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ラテンアメリカのキリスト教音楽と民衆歌

ラテンアメリカのキリスト教音楽と民衆歌

 必要があって日本基督教団賛美歌委員を務める川端純四郎氏の『CD案内 キリスト教音楽の歴史』を読んだ。膨大な作例を全15章に分け適宜、作品に対する簡潔明瞭な注釈と演奏批評まで行なう手際の良さに率直に関心した。誠実な労作である。ラテンアメリカ音楽の批評に関わることが日常となっている僕にとっては職能的な“技術書”でもあった。
 本書の価値を十分、認めながら敢えて書くのだが、はっきり言ってラテンアメリカの宗教音楽がすっぽり欠落している。著者が見るべき作例がないと判断してのことならしぶしぶ納得するが、どうも第一次作業としてラテン諸国からCDやレコードなど音源を蒐集するのが至難、手がかりがないので放棄した、というように思えた。手段は無論、ないわけではないが西欧諸国の新譜を点検するだけで手一杯でもあるようだ。その作業の煩雑さもむろん理解できる。
 寒冷峻厳な高地から灼熱の太陽に燻される低地まで標高差の激しいアメリカ大陸である。生命があふれむせかえる熱帯雨林、多種多様なサボテンが林立する山地もあれば、茫漠とただただ空虚にひろがる草原もある。茶褐色だけの砂漠もある。“地球の肺”といわれるアマゾンの巨大密林もあれば、大西洋と太平洋をつなぐ狭隘なパナマ地峡もある。ブラジル一国に西欧諸国の大半が収まってしまうほど広大なラテンアメリカ諸国の音楽を通覧するだけで至難の業だ。
 最近では録音技術の向上、制作が安価に容易になったことで小国の地方都市でもCDが制作されるようになったし、ユーチューブを通して世界中に発信することもできるようになった。
 特に、1993年の国際先住民年を契機とする民族文化の発掘、再生、保存といった事業が本格化するなかでこれまで埋もれていた音楽がたくさん“発見”され、録音された。そうした先住民文化の録音を継続的事業としているメキシコのライブラリーは充実したものだ。
 コロンブス以来、500年間のラテンアメリカ諸国におけるキリスト教布教史は西欧音楽の流布と土着の歩みでもあった。そこから風土に根ざした宗教音楽がおびただしく誕生した。そうした音楽いっさいを川端氏は、その篤実な仕事のなかでもすっかり看過されていると思った。否、西インド諸島生まれのカリプソのリズムを咀嚼した『主の祈り』一作は紹介されていた。それだけだ。
 本書のなかでギリシャの反骨の作曲家ミキス・テオドラキスの『サドカイ人受難曲』が紹介されている。テオドラキス
僕ならこれにテオドラスキが軍事政権の抑圧によって祖国を追われ、パリに亡命中にレコード化された『カント・ヘネラル』を付け加えるだろう。チリのノーベル平和賞詩人パブロ・ネルーダの詩篇から着想された民衆の祈りを歌い上げたものだ。この『カント・ヘネラル』を巡って先年、ピアニストで作曲家の高橋悠治さんからお話をうかがったことを思い出す。
 チリの隣国アルゼンチンにはフォルクローレ版ミサ曲『ミサ・クリオージャ』がある。アリエル・ラミレスという作曲家の作品で“ラテンアメリカの母”ともいわれる民衆歌手メルセデス・ソーサや、テノールのホセ・カレーラスの録音でも良く知られている。
 ペルーのアフロ系女性歌手スサーナ・バカの歌の多くは祖先の苦難を慰撫する哀悼歌である。
 ラテンアメリカではないが、中南米という地域概念のなかに含めればジャマイカ音楽も無視できない。西インド諸島生まれのリズムのなかで、もっともグローバル化したジャマイカのレゲェから『バビロン川』という珠玉の名編が生まれているし、ボブ・マーリーの作品の多くはアフロ系アメリカ人のアフリカ回帰を願う「宗教歌」でもある。そこでは「出エジプト記」から明白な啓示を受けているはずだ。
 レゲェを発芽させたのはジャマイカのラスタファリズムという逃亡奴隷たちが創造したアフリカ回帰運動だが、これと近似の関係にあるのがハイチのブードゥー教ありキューバのサンテリア、ブラジル・バイヤ地方を発祥とするカンドンブレである。
 権力者のカトリック文化のなかで生き残るためにキリスト教を受容し、耐えがたい奴隷の境遇を恨み、呪い、とどうじに慰安のときを過ごすための手段として、つかの間の享楽を煽りもすれば抑制もした土俗的宗教である。アフロ系ラテンアメリカ人にとって、死は苦難にみちた生活からの解放のときであった。そして、死は再生の営みのはじまりであり、そこで演奏され詠われ、踊られる葬祭の音楽はしばしば性交を模写するものだった。
 アメリカ大陸の先住民、西アフリカからやってきた奴隷や、その子孫にとって、イエス・キリストや聖母マリアは異形の“神”であった。しかし、これを受容しなければ生きてはいけなかった。彼らは、渡来の聖人を改変する。
 ラテンアメリカでもっとも親しまれているのが“褐色の聖母”グァダルーぺ。現在のメキシコ・シティ北部テペヤックの丘に降臨したといわれるメキシコの守護聖母である。アステカ帝国時代の地母神の生まれ変わりである。
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メキシコばかりでなく南はグァテマラやエル・サルバドル、北は米国のチカーノ(メキシコ系米国人)を中心にヒスパニック系市民にも広く敬愛されている。キューバの教会でもみかける。
 10年ほど前にメキシコの音楽学者が確証できる作例だけでグァダルーペ聖母讃歌は約400曲あると発表したことがある。現在も増えつづけている。メキシコにいけば海賊版でいくらでも、その「讃歌集」が廉価で入手できる。おそらくラテンアメリカではもっとも流布するキリスト教音楽だろう。庶民の市場でダビングが繰り返され、庶民の家庭にはいってゆく。
 グァダルーぺ讃歌のひとつに「ラス・マニャニータス」という曲がある。この曲はスペインにもあるのだが、メキシコではその旋律にグァダルーペの奇跡がのっている。
 メキシコではカトリックもエバンへリコ(ラテンアメリカにおけるプロテスタントへの一般的な呼称)も誕生パーティーは必ず、この歌を和して歌ってからはじまる。最近、公開されることが多くなったメキシコ映画を丹念にみていけば、「ラス・マニャニータス」が流れることをみるだろう。
 たぶん、北のチカーノ家庭でもその伝統は守られているはずだ。エバンへリコといえば、これまた数知れない教宣歌を制作している。露天で、そうした教宣歌だけを収録したカセット・テープ屋がグァテマラやエルサルバドルなどで数多く見られた。いまはCDに変わっているのだろう。
 メキシコをはじめスペイン植民地時代、総督府が置かれた諸都市の教会に残る宗教音楽を復元演奏、録音したCD化の試みが公的機関の継続的な事業となっているところもある。

 ラテンアメリカ生まれの「解放の神学」運動からも当然、多くの歌が生まれた。
 なかでもベネズエラのロス・グアラグアオというヌエバ・カンシオン系のグループが歌った「カサス・デ・カルトン」は、1980年代の中米紛争時代に民衆歌として中米諸国で広く定着した。特に12年のあいだ内戦下にあったエルサルバドルでは希望の歌であり、平和を希求する祈りであり、貧者の声であった。
 “貧者の教会”を目指す「解放の神学」派の聖職者たちは、この歌に生命を賭して社会正義を守護した。しかし、歌詞にへスス・クリストも聖母マリアも登場しない。貧しい妊婦と日雇い労働者、そして強欲な金持ちだ。そんな歌を凄惨な市街戦のなかで身をこごめる民衆が心静めるために口づさんでいた。生きがたい日常生活の場から“聖化”された歌だった。
 最近、日本で公開されたメキシコ映画『イノセント・ボイス』はエル・サルバドル内戦下に生きた少年たちを描いた秀作だが、ここに解放の神学派の聖職者と「カサス・デ・カルトン」との関わりを象徴的に示すシーンがあった。
 最近、映画の原作を書いたオスカル・トレス青年にあった。10代の前半を内戦下のエル・サルバドルで過ごし、独り米国に亡命した体験者である。映画は彼の体験をもとにつづられたものだ。まだ30代前半の話し好きの好青年だが、すでにおびただしい死を知り、不条理な日常を生き抜いてきた体験を持っている。彼が言った。
 「『カサス・デ・カルトン』によって私は救われた。この歌で生き延びる勇気を与えられた同胞は多かったはずだ」。
 川端氏の著書のなかに次のような一節があった。
 「今世紀(20世紀)の教会音楽の傑作の多くは、戦争の悲惨や人権の抑圧への抗議として誕生しています。(中略)人間はここまで暴虐であり得るのかという悲嘆の声が、そのような宗教音楽の中にほとばしり出ています」
 ラテンアメリカの宗教音楽もまた内戦下で、あるいは人権抑圧を恒常的な手段とした軍事独裁下への応答として生まれたことをあらためて確認できる。
(日本基督教団の牧師さんたちが自ら編集・発行する『fad』誌に掲載)

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自己批判

私の本を取り上げてくださって感謝します。仙台に住んでいますので、今度の大震災の後片付けや被災者の支援やらで手一杯でお便りするのがおそくなりました。ご指摘のようにラテンアメリカの音楽がすっぽり脱落しています。私の能力の限界だと言えばそれまでなのですが、スペインのラテンアメリカ征服以来、キリスト教がラテンアメリカでしてきたことを考えれば、真剣にラテンアメリカの「キリスト教」音楽の在り方について考えるべきでした。「解放の神学」については勉強しているのですが、その音楽的形態については考え及びませんでした。一つだけ言い訳をすれば、あの本を書いた時は、まだインターネットの時代ではなかったために、中古CD店をまわってCDを探す以外に道がありませんでした。今なら、もっと広くネットでさまざまな音源が入手できたのに、と思っています。蒙を啓いていただいたことにあらためて感謝いたします。

No title

こちらこそ恐縮です。
思いがけないコメントを戴き、ブログという形態もなかなか捨てたものではないとあらためて確認した次第です。現在の厳しい出版をめぐる状況は、川端様が充実した追補原稿を書いても再版とか改訂版といったことは至難だと思います。そうした状況を横目にみつつ、あのような専門外に手を出すような原稿を請われるままに書きました。そんな素人の原稿を川端様のような専門家のお目に留まって幸甚というしかありません。ありがとうございました。
大震災で被災されたようですが、どうぞご自愛の上、この夏を乗り切って戴きたいと思います。まだ日程ははっきりしませんが東北へ仕事へいく用事があります。もしお時間でもあれば川端様にお会いしたいと思っていますが、そんな時間的余裕はないのかも知れませんね。また、お便りいたします。きょうはお礼を兼ねて・・・。
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