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『サツマイモと日本人 ~忘れられた食の足跡』

『サツマイモと日本人 ~忘れられた食の足跡』 伊藤章治著

 スペイン語でトマトを「トマテ」、トウモロコシを「エロテ」、チョコレートを「チョコラテ」、そして、サツマイモを「カモテ」という。他にもあるが以上で十分だろう。まず、その語尾に注目して戴きたい。皆、「テ」TEで終わる。これはメキシコ中央高原に住んでいた先住民言語のナワトル語起源を意味する。アステカ帝国の公用語であった。
 エルナン・コルテスがアステカ帝国を滅亡させ、その地にスペイン副王領を建ててからスペイン人も食し、栽培法を学びヨーロッパにもたらされた貴重な作物であることを示す。
 やがて、カモテ、いやサツマイモは痩せ地でも容易に繁殖し栄養価も高い救荒作物として認識されると、たちまちユーラシア大陸各地に伝搬してゆく。
 日本にもたらされたのは1597年、中国から現在の沖縄県宮古島にはいったのが最初といわれる。コロンブスの新大陸到達から約100年後、日本にも現れた。
 本書は、日本に流入してからいかに日本人の飢えを救ったかをつまびらかにした好著である。その救荒作物を象徴するエピソードとして第二次大戦中の南方戦線、補給路が伸びきった孤島に残留させられた日本軍将兵は飢餓におちいる。その飢えをしのぐために植え付けられたサツマイモの話が出てくる。そのサツマイモは沖縄で品種改良された、熱帯の地の栽培に適した「沖縄100号」であったと解かれる。そして、沖縄とサツマイモの話にもどって、日本列島を北上していきながら日本の歴史と文化におけるサツマイモのありようを鮮明化させるという内容だ。簡素で分かりやすく説得力に富んでいる。
 ナワトルの地メキシコ中央高原での現在のカモテの位置はじゃがいもほど高くない。
 アステカ時代は菜食が多かったはずだが、スペイン文化の定着によって肉食嗜好となったメキシコ料理ではじゃがいもほうが合うのだ。これは日本の戦後食事情を説明する著者の記述のなかでも象徴的に提示されている問題で、高度成長を迎えた昭和40年代に日本人の食生活が激変する。
 日本でサツマイモとじゃがいもが栽培されるようになってからずっとサツマイモが作付け面積でも収穫量でも多かった。それが昭和43年に逆転する。日本史のなかではじめてのことだった。以来、年々、じゃがいもの収穫量はサツマイモとの差をおおきくしていく。それは肉の消費量と軌を一にする現象である。メキシコで起きたことが、日本でも同じように起きた。 ▼PHP研究所刊・760円

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