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映画『光のほうへ』 福祉の国の人たちの心の闇

映画『光のほうへ』
  トマス・ヴィンターベア監督
光のほうへ

 〈光のほうへ〉……良い邦題だと思う。原題は「サブマリーノ」潜水艦、転じて「水に顔を押しつけられて、自白を強要する拷問の仕方。更には、もがいてももがいても、浮かび上がれないどん底人生の意味も」あるということだ。映画のストーリーは、その最後の「もがき」の日々というものにもっとも近い。
 貧窮が貧困を生み出み、さらに……という負の連鎖。ひとつのつまずきが後半生をかぎりなくデスペートな色彩に染めてしまう。希望を失い、自分自身をももてあまし自暴自棄となってしまった人、でも人間の優しさを捨てきれない人はたくさんいる。悪の道にさまよい込んでも、悪人には成り切れない人たち。真の悪党とは精神病理学的な領域だ。
映画は、生育の過程で貧しさゆえ、視界を灰色に曇らしてしか日常がみえにくくなった青年たちの話だ。そして、その青年たちに共感するでもなく反発するのでもなく、あくまで醒めた視線で、それぞれの生き方を捉えようとしている。
 カメラは北欧デンマークのコペンハーゲンの寒々とした街路を這い、鬱屈した灰色の気配に満たされ、そぼ降る雨は氷雨といった感じだが、監督の「光のほうへ」誘(いざな)おうとする意図が親密に感じられて、けっして不快にはならない。
 アル中の母親と暮らす腹ちがいと思われる小学生の兄弟。彼らにはもう一人、乳児の弟がいた。その子もたぶん腹違い。アル中の母親は育児放棄している。彼女にも生きがたい辛さを抱えもがいている。兄弟には、それが何なのかうかがいしれない。育児はまったなしだ。兄弟はミルクを万引きしながら懸命に育てようとする。名さえない男児に兄弟は電話帳を頼りに命名する、マーティンと。
 しかし、ある晩、兄弟はマーティンの面倒を忘れ死なしてしまう。不慮の事故といえるものだが、その死は、兄弟にとって父親知らずの寂しさや、不在がちでどうしようもない母親をあきらめて懸命に生き抜こうという意欲を失わせるにはじゅうぶん過ぎる悲劇であった。
 映画は十数年、飛んで成年となった兄弟の暗澹たる生活を描写する。
兄はホームレスだし、弟はヤク中でよるべき日常をおくりながらもひとり息子をなんとか育てているという窮迫した生活。ふたりが幼い男児を死なせた後の青春というものが、どれだけ荒廃したものであったかが浮き出てくる。
 それでも、喘ぐように暮らしながらも人間的な優しさは失っていない。ヤク中になっても育児放棄しないことで理性を保とうとしている弟の姿は痛々しい。それは切々と訴えてくる何かがある。兄は、友人の身代わりとなって殺人犯と誤認されても、それを恬淡と受け入れてしまうほどペシミスティックな感情に侵されている。そんなふたりが母親の死を契機に数年ぶりに再会する。
 ふたりを繋ぐ言葉は限りなく少ない。瞳が現実を語り、たたずまいの焦燥に荒廃が隠されている。お互い傷を切開するような言葉の露出に臆病にもなる。その交流は痛々しい。
 デンマークという国は社会福祉の先進国としてしられる。日本でも優れたモデルケースとして政治家がよく視察に訪れるもする。
 いくら人を救う制度が充実しても、手をさしのべれられるのは表層の部分であって、心のなかまでは癒せはしないと語っている。小さな国だがホームレスの割合は日本とさして変わらないようだ。経済的な貧困に喘ぐ国の市民がけっして不幸とは言えないように、経済的に恵まれ福祉制度がいくら充実しても、人はそれぞれ心に闇を抱え、傷を癒しながらやんごとなく生活をつづけてゆく。そういう人間存在の弱さに優しく寄り添った映画だ。優しいが、日本映画のおおいなる弱点といえる感傷性とはまったく無縁だ。透徹した優しさとでもいえようか……。
 成年になった兄弟を演じる二人の演技は素晴らしい。その抑制された立ち振る舞いには説得力がある。兄を演じたヤコブ・セーダークレン、ヤク中の弟を演じたペーター・ブラウボー、ともに好演だ。デンマークの映画や演劇の情報は少ないが、監督のヴィンターベアの才能とともに西欧の成熟した文化の土壌の豊かさを感じさせる。
             

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