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砂の街・舞浜、そして沈黙する東京ディズニーランド

砂の街・舞浜、そして沈黙する東京ディズニーランド

3月30日、時間を都合して浦安・舞浜に行って来た。東京駅から京葉線を利用して舞浜駅で下車した。東京ディズニーランド(以下、TDL)へのアクセス駅であると同時に新興住宅地・舞浜に居住するサラリーマンたちの通勤駅でもある。
 TDLが1983年に開園してから〈3・11〉まで人口彩色・電飾で偽装された海辺の「楽園」から華やいだ大気が失せたことはないだろう。いや、昭和天皇崩御の日々のなかで自粛はされたと思うが、今回のように物理的な地震の影響で営業を阻まれたことはなかった。震源地から300キロ離れた「楽園」は沈黙を強いられた。
 舞浜駅構内から広い遊歩道で「楽園」の入り口に架橋されている。その架橋はいまとざされている。眺望できるアトラクション施設はいかにも写真のネガフィルムのように色彩感なく森閑と静止していた。人気のない遊園地ほど寂しい場所はない。
 その「楽園」と反対側は住居地域でもあるから、そこに住む市民たちの利用もあって、華やぎこそないが駅そのものは郊外駅ほどのにぎわいはあった。けれど、「楽園」への足がかりとして利便を放棄させられた駅構内、周辺の付帯設備はみな閉鎖されていた。駅構内そのものに損傷はみられないが、駅前の舗道は無惨だった。地割れ、隆起、吹き上げた砂の山。その光景は舞浜の住居地域へつらなる光景であった。
 舞浜3丁目の新興住宅地を歩く。ガレージや内庭に砂が流れ込んだ家が多いようだ。家の壁に染みた黒い痕が地震当日の惨状を物語っている。砂はみな家の前や、舗道脇に寄せられ、水分を失った砂は風に舞い上がっていた。飛散をふせぐため水を撒こうにも蛇口は沈黙したままだ。
 TDLが埋め立て地であるように、そこもまた人口的に波打ち際を後退させてできた造成地だ。地盤が強かろうはずはない。
 「楽園」が人間の向日性のほうらんたるアイデアの象徴として在(あ)るなら、埋め立て地の上に建つ住居は建築工学の粋を集めたものでなければいけない。けれど、公共施設ではない分、何モ起コラケレレバ、と大前提で見栄えの良さが優先された、と思われる新興住宅地だった。埋め立て地というセールス的な難点を、不動産業者はおそらく「楽園」への隣接、都心への至近性を謳って補填したように思う。地震さえなければ、その「高級新興住宅地」の住民は大いにプライドを保てたはずだ。しかし、〈3・11〉は資産価値を一挙に下げた。舞浜地区で被災された住民の方には申し訳ないが、そう思う。これから不動産業者や行政機関などを相手に補償問題でまたご苦労されると思うが、埋め立て地を積極的に選んだ地震国の市民としての自己責任というものもあると思う。大きな地震によって液状化が起きることは、すでに周知されていたはずだ。
 300キロも離れた資源地から、首都圏はさまざまな直接的な示唆を受けた。震源地が近ければ「楽園」そのものも「失楽園」となっていたかも知れない。それは原発事故でも同じだ。もし、房総半島の外房や茨城の鹿島灘あたりにあって津波の被害を受けていたら首都圏はどうなっていただろう。
 東京湾岸沿いに多くの埋め立て地がある。ひとはそこをウォータフロントといったりする。震源が近ければ、そこもまた津波の被害を受けることもあるあるだろう。誰がその可能性を否定できようか。虚栄のようなセールス文句でゼロが増える付加価値は見直されるべきだ。世界でも希有(けう)な地震国ではおのずと独自の尺度があるはずだ。そんなことを思った舞浜への半日の旅だった。

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