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映画『サラエボの花』を撮った ヤスミラ・ジュバニッチ監督に聞く

戦争の廃墟から生まれた人間愛の映画『サラエボの花』を撮った
  ヤスミラ・ジュバニッチ監督に聞く

 戦争はもっとも弱き者に深刻な打撃を与える。ときには次世代へ〈傷〉が引き継がれる。映画『サ
ラエボの花』は、多民族多宗教が混在するゆえ凄惨な内戦に発展したボスニア紛争の被害者の視点か
ら平和の尊さ、母性の強さ、子への信頼……そんな人間普遍のテーマを抱えた秀作である。集団レイ
プで子を身ごもった被害女性の心のゆらぎを繊細な演出で造形したヤスミラ・ジョバニッチ監督と対
話する機会を得た。
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 旧ユーゴスラビア連邦の統合の求心的なシンボルであったチトー大統領が死去した1980年以降
、急速に解体に向かい、やがて凄惨な「民族浄化」を引き起こす武力紛争に発展した。その最大の紛
争地がボスニア=ヘルツェゴヴィナ。映画は紛争から十数年が経ち、復興しつつある首都サラエボが
舞台だ。しかし、戦争被害者には「平和」はまだ遙か彼方の遠さだ。
 「国連など国際機関の調査ですが、サラエボには集団レイプの被害者が約二万人暮しています。地
方から出てきた女性たちも多く、故郷に帰れないまま、貧困を強いられています。彼女たちの心の傷
はあまりにも深く、仕事を探すのも大変な状況です」
 レイプによって多くの女性が妊娠し、敵の兵士が父親であることは間違いのない子を産むことにな
った。子を産む前に自殺する女性や、出産後、子とともに自殺した女性たちもでた。
 「多くの被害女性にインタビューをし、調査報告もできるだけ目を通して、主人公エスマを造形し
ましたが、彼女の日常生活での立ち振る舞いは、実際に被害にあった女性のものです。その女性の家
に招かれたときにみた、彼女の立ち振る舞いがヒントになっています。私は彼女に仕事をみつけたの
ですが、職場が『暗い』という理由で働くことを拒否しました。はっきり言いませんが、集団レイプ
の現場と似たなにかを感じたのでしょう。他の被害女性たちも皆、トラウマから解放されていないの
です」
 映画は、内戦から十数年後のサラエボに住む中年女性エスマの日々を追う。内戦当時の凄惨な映像
はでてこないが、サラエボのそこかしこに砲弾の傷跡が口をあけている。
 レイプで身ごもり、母となった女性は、成長する子の存在を通じて日々〈過去〉と付き合わざる得
ない。エスマの娘サラは勝気な子だ。父を内戦で戦死したムスリムのシャヒード(殉教者)と信じ、
貧しさに耐えて過ごしてきた。しかし、出生の秘密を知ってしまう。多感な12歳の少女にとって、
それは予期せぬアイディンティティの崩壊だった。映画は、そんなサラと母エスマとの母子再生の物
語でもある。
 「映画の原題はエスマが戦争前、夫ともに暮していた地区の名『グルバヴィッツァ』。サラエボ市
民でなければ誰も知らない地名です。ボスニアと特定して、戦争を語りたくなかった。私は人間が苦
痛を覚えるということに、政治的な立場はないと思う。人間の苦悩と、その癒しを映画にしたかった
。女性に対するレイプも、戦争に限定されるものではなく、社会的なシステムのなかでも日常的に起
こっている。現在のエスマがナイトクラブで働くという設定も、そこが女性の性を商品化する場であ
ったからです」
 原題の「グルバヴィッツァ」は日本人も捨て置けない地名。何故なら、そこは日本サッカー代表チ
ームのイビチャ・オシム監督の生まれ故郷であるからだ。セリビア軍がサラエボに侵攻したときの最
前線であったために荒廃をきわめた。主人公エスマもそこで囚われた。
 「政府には経済的な力はありません。ですから戦争の被害女性たちの救済は国際機関に頼らざるえ
ないのが現状です。それと、彼女たちもみずから治療を受けようとはしなかった。何故ならボスニア
には精神的ケアをうけるのは恥ずかしいこと、世間体が悪いというふうに思われてきました。ですか
ら救済機関も、通ってくる女性に『日当』を支給し、生活援助が目的ということで治療を行なってい
ます」
 映画はボスニア政府も動かした。戦争被害者の女性を救済しようと、まず「マスメディアがキャン
ペーンを始めた。それで政府も重い腰を上げた」という自作に対する自信を隠さない一方、「持続的
な事業になるかどうかはまた別の話」と冷めた目で現実をみる。
 『サラエボの花』一作で国際的な評価を得たヤスミラ監督のもとに欧米から多数のオーファーが舞
い込んだという。
 「でも、ハッピーな映画なら資金を提供するという話ばかり。自分の内的必然で撮れるなら喜んで
協力してもらいますが、思うようにはならないわ」。
 満足なカメラもない状況のなかでもヤスミラ監督は信念を通そうとしている。

▼対話でヤスミラ監督は「内戦」という言葉を拒否した。「独立したボスニアに対してセルビアが攻
撃した戦争」という立場だ。しかし、独立したボスニアには多数のセリビア人が暮していた。そのセ
ルビア人が独立に反対して銃を取り武力紛争に発展したという意味で「内戦」であったし、国際的な
認識だ。しかし、彼女の言葉を活字化するに当たっては、彼女の立場を尊重した。

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