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映画『一枚のハガキ』 新藤兼人監督

映画『一枚のハガキ』 新藤兼人監督
一枚のハガキ

 反戦、そして性の解放……新藤兼人監督が戦後、九死に一生を得て復員、今日まで映像を通して頑迷なほど執拗に語りつづけてきたのは、その2点である。
 この8月で戦後も66年になる。めまぐるしく社会状況が移りゆくなかで新藤監督の視座はまったくブレることなく98歳の新作となる本作まで保持された。それは驚異的なことだ。戦後、メガフォンを取った監督の数がいったどれだけいるか知らないが、新藤監督ほど倦まず弛まず前線に立ちつづけた才能はいない。
 本作は力作だ。反戦の意思というものが太く剛直ながらしなやかさも持つ竿のもとにはためいている。正直にいうと前作『石内尋常高等小学校』(2008)、監督95歳の作品だが、老いに負けたか、感傷の気配が濃厚、そして作劇上でも無駄と思われる繰り返しの描写が多くいたたまれない気がした。さしもの名匠も最期かと思った。しかし、本作では冷徹ともいえる切り込みがあって見事に締まった。それは監督の膂力(りょりょく)がいまだ健在と思えるものだった。
 原作・脚本も監督の手になる。それも実体験を基層としている。戦争の不条理を寒村のまずしい農家の夫婦像を通して描かれている。
 敗色が濃くなった日本軍部は本土決戦も視野に入れ、戦力としては肉体的に劣る中年男性まで徴兵した。中年者を死へ追いやることは、そのまま家庭を破壊するということだ。そういうことが〈一枚のハガキ〉で無慈悲に行われた時代が親の世代にあった。
 瀬戸内で漁師だった松山(豊川悦司)、山間部の痩せた農村から徴兵された森川(六平直政)は戦場で大した戦力にもなりえない中年兵士だった。フィリピンの戦場に赴くことになった森川は、「生きて帰ることはないだろう」と松山に一枚のハガキをみせる。それは森川の妻からものだった。「返事を書きたいけど、どうせ検閲で削られ思ったことは書けない」だから、フィリピン行きを免れ国内勤務となった松山に、「生きのこったら、このハガキを届けてくれ、確かに受け取ったと伝えてくれ」と頼む。そのハガキが映画のタイトルに象徴される。
 森川は戦場にたどり着くことはなかった。兵士を乗せた輸送船が海上で米軍の潜水艦の攻撃を受けて沈没し、戦わず一発の玉も撃つことなく海の藻屑となった。森川の妻・友子(大竹しのぶ)が待つ家には骨一片帰ることはなかった。友子はその後、義父母に請われて先夫の弟と再婚する。その新婚の日々もつかの間、弟もまた徴兵され戦死してしまう。
 つづけて身に起こる悲劇も「銃後の妻」としてけなげに耐える女を演じる大竹の演技が素晴らしい。貧しい農家に生まれ育ち、田も借り物という貧農に嫁入りし苦労ばかりの生活を襲う不条理な戦争。度重なる非情に耐える農婦を演じきっている。映画は大竹の演技によって引き締まっている。おそらく大竹の代表作となるものではないかと思う。
 戦争は8月15日で終わったわけではない。戦争によって愛する者を奪われた銃後の家族の悲劇は癒えるものではない。そういう事実を監督は繰り返し撮ってきた。そうした姿勢はバブルで浮かれた時代にも微動しなかった。ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの悲劇も繰り返し撮ってきた。
 ビキニ環礁で被爆した「第五福竜丸」も船員たちの生活も追った。戦後史におけるさまざまな不条理な事件にも倦むことなく批評しつづけてきた。その集大成として、監督は戦争を生きぬいた男と女の姿を通し、反戦の意思を貫くことの尊さを淡々と心に染みいる物語として提出してくれた。
 監督は本作を最後の映画とすると言明したようだが、まだまだやれる。才能によどみはないとすら思った。
 新藤兼人なら福島第一原発事故をどのように映像として批評しうるかとも考える。「生きているかぎり生きぬきたい」という監督の言葉は生涯現役の意思表示だろう。次作を渇望する。  

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