バジェナートの終身王と称えられながら、その生活は貧しい。
 家はバラック、ドアの留め金は壊れ、「夜は物騒だからな」とドアの内側から幾本もの太い棒で押さえにかかる。爺さんも貧しいが、そんな爺さんの家にも押し入ろうというこそ泥がいるほどの貧困がこの地方一帯を覆っているということだ。
 400曲を創作したという。著作権の概念が乏しい時代の仕事である。爺さんの老後を支える“年金”すら作り出さなかったということだが、質素な生活も優しい血縁にかこまれ、それなりに充足しているようだ。そんな爺さんが語る。
 「おれは、独りでの生活は駄目なんだ」と、いつも女性を求めていたと平然と語り、この辺りもセグンド翁に似ている。
 西アフリカを出自とするヨルバ系の黒人も多数住み、その生活の日常に浸透しているキューバのサンテリアと酷似するアフロ系の民俗宗教のありさまも見せてくれる。
 「チャンチャン」のように食いつきの良い音楽が溢れている映画ではないから、日本公開の可能性は低いが、ラテン音楽ファンとしては『ブエナビスタ』並の注意を払い必要があると思い、ささやかな紹介のペンを執った。
 現在、ラテン・ポップス界の最前衛で活躍するシャキーラはコスタ・ネグラの港町バランキーヤの出身で、少女時代にはバジェナートも歌っていた時期もあったことを記しておこう。現在のバジェナートの世界的スターは、今年のラテン・グラミーで「トロピカル歌唱」「現代トロピカルアルバム」の両部門で受賞したコロンビアのカルロス・ビべスに代表されるが、映画ではよりディープな百年の色気がむんむんのバジェナートが酷暑のなかで燃え立っている。
 *COLOMBIA/ALEMANIA/SUIZA 2001,Dir,Stefan Schwietert,90mim
 (初出掲載誌『ラティーナ』2002年12月号)    

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