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ラテンアメリカの女たちは耐え、歌い叫び、そして詩魂を滾らせる

 ラテンアメリカの女たちは耐え、歌い叫び、そして詩魂を滾らせる



 木々のたたずまい
 そのおもざしは
 刹那のものだ

 1951年生まれのメキシコの現代詩人コラル・ブラーチョの「木々のたたずまい」(松下直弘訳・注1)。分け書きすると韻律が宿るが、繊細な感覚で切りとられた寸景は俳句の縁取りである。芭蕉の影響を留める。実際、ラテンアメリカには俳句に親しむ詩人が多い。ブラーチョはメキシコ現代詩のなかにあって斬新的で官能的な詩をかく女性詩人だが、意識的に紡ぐ短詩の世界には東洋的な観照、あるいは無常観が象徴されているように思える。もう一編、ブラーチョの短詩「インディオの声」(同訳・注2)を引用する。

 消えゆく
 声の痛ましさ 永久の
 深い声
 やがて消える やがて消える声
 われわれにとっては

 ブラーチョは自らの体内を流れる血に先住民の流露を知覚する。メキシコでは先住民とスペインなど西欧人との混血層をメスティーソというが、彼女は自分の血が子に引き継がれ、孫に受け継がれてゆくごとに先住民の血は薄まっていくのか、と問いかけている。
 ラテンアメリカ文学は「先住民」は欠かせない構成要素である。広大な大地を愛そうと思えば、先住民の女たちの血と涙を詠わずにはいられない。
 ラテンアメリカで最初のノーベル文学賞を受賞したチリの女性詩人ガブリエラ・ミストラルの詩「熱帯の太陽」(注3)。
ガブリエラ・ミストラル

 インカの太陽、マヤの太陽
 円熟したアメリカの太陽
 マヤ族、キチェ族が認め、あがめた太陽
 古のアイマラ族は琥珀のように
 その太陽の中で燃やされた
 決起する時、赤い雉になり
 和合する時には、白い雉となる
 人間と豹の血統を
 太陽は塗り、刻印する     
      
 ガブリエラの豊穣な世界をこの詩ひとつで象徴すべきではないが短い紙幅なので、あえてこれを選んだ。ガブリエラがここで歌い上げるのは広大なラテンアメリカを共通の文化圏としてとらえ一体感を希求する魂。そして、「人間と豹の血統」を太陽の恵みを受け絶やすことなく生命を育むのは大地の母たちである。
 広大な太陽と緑の地をひとつの文化圏とみなし植民地支配のくびきを解くことを自覚的に主張したのはキューバの詩人であり革命家であったホセ・マルティだが、ガブリエラはその志を引き継いでいる。しかし、その視座は女性〈性〉である。ガブリエラのノーベル賞受賞は同じチリの詩人パブロ・ネルーダに先行した。第二次大戦のあいだ中断を余儀なくされたノーベル賞の授与者の決定、授与式だった。戦火が止んだ1945年には、はやくも平和の到来を祝って授与式が行なわれた。ガブリエラへのノーベル文学賞は「新大陸」で最初の授与であった。しかも南の途上国の女性詩人が選ばれた。大戦後のあたらしい世界像が象徴されたのだ。
 
 ラテンアメリカの地に多くの女性詩人の名が刻まれている。涙や血の潤いで肥沃な地深く、それらの名は根を這っている。しかし、ここでは逐一、語るわけにはいかないのでひとりだけガブリエルから遡ること三百年、スペインの植民地であったヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)の修道院で時代の桎梏から抜け出そうと足掻き、苦しみ、自死ともとれる奉仕と献身のなかで夭折したファナ修道尼ことイネス・デ・ラ・クルスについて触れておかねばならない。
juana_ines.jpg

 私が幸福だということに致しましょう
 悲しい思いつきですが、つかのまのことですから
 あなたは私を説得することがおできになるかもしれません
 私はそうではないことを分かっているのでございますが
 不幸の原因はただ私の理性にあるのだと
 世間では言われていることを
 あなたが自分を幸福だとお考えになれば
 さほど不幸ではないでしょう
 時にはその理性が
 私にとって休息になればよいのですが……       ……(林美智代・訳)注4

 女性が高等教育を受けることが適わなかった時代、彼女は当時の学問センターであったカトリック教会で献身することを引き換えに新しい思潮を学ぼうとした。
 スペイン経由で送られてくる書籍や化学の実験用具で学び、同時代のメキシコにあって類いまれな叡智の人となる。詩人として彼女は名は残っているが、まず思索の徒であり、その自己表現の発露として劇作し演出し、音楽をつくり、天文学まで視野を広げた女子教育者であった。ラテンアメリカ文学史ではファナ修道尼の名と詩は「旧世界」から投げられる思潮に対する、「新世界」からの雄弁な応答として銘記される。
 しかし、あまりにも時代に先駆けて思索をめぐらせた彼女の知性、そのものが「異端」であった。まず、保守的なヌエバ・エスパーニャの教会から疎んじられ、まず書くことを禁じられた。つづいて書籍一切を没収された。精神の砦が破壊された。拒絶すれば異端審問の憂き目にあっただろう。そうして生きる意味を失ったファナ修道尼は不治の病者をあつめた病棟での奉仕に進み出ていった。前掲の詩はみずからの運命を時代の限界のなかで冷厳に見つめた静かな覚悟が静謐に語られている。
 ファナ修道尼が女性であるがため夭折の寝棺となった修道院には、グァダルーペの聖母像が祭壇に祀られていた。メキシコの守護聖母である。聖母の皮膚は「新世界」の先住民の肌を示す褐色である。
 アステカ帝国がエルナン・コルテス征服軍によって滅亡してから10年後の1531年12月、メキシコ市北部のテペヤックの丘に先住民男性の前に「聖母」が降臨し、奇跡を行なう。その丘には現在、グァダルーペ寺院が建っている。その奇跡譚を詳細に語れば一書になるものだが、ひとつだけ書いておけば、その丘はアステカ時代、神殿があったところでトナンツィン「神の子の母」と呼ばれる女神がすまうところだった。メキシコ先住民はトナンツィンの化身としてグァダルーペの聖母を捉え、カトリック教会はあくまで聖母マリアの降臨と解く。
 「新世界」にはじめて奇跡をもたらしたのはイエス・キリストではなく聖母マリアであった。女性〈性〉がまず選び取られる。それから500年、「聖母」讃歌は無数に生まれ、いまも歌い継がれている。それは詩、聖歌、俗謡、ロックの旋律にも〈顕現〉している。
 ラテンアメリカの詩を語るとき、いわゆる紙の上で表される〈詩〉は、歌われる〈詩〉の質量は替わらない。グァダルーペの聖母讃歌などはその典型である。
 ガブリエラの後、チリに民謡を採譜して旅し、歌ったビオレット・パラが出る。隣国のアルゼンチンにメルセデス・ソーサがあらわれ”大地の母”として詠った。そういう詩人がラテンアメリカの言霊をいつも清新に保つのだ。ノーベル賞の受賞を祝ってラテンアメリカ諸国はガブリエラを祝賀し歓迎の宴をひらくが、そうした場ではガブリエル詩は旋律とリズムを献呈されて「歌」となった。

 幸せと数々の夢想で眠れぬ夜ごと
 火の淫らさは私の寝床におりてこなかった。
 子守歌の産衣を着て生まれてくるはずだった子のために
 私の両腕をさしのべ 乳房をふくらませていたのに   
      ……「息子の詩」部分(注5)
 
 ガブリエラは教職者として生涯の大半を送った。そして、独身を通して死んだ。いくつかの熱愛は成就することはなかった。

 *注1、2 『現代メキシコ詩集』(土曜美術社出版販売)2004年
 注3、5 芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル~風は大地を渡る』(JICC出版局)1989年
 注4 季刊『iichiko』2006年春号より。

*一昨年、大阪の詩誌の求めに応じて書き、掲載された原稿をブログに再掲載するに当たって若干、手を加えた。

          

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