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映画『サラエボ、希望の街角』 ヤスミラ・ジュバニッチ監督

映画『サラエボ、希望の街角』 ヤスミラ・ジュバニッチ監督
サラエボ、希望の街角

 この映画をみて、まず印象に残ったのはサラエボの復興の早さ、再建の光景だった。ボスニア内戦で傷だらけになった町は見違えるほどだ。
ジュバニッチ監督は2006年に長編第1作『サラエボの花』を撮った。弾痕を刻んだ廃墟がそこかしこに映し出されていた。カメラが避けようとしてもフレームのどこかに傷が入り込んでしまうという感じだった。その次作として撮られたのが本作だ。4年の歳月が流れた。廃墟が一掃されたサラエボ市街は、まるで21世紀のバルカン半島を象徴するモニュメントを、といった気負いすら感じさせる新建築が目立つのだった。
そんな未来への飛躍を感じさせる復興の街に住む若い夫婦のものがたり。夫アマル(レオン・ルチェフ)はサラエボ空港の航空管制官。仕事はたえず緊張を強いられる。しかし、内戦時代に兵士であった彼は戦闘の恐怖、あるいは非人道的な行為に手を染めなければならないとき、神経を弛緩させるために酒量をあげたらしく、過度のアルコール依存症に罹っている。おそらく、そんなふうに神経を病んだ元兵士たちは現在もバルカン半島にはたくさんいるのだろう。そんな夫を励ましつつ、治療に専念するように促す妻ルナ(ズリカ・ツヴィテシッチ)はナショナルフラッグのスチュワーデスとして多忙な日々を送っている。彼女もまた内戦時代にサラエボ郊外の家を失っている。両親は殺害されたらしい……。そんな戦争後遺症をともに抱える夫婦もボスニアには珍しくないだろう。ふたりとも世俗的なイスラム教徒だ。ユーゴスラビア連邦時代に進んだ宗教の世俗化のなかで、信仰心はあるけれど、是々非々で……といった態度で過ごしてきたようで敬虔とはいいがたい二人だった。
しかし、内戦はそんな二人の精神生活を揺るがした。キリスト教徒のセルビア軍との戦闘のなかでイスラムの原理主義も彼らの周囲で親しいものとなっていた。内戦後、サラエボの各所にイスラム寺院も再興された。
内戦後、イスラム教徒のボスニア市民の少なくない部分が原理主義的な信仰に走った。内戦で疲弊、生活苦に陥った市民をそうした宗教組織が手を差し延べたことも事実だ。夫婦のあいだに齟齬が生じれば、その感情の隙間を信仰が埋めようとする。そういう風土になった。
アマルはある時、職務中に酒を飲んでいるところを同僚に発見される。管制官にとって決定的な過失だ。解雇されると同時に、病院で加療する身となる。治療を受けるも酒を断つことはできない。精神の病いは薬ではなおせない。アルコールに頼ろうとする心の傷まで治せない。そんな焦燥の日々のなかでアマルは、かつての友と邂逅する。友人は原理主義的なイスラム教徒になっていた。その友人の導きのままイスラムの教えを学びなおす。それはアルコール依存から抜け出す道でもあった。しかし、妻はそんなふうに変わってゆく夫の姿を容認することはできなかった。ふたりのあいだに新たな葛藤が芽生える。
映画の主題は、夫婦愛、その絆についての模索、問いかけだろう。そこに普遍性があるわけだが、内戦の後遺症を抱える夫婦の絆は外圧によっていつ何時、血を噴き出すかも知れない。戦争は、その渦中より、平時を迎えたときの「平和」のなかにより傷が露わになるともいわれる。傷ついた肉体との折り合い、病んだ精神との戦いを継続させる。若い夫婦は、再建されたサラエボの町に寄り添って、あらたな愛のカタチをもとめ葛藤していく。
映画は惨酷な内戦で傷つきながら生き抜いた市民たちの心奥からの現状レポートである。報道のカメラはサラエボの街角を歩く市民を映し出し、戦後の平和を報道し祝福するだろう。しかし、それでは〈心〉はみえない。ジュバニッチ監督は映画という話法を使って、サラエボの傷んだ〈心〉を日本に送ってきたのだ。  

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