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政治が引き裂く家族の物語 映画「キューバから逃避」

政治が引き裂く家族の物語 
  映画『キューバから逃避――エリアン・小さな漂流者』クリトファー・レィチ監督
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*事件当時のエリアン少年(左)も、現在は国防軍兵士(右)に。

 日本列島と朝鮮半島の近さを「一衣帯水」といった言葉で表すことがある。一本の帯のように狭い川の幅でしかない、ということだ。キューバと米国フロリダ半島との距離はまさに一衣帯水だが、キューバ革命後、何千人の生命を呑込むほど荒く険しい海となってしまった。
 映画『キューバから逃避――エリアン・小さな漂流者』は、この「政治」の海が作り出した物語だ。
 99年11月、ハバナ近郊の浜から一艘のモーターボートが米国への亡命志望者を満載し夜陰に乗じて滑り出した。しかし、エンジン・トラブルで漂流。悪天候に遭遇し、10人が溺死するという惨事となった。ただひとり、6歳のエリアン少年はタイヤ・チューブにつかまり二日間、漂流しつづけ奇跡的に救助された。その奇跡は、少年が語ったというイルカとの交流によって描かれる。鮫に襲われそうになった少年を数頭のイルカが守り、しかもマイアミ沖まで誘導した、と。そんな、イルカとの神話的交流も、母親を目の前で失った少年の心の傷は癒えない。そして、追い討ちをかける「政治」が小さな胸を苛んで行く。
 スペイン語表題は米国マイアミの亡命キューバ人社会を意識したか反キューバ的ニュアンスが強いが、英語表題は『家族の危機――エリアン・ゴンサレス物語』と政治に引き裂かれ親族の悲劇を強調している。
 亡命行に出発する朝、母親は、元旦那のゴンサレスの家に、エリアン少年を「週末はうちで過ごすのよ」と連れ出す。離婚していた彼らはそれぞれ別の家庭を作っていたが、過ぎ去りし日の蜜月を象徴する少年は父親のもとで過ごしていた。そして、週末は母親と過ごすことが多かったようだ。エリアン少年はむろん、米国への亡命行などとは露ほども思わず母親に率直に従った。
 やがて、キューバの公安当局が、ゴンサレスの家にやって来て、「おたくの息子はマイアミの叔父家族と一緒にいる」とことの顛末を告げる。寝耳に水のゴンサレスは驚愕し、当局の進言もあって、マイアミの親族に直通電話を入れる。ここから、エリアン少年は“政治的存在”となり、われわれも知ることになる。
 2000年2月、筆者はハバナにいた。市内には、少年の顔に鉄格子を被せた写真に、「われらの息子を返還せよ!」といった文字を大書したポスターが溢れていた。国営テレビでは少年の返還問題をテーマにした数時間休みなしという官製討論番組を流していた。タブロイド版4頁立てのキューバ共産党機関紙『グランマ』も日々、半分ほどの紙面を割いて帰還問題の特集に費やし、街頭では、「エリアン、われわれが救う」と叫ぶ灯火デモも繰り出していた。
 ゴンサレスの戸惑いは大きい。それまで雲上の人であったカストロ議長と膝交えて話すことになろうとは……。彼は基本的に現状追認派であって、物不足の生活のなかでもなんとか遣り繰りし、さしたる不満も覚えていない。だから、自分が公人として何等かの役割を担うようになろうとは露ほども思っていなかった。そんな平凡な生活に変化があったとすれば少年の母親と別れ、違う女性と新しい家庭をつくったことぐらいだろう。結局、その離婚が原因となってキューバ政治体制擁護の大役を背負うことになる。
 平凡な男が政治の渦中に投げ込まれて戸惑いながらも、息子の返還のために衆人監視に耐えるという難役をプエルトリコ系のエスアイ・モラーレスが好演している。すでに日本でも、ロス・アンジェルスのチカーノ家族三代の物語『マイ・ファミリー』でつまらない事件で憤死するチンピラを演じ、スペイン市民戦争で暗殺された詩人ガルシア・ロルカの死の真相を追うジャーナリストのリカルド青年を演じた『ロルカ・暗殺の丘』などによって知られる。このモラーレスの抑制された好演によって、事実追認の薄ぺらな実話劇になるところを、真摯な家族の物語としての喫水線を支えている。
 エリアン少年の米国での保護先となった叔父の家族も善人ばかりだ。キューバからの返還要求、米国政府も無情に返還を求める。一方、亡命キューバ人社会は少年をカストロ独裁の犠牲者として米国永住を求める。叔父の家族たちは喧しい日々のなかで少年に対して愛情をつのらせて行く。その辺りは丁寧に描かれている。
 状況は膠着する。これを一気に解決するため米国政府は強権を発動する。完全武装に身を固めた兵士が、無防備な叔父の家に乱入し、少年を“強奪”した。その映像は世界中に発信された。筆者なども、なんでこんなにまでして強制執行するのかと思うほど暴力的だった。
 後味の悪い“解決”……この不快さを、ゴンサレス役のモラーレスが愛情あふれる演技で癒してくれる。
 母親の死、辛い漂流、そして少年の小さな心を苛む「政治」の薄情に翻弄された少年は、率直に父の胸に飛び込んで行くことができない。モラレスはまるで掌のなかに少年の凍えた心を包み込み、じんわりと慰撫するようわが子を引き寄せる。一編の過酷な現実のドラマを見てきた者たちの心を洗う一場として用意された父子再会のシーンは、上質の人情劇をみるような琴線に触れてくるものだった。
 
 1月20日、キューバで国会に相当する人民権力全国会議の議員選挙が行なわれた。定数609議席だが、候補者は議席とほぼ同数で、しかも唯一の公認政党・共産党以外からの立候補は不可能ということで事実上の信任投票。焦点はもっぱら棄権率と、エリアン少年の父ファン・ゴンサレス氏が立候補して話題を集めたぐらいか。棄権率はカストロ体制に対する批判となる。前回1998年に比べて0・8ポイント上昇したが、大勢には影響のないものだ。一方、エリアン少年は元気に小学校に通う“平凡”さを取り戻したが、時折り、キューバの広告塔の役割も担うようで1月28日、ハバナの革命広場でおこなわれたキューバ独立戦争の英雄ホセ・マルティンの生誕150周年を祝う記念行事には、献詩を同級生たちと朗読した。父子ともにキューバの新たな顔として活動中、ということになるかも知れない。                  

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