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チェ・ゲバラの若き日の旅の同行者グラナード死去

チェ・ゲバラの若き日の旅の同行者グラナード氏、ハバナで死去
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 2月8日に本ブログにアップした記録映画『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』の主役であったアルベルト・グラナード氏が5日(現地時間)、キューバ・ハバナで死去した。88歳だった。氏は、キューバ革命の英雄エルネスト・チェ・ゲバラの若き日の旅の同行者だった。
ゲバラと同じアルゼンチンのコルドバ出身であったグラナード氏は“無名”時代のゲバラの思想と行動を生活をともにした経験から語れる貴重な証言者であった。ゲバラがメキシコでカストロ兄弟と知り合い、キューバ革命戦争の指導者として闘っていた当時、同氏は南米ベネズエラでハンセン氏病の専門医として働いていた。ゲバラ自身もハンセン氏病を学んだ医学生であった。
1961年、キューバに革命政権樹立されると、ゲバラの招きでハバナに居住、ハバナ大学などで教壇に立ち、今日の医療先進国の基礎づくりに貢献した。
退任後は、ゲバラの継承事業に関わっていた。その仕事のひとつがブラジルのウォルター・サレス監督が撮った若き日のゲバラを描く『モーターサイクル・ダイアリーズ』へ制作顧問として参画したことは特筆されるだろう。映画は、ゲバラ自身の旅日記を原作としたもので、23歳の医大生ゲバラと29歳のグラナード氏が企てた南米縦断旅行を再現した映画だった。この時、劇映画とともにグラナード氏を主役とした記録映画『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』が撮られ、氏自身も同名の回想録を出版している。この時、グラナード氏は82歳であった。
ゲバラが南米諸国に革命が必要との確信を抱かせた旅として知られるものだが、その旅はグラナード氏が所有するモーターサイクル「ポデロッソ号」を駆って8カ月、約1万キロに及ぶものだった。この旅でゲバラはさまざまな社会矛盾と遭遇し、それを変革する夢がやがてキューバ革命へとつながってゆく。自身医大生であったゲバラにとってグラナード氏は6歳年長の先輩であった。氏がゲバラに与えた影響も大きかった。 
遺灰は母国のアルゼンチン、キューバ、そして医療業務に携わったベネズエラに撒かれるという。ゲバラと同じように国境を超えた活動を展開してきたグラナードの希望であった。 

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