スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バレエと映画 1 ナタリー・ポートマン主演映画『ブラック・スワン』と歴代のバレエ映画

ナタリー・ポートマン主演映画『ブラック・スワン』と歴代のバレエ映画
  ダーレン・アロノフスキー監督
    ・・・『愛と喝采の日々』、『赤い靴』
ブラック・スワン

 バレエ映画は大きなスクリーンで観たいものだが、仕事だ、大作もたいていマスコミ用の試写室で観ることになる。気になれば公開されてから映画館で観ることになるけど、意外とそうまでして再見したいと思うバレエ映画は少ない。結論からいえば、この映画を観にわざわざ映画館まで足を運ぶことはないだろう。
 で今年のアカデミー賞主演女優賞を獲ったナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督)は是いかにと期待して六本木の試写室に出かけたが、彼女の演技ばかりが突出して映画それ自体は大した作品ではない。主要部門に軒並みノミネートされながらオスカーを獲得したのがポートマンだけということで、それは証明されていよう。
 ポートマンの才能は確かに図抜けたところがある。地力としての演技力にくわえ、役に対する入れ込み、努力を惜しまない。日本的にいうとすこぶるつきの根性をもった女優さんだ。
 ときには、あふれる個性を抑え、突出するのを注意深く控え、凡庸に演技することもできるしたたかさも持っている。たとえば、制作すれば世界的ヒット間違いない『スター・ウォーズ』の「エピソード」シリーズ3作でアミダラ役を演じている。そこでは肩の力を抜いている。娯楽映画では映画会社の意図通りビジネスライクに演技して力演しない。いわば被雇用者の立場をわきまえいる。
 その反面、『宮廷画家ゴヤはみた』では魔女狩りに遇い宗教裁判にかけられる良家の子女役とか、『ブリーン家の姉妹』ではイングランド王家の相続を巡る係争のなかでしたたかに関わり権謀にも長けたアン役といったキャスティングには自ら能動的に役作りをして、独自の存在感を示す。そんな才能である。
 しかし、クラシック・バレエ界、なかんずくプリンシパルを描いた映画における主演女優ということでは、『赤い靴』や『愛と喝采の日々』といった名作を知るものにとっては、ポートマンが幾らがんばっているとはいえ、そこはバレエの素人、型だけ真似ても、みればすぐ化けの皮は剥がれる。バレエ映画は舞踊シーンが生命線なのだから、これはそれなりに訓練を積んだバレエに比重を置いた「女優」さんが演じた方がいいに決まっている。
 『シャル・ウイ・ダンス?』が成功したのはバレリーナの草刈民代さんの演技力があったからだ。ポートマンの演技力はさすがだがバレエはまったくなっていないし、だいたいシナリオに無理がある。
 人気バレエ団でながいことプリンシパルとして活躍していたバレリーナが肉体的な衰えを理由に引退させられる。そして、あたらしいプリンシパルの誕生だ。美貌に恵まれ、才能もあり技量も問題のないニナ(ナタリー・ポートマン)がその筆頭候補にあがるが、欠点もある。負けず嫌いのくせに神経症的に小心なのだ。よい子過ぎて羽目を外さなかった優等生タイプ。けれど、ステージでは女性の純血を象徴する白鳥と、反対に邪悪性を象徴する黒鳥を演じることになる。しかし、黒鳥役に難があると指摘された。ニナはそれに悩む。役を獲得したいから無我夢中で練習にも励むも、役になりきれないもどかしさに懊悩する。その過程で少々、精神分裂症気味になってしまうのだ。このあたりはサコティックな雰囲気になって、作り物にみえてくる。そして、バレエを少しでも知るものなら、この映画がむなしい作り物話として思えてくるだろう。
 つまり、ニナのように美貌に恵まれ才能もある若いバレリーナは世界には掃いて捨てるほど、とはいわないまでも、けっして少ない数ではない。そこから世界的な名声を獲得するのはほんのわずかな才能だけだ。美貌と才能、プラス努力型であり、度胸もあり、いかなる逆境にもめげない精神力の強さをもつ者だけがプリンシパルの座を獲得する。だから、ニナのように主役を獲得しながら、自信喪失といったふがいない精神力の持ち主では絶対にプリンシパルにはなれない。『白鳥の湖』でいうなら、目立つはするが所詮、群舞にすぎない「四羽の白鳥」の踊り役を獲得するのがせいぜいなのだ。
 したがって、ニナ役は映画的真実というもので、現実にはまずあり得ない話だ。しかし、そんな作り話も、俳優の力量で魅せてしまう。それがナタリー・ポートマンという女優なのだ。
 ニナの敵役となるリリーを演じたミラ・クニス、舞台監督ルロイを演じたフランスの俳優ヴァンサン・カッセル……この3人の才能でもっている作品だ。ナタリーはイスラエル出身、ミラはウクライナ、そしてカッセルはフランスの人気俳優。ハリウッドのすごさは世界中から才能を集める吸引力だが、その成果が見事にあらわれた映画としては特筆されるだろうし、記憶に遺されるだろう。
 愛と喝采の日々
 そして、『ブラック・スワン』をみた若いファンは、レンタル屋さんで『愛と喝采の日々』(ハーバード・ロス監督*1977)を借りてみて欲しい。私のいわんとしていることが了解できるだろう。
 シャーリン・マクレーンとアン・ヴァンクラフトの火花を散らす演技もさることながら、プリンシパルへの道を駆け上がっていく少女を演じたレスリー・ブラウンの演技力とバレエそのものの実力も見応えある。くわえてソ連から亡命後、初の劇映画主演となったミハイル・バリシニコフのバレエは当然としても、並みいる名優を前にした演技も遜色なかった。草刈さん並みに。
 バリシニコフはこの映画の成功によって、次作でタップダンスの名手グレゴリー・ハインズと組んでバレエも魅せれば、アクション・スター並みの活躍をする映画『ホワイト・ナイツ』(テイラー・ハックフォード監督*1985)に主演する。反ソ臭が強く、バリシニコフの亡命を肯定する姿勢で撮られている作品だった。
 しかし、ソ連(ロシア)のバレエ界はバリシニコフというスターを失ってもすぐ次世代が誕生するほど土壌は豊かだ。われわれはバリシニコフの後、ウズベキスタン出身のルジマトフを認めることになる。『愛と喝采の日々』でバリシニコフと踊り、ベッドシーンまで演じたレスリー・ブラウンはその後は恵まれなかった。
shoes.jpg

 『ブラック・スワン』にしても、『愛と喝采の日々』にしても、そこで演じられるバレエそのものは古典である。バレエが映像という手段のなかで、また別の表現方法がある、という明確なビジョンをもって制作されたのが、『赤い靴』(マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー共同監督*1948)である。
 映画という表現手段がなし得る編集による時間処理、詐術、トリミングなどを使って、映画でならではの表現を見事に実現している。この映画もまたプリンシパルの新旧交替がテーマだが、その新人プリマ役を演じたモイア・シアラーのバレエ・テクニックとドラマの部分での演技力も素晴らしいのだ。という意味ではクラシック・カテゴリーのなかでは、もっともすぐれたバレエ映画だと思う。『白鳥の湖』『コッペリア』『ジゼル』など古典のエッセンスもきちんと魅せるサービス精神も嬉しい。バレエそのものを新しく魅せるということでは、『ブラック・スワン』や『愛と喝采の日々』より優れているのだ。
 そして、どうしてそういうことになったのかと、マーティン・スコセッシ監督がオリジナル・ネガを処理・復元したデジタルマスター版を数日前、試写でみて納得した。そこにはニジンスキーやストラビンスキー、ピカソやココ・シャネルの才能まで取り込んだディアギレフのロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の深甚なる影響下で撮られ、その実験性の直系であろうとする意気込みのような熱気がそこにあるのだった。いや、ニジンスキーの模倣ともいえる創作まである。そのバレエ・リュスのエキスは映画では、『ブラック・スワン』の方へは流れず、『ウエストサイド物語』の方へ流れたのではないかとさえ思える。古典でも魅せれば新作物にも意欲的なニューヨーク・シティ・バレエの十八番のひとつが『ウエストサイド物語』であることを思い出す。このバレエ団の創立にかかわったのがバレエ・リュスの振付師だったグルジア人のバラシンであったことを思い出す。
 古典から離れていえば、『ウエストサイド物語』の時代の不良たちはやがてNYサルサの創造に関わり、育み、やがてダンス音楽はラテン・ティストが主流になってゆく。 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。