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2010*国際民俗芸能フェスティバル  民族の”歌の力”

2010*国際民俗芸能フェスティバル  ”歌の力”

国際民俗芸能フェス 2010
 〈歌〉には歳月を超えて民族の永続性を支える根源的な力があることをまざまざとみせてくれたパフォーマンスであった。
 文化庁が主催する毎冬恒例のイベントでは毎回、新鮮な感動を覚えている。終演後、2月の冷気のなかに送り出されても、いつも五感は満ち足りた熱さでほくほくしている。今年(2010年)も日本の三芸能にタイとエストニアの民衆芸能が披露され、それぞれ堪能したのだったが、なかでもエストニアの小さな島キフヌからやってきた「民俗芸能団」による伝統的な結婚式を再現した歌と踊りに、この国の民族自立の意志、誇り高さをうかがえて感動した。意志、と書いたが、何時果てるとも知れない闘いを生き抜くためには強さも必要だが、それだけでは持続できるわけがなく、そこに民族の明確な統一ヴィジョンがないと「意思」にはならない。
 バルト三国のひとつエストニアは他の二ヵ国どうよう大国のはざ間で独立を圧殺されてきた。ソ連邦に併呑されてから母語はロシア語によって公用語から追放された。そのあいだエストニア人は伝統的な民謡や習俗のなかに母語の生命力を絶やさぬように息づかせ独立の春を待った。バルト三国のソ連邦からの独立運動は「歌の革命」とも呼ばれた。その歌はそれぞれの母語によるものだった。
 キフヌ島からやってきた人たちは「民俗芸能団」とされているが、来日した15名のグループはみな半農半漁のけっして豊かとはいえない村の農婦たちであり、ふつうの主婦、娘さんたちだ。彼女たちはルノと呼ばれる応答形式の合唱の巧みな歌い手であった。紅色を基調とした民俗衣裳は村の女たちの盛装であるらしい。そんな盛装の女たちが結婚式の祝い歌を踊りながら披露してくれた。
 解説によれば村の結婚式をそのまま短縮してみせたものだという。「芸能団」とは来日にあたって急遽、名づけられた便宜的なもので芸能を生業としている人たちでない。帰村すればあわただしい日常、家事が待つ主婦であり娘たちであった。そういう生活者たちが、生きたいならロシア語を学べと強いられるなかで、エストニア語文化を気負いなく守ってきたのだ。家計をあずかる賢い主婦のごとく。
 こんかいの出場者のなかで唯一、芸能を生業としていたのはタイ東北部の農村地帯からやってきたプムパンヤータ伝承グループ。宗教祭事や結婚式で必ず出番のあるというモーラム(歌うたい)。日本では雅楽の楽器となった笙だが、中国南部やインドシナでは農楽の民間楽器であり、踊りながら演奏される野趣に富んだものだ。モーラムもタイでケーンと呼ばれる笙一本を伴奏に時代を反映する歌詞を即興的に歌いこみながら披露される。当夜のモーラムには経済のグロバリゼーションの弊害なども歌い込まれていたのには驚いた。
 宮城、奈良、そして愛媛の芸能もそれぞれ印象深いものだった。なかでも愛媛県今治市の「高部の獅子舞」はヴィジュアル性、スペクタクルな男芸として正に、柳田國男謂うところのハレの典型的な民衆芸能として特級品であった。   
▼2月9日、東京・新国立中劇場にて。

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