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映画『ナージャの村』 本橋成一監督 ベラルーシの小さな村の平和な光景に潜む〈地獄〉

映画『ナージャの村』 本橋成一監督 
 ベラルーシの小さな村の平和な光景に潜む〈地獄〉
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 チェルノブイリ原発事故はウクライナ共和国で発生したが、風向きであったのだろう北隣のベラルーシ共和国に放射性物質がおびただしく降りそそいだ。
 この映画の舞台となったドゥヂチ村とは放射能で汚染され、政府から立ち入り禁止にされた廃村である。しかし、廃村にも数家族が住みつづけている。その家族の日常をたんたんと撮りつづけた映画である。
 村の自然は美しい。ロシアでは秋を“黄金の秋”といって愛でる。私自身、秋に旅をしてロシア、ウクライナ、モルダビアでその黄金の果実を賞味している。映画はリンゴの収穫の光景からはじまり、麦の刈り入れ、冬自宅の飼い葉刈り、地吹雪、そして春……廃村となった村には電気も水道も途絶している。役所もなければ学校も郵便局もない。そこには遙かな昔からつづくスラブの農民たちの質朴な暮らしがあるだけだ。それを20世紀の科学が破壊した。
 のどかな暮らしが静かに流れてゆく。しかし、スクリーンに映し出された美しい樹々、肥沃としか思えない大地……そこには確実に人を侵す放射性物質が巣喰い。ゆっくりと、が静かに人体をむしばんでゆく。放射性物質の半減期は途方なく遠い。それを知りながらも農民たちは動かない。そんな村がベラルーシにもウクライナにも多数、存在しているのだ。政府が強制的に村人を排除することも可能だろう。実際、そうされてきた村もたくさんあり、村ごと町ごろコンクリートでかぶせられてしまったところもある。けれど、ドゥヂチ村のようにあいまいに遺された村もある。僻村ゆえに放置されたのかも知れないし、放射線量が微妙に推移しているのかも知れない。それは誰にも解らない。政府が廃村と決めたとき、そこに人は存在しないことになっており、調査などはもうされない。そういう村もまたたくさんあるのだろう。
 どこを切り取っても平和でのどかな光景、そして穏やかな村人たちの生活。カメラはそんな村の生活を恬淡と切り取る。そんな光景のなかに、村の入り口に立てられた、「立ち入り禁止」の立て看板、そして放射線で汚染された村であることを示すマークだけが、時折りスクリーンの端を横切る。
 政府の地図にはもはや存在しない村。公共の便宜はいっさい途絶えているから、ここに一個の放射能を計測する線量計も存在しない。もし、あったらいたたまれないだろう。
 「私はこの土地でくらすのが恐ろしいのです。線量計をもらったけれど、なんで私にこんなものをくれるの? シーツを洗う、まっ白だというのに線量計が鳴る。食事のしたくをしても、パイを焼いても、鳴ります。ベットを整えても、鳴ります。なんで私にこんな
ものをくれるの?」(『チェルノブイリの祈り』から)

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