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書評 広河隆一『沈黙の未来  ~旧ソ連「核の大地」を行く』

書評 広河隆一『沈黙の未来  ~旧ソ連「核の大地」を行く』
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 地震は人間の力ではどうしようもない天災ではあるけれど、原発事故は人災である。東電や国は“想定外”の地震・津波を予測しきれなかったと弁明した。しかし、過去、おなじような規模の津波が東北沿岸地帯を襲ったことは過去のデータで実証されている。伊達政宗の時代に仙台近辺の沿岸が津波で襲われ、その教訓をいかして江戸へ通じる街道が整備され、今回の津波では、その街道の手前までしか津波はこなかった。先人の教えが活きた。つまり、福島浜通でも今回のような大津波はじゅうぶん予測できた。虚心に歴史を学べば、それに基づいて防災計画ができたはずだ。原発の立地候補地として選定事業をはじめたとき、歴史資料も検証されなかったとすれば、それ自体が“人災”である。
 本書はチェルノブイリ原発事故の災厄と、冷戦時代、核兵器開発の拠点として政府の厳重な管理下に置かれ、外国人が近づくこともできなかったウラル地方チェリャビンスクで起きた核爆発の現場を取材したものだ。ふたつの事故現場の取材を通じて告発されるのは、ともにさまざまな“人災”である。
著者は社会派のフォトジャーナリストとしてパレスチナ問題の追究で地道な成果をあげてきた人。その広河が繰り返し取材してきた中間報告として提出した記録だ。
病床の子どもたちは自分の耐えがたい痛苦の原因を語るすべはない。だから広河は親や医師、看護婦、さらに人権団体の職員などにインタビューを通して子どもたちの声を代弁する。あくまで被災児童が主人公である。
 取材するなかでさまざまな政治の弊害、加害責任まで問われてゆく。
 原発が人間にコントロールされることが前提で開発・設計されたものなら、いったん事故が起きた場合の措置も人間が処理することになる。しかし、原発でいったん事故がおきれば、その時の天候次第で被害地域は変動してしまう。ひとはその天候を基本的に制御できない。地震が制御できないのとおなじだ。
 本書には恐ろしい話がたくさん語られている。放射能を含んだ大気が風向きでモスクワ方面に流れることを防ぐためクレムリンは人口雨を降らせ、そのためベラルーシの汚染が拡大した、というようなまことしやかな話。事実は壮絶である。広河は幾度も同じ地域を繰り返し取材しているが、広大な汚染地域からみればほんの一部に過ぎない。それでも核事故の被害というものの底なしの怖さを抑えた文章で綴っていく。私観をできるだけ避けるために現地の人たちの証言に多くを語らせている。そこで浮かび上がってくるのは、被曝した被害者の生命すらも科学データとして扱い、治療を怠ることによって被曝による人体への損傷状況をデータしているのではないかと疑われる事象なども書き込まれている。軍事優先下で核事故を隠蔽するために放置されたちるチェリャビンスク被爆者たちの悲劇……。
 ウラル地方の巨大核事故の事実は、ソ連邦崩壊前から米国をはじめ西側諸国もその実態を知っていた。しかし、自国の核兵器開発を推進するための世論操作として、それを公にすることはなかった。しかし、西側へ亡命したソ連の科学者が『ウラルの核惨事』と本を書き、それは日本でも翻訳された。だが、それを検証するため冷戦下では取材はいっさいできなかった。広河はソ連邦解体後に、ロシア当局と粘り強く交渉して取材に入った。その報告が本書の第一部であり、チェルノブイリ関係の取材は第2部に収録されている。

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