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 悪漢物語の王道を行く映画『サンタ・フリアの虎』 アレハンドロ・カムボア監督

傑作! 悪漢物語の王道を行く映画『サンタ・フリアの虎』 アレハンドロ・カムボア監督
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 時は1880年、メキシコ市近郊の寒村、赤貧洗うがごとしの農民の娘、不義の男児を産み落とす。その娘の父、怒り、襤褸の産着に包まれた生後間もなき赤子を、「なんと醜い鼻の持ち主か」と窓の外、龍舌蘭の鋭い棘もつ葉、林立する庭に投げ捨てる。アッ、なんと無慈悲な、と観客のため息もつかの間、ハラリと襤褸の産着、その分厚い龍舌蘭の葉先に引っかかった。と思うもつかの間、その葉先、赤子の重さに耐えかねて、撓って折れる。その折れた葉からしみだす蜜が赤子の口を潤して……と思わず張扇を叩きながらの名調子、聞かせる講釈師、映画ですから弁士ですか、そんな寓話的挿話から快調にはじまるのが本作『サンタ・フリアの虎』。絵入りまじり説明される冒頭……そう、お話ですよ、と観客に詳らかにしての語り下ろし一編。この趣向、先頃、亡くなられた深作欣ニ監督の快作『鎌田行進曲』の幕切れ、出演者そろって賑々しく記念撮影をしてみせ、「これはお目でたい寓話ですよ」と宣言した趣向の逆、したたかに序奏に据えたものだ。
 大人のための娯楽要素たっぷりのメキシコ風土の野趣、乾いた大地の赤褐色を基調にして、出自も怪しいオトコ、質朴でお人好し、疾風怒濤のメキシコ革命期を図太く生き抜く波瀾万丈の一編。美女にもてもての精力絶倫マッチョ。ときに酒食肉林の羨ましさ。気丈な4美女従え、貧農の血と汗絞る悪辣農園主を襲っては、収穫を気前良く貧しき民衆にばら撒く気風のよさ、そう義賊でもあります。典型的なピカレスクに人情話も合わせた後味爽やかなお話でもあります。筆者、2002年に公開されたメキシコ映画のなかでは、もっともメキシコ風味満点とお気に入りの一編だ。
 これまで、メキシコ革命期を舞台にした映画はそれこそ無数に作られてきた。
今年は、アントニオ・バンデラスがメキシコ革命の北部の英雄パンチョ・ビジャを演じた映画と、ランチェーラの若き実力派アレハンドロ・フェルナンデスが農民革命家エミリアーノ・サパタに扮した映画も公開される予定だ。そうした、英雄伝ばかりでなく、なんでもありの混乱のなかで繰り広げられた人間の喜怒哀楽、悲喜劇、数限りない寸話、挿話、馬鹿話に作り話、滑稽談に復讐談、人情話もあれば渡る世間に鬼ばかり、と革命内戦はドラマの宝庫。『サンタ・フリアの虎』もその系譜に忠実に連なる作品だが、こういう映画は、筋を紹介するのは仁義に反するというものだ。ともかく、お楽しみあれ、というしかないのだが。
 その筋の紹介の変わりに、本作がメキシコ民衆歌謡の太い流れとしてのコリード発生のエピソードがさもありなんと描かれているので、それを書いてみたい。
 コリードとはメキシコ革命期、情報通信手段がポルフィージョ・ディアスの独裁政権に握られ、また、革命の主体勢力となった農民をはじめとする下層階級の労働者たちの識字率が極めて少なかった現状もあって、ギター一本、歌で革命の大義、進捗状況、独裁者への悪罵、痛罵、革命英雄の賞賛歌などがたくさん創作され、名もない喉自慢たちによって情宣活動が行なわれたのだ。あるいは、市井の半切りものの印刷屋などが木版でコリードの歌詞を風刺画などともに刷り込み流布させた。この時期に活躍した印刷屋の親父グアダルーペ・ポサダは、コリードを粗悪な紙に刷り込み、独創的な絵を描き込んで量産した。彼の仕事を後年、メキシコ壁画運動の担い手たちは民族美術の魁と賞賛した。
 〈サンタ・フリアの虎〉と呼ばれた宿無しオトコ(ミゲル・ロドリゲス)、ひょんなことから、やくざな男を殺めた。警察の追及を逃れたオトコ、またまたひよんなことから独裁政権の狗となって一兵卒。時あたかも革命期、頻発する民衆の反独裁デモの鎮圧に軍は乗り出し容赦ない弾圧。しかし、オトコ、民衆に向けて発砲できず、上官から鞭打ち刑。軍隊逃げ出したオトコ、ふたたび、やくざな男、殺(あや)めた街に戻って、やがて、金持ちから金を盗み出し貧困者に投げ与えるきっぷの良さを示して庶民のヒーロー。民衆から搾取した金をただ取り返しただけとの思い。本邦の義賊・鼠小僧次郎吉にも喩えようか……。ここにひとりのしがない大酒飲みのやさぐれ初老のインテリが加わる。世知に少々、疎いオトコ、初老の男が描く筋書き受け入れ、実践。やさぐれインテリ、すわ特ダネとちゃっかり儲け。コリードも用意して、しがないオトコ、民衆英雄に衣装替え……とまぁ、結局、筋書きをばらしたようなものだが、そんな映画だ。こういう映画をみていると、無数に作られた民衆英雄を歌い込むコリードの歌詞のなかには、史実とはちがったエピソードがかなり歌い込まれているのだろうな、と納得できる。
 さて、映画に歌い込まれるコリード「サンタ・フリアの虎」はロック。ラ・ベレェーナ・ポプラールを名乗る若手たちの創作だ。彼らは、映画に3曲を提供していて、「傷つく」というノルティーニョ風味のロック調バラードはなかなかの佳品で、2002年のメキシコ映画における主題歌賞でも献上したいほどだ。サウンド・トラックも2枚組で、1枚目がコリード「サンタ・フリア」などが入ったオリジナル曲集で、2枚目がセリア・クルス、ラ・ソノタ・マタンセーラといった懐かしの名曲満載で、映画とどうよう、七面倒くさい思考を罵倒するようなお楽しみ歌集だ。
 しかし、最近のメキシコ映画の充実ぶり、身びいきで言うのではなく、実にあっぱれ。メキシコ映画、かつて観光業を越え、石油に次ぐ外貨獲得産業であった奇跡的な時代が確かに存在した。ホルへ・ネグレテ、ペドロ・インファンテ、ハビエル・ソリスといった歌う美男スターが大活躍した時代で、アルゼンチンのエビータことエバ・ペロンに追放されたリベルタ・ラマルケがメキシコで成功した時代でもある。そのメキシコ映画黄金期に遠く及ばなくても、最近の実績は素晴らしい。日本でも東京国際映画祭グランプリ作品『アモーレス・ペロス』、つづく『天国の口、終りの楽園』などが注目された。今年は『天国の口』がオスカーのオリジナル脚本賞の候補になり、『アマロ神父の罪』が外国語映画賞の候補、ハリウッド映画だが実質的にメキシコ映画といえる『フリーダ』は主演女優賞他、確か4部門で候補に。オスカーを基準にして物を言う愚は避けたいが、ひとつの重要な価値であることは間違いない。
 活きの良い鮮魚のような『サンタ・フリアの虎』、自信を回復したメキシコ映画の今日的、達成を示す。2月に米国ニューヨークで行なわれたラテンアメリカ映画祭でグランプリに相当する「金の林檎賞」を受賞した。                 

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