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地震・津波の後に起きたこと~東日本大震災の被災地を歩きながら

地震・津波の後に起きたこと
  ~東日本大震災の被災地を歩きながら
   
 巨(おお)きな自然災害に遭遇したり、目(ま)のあたりにしたとき、人は自問せざるえない。
 人間にとって自然とは何なのか、と。
 3月11日以降、日本人はその受け止めかたの軽重の差こそあれ、自問自答を余儀なくされた。
 津波の後に破滅的な福島第一原発事故による放射能拡散は、人間にとって地球は掛け替えのない生命船だが、地球は人間など乗船しなくても、それ自体、生きつづける存在であることを思い知らせた。
 地球は人間を有用とみなさない。しかし、人間は地球なしでは生き延びることはできない。
 掛け替えのない地球号を破壊しつづけ、際限なく奢ってきたことのツケが原発事故に集約されたようにも思える。
▼三陸の被災地で
 8月上旬、岩手県一関市から車で三陸海岸に向かい、被災地の気仙沼、陸前高田、そして大船渡を回ってきた。
 地震直後には、千葉県浦安市で起きた液状化の被災状況を森閑と沈黙する東京ディズニーランドを横目に歩いていた。
 東北の被災地へは北海道奥尻島出身の詩人・麻生直子さんが同行者だった。
 麻生さんは、1993年7月12日、北海道南西沖地震で故郷が被災した後、被災した島の子どもたちと交流を深め、奥尻のために詩を書きつづけた。その一篇は奥尻島に詩碑として建つ。
 高齢の麻生さんが東北の被災地に行きたい、行かねばならない、行って歩かねばいけないという渇望は3・11直後から芽ばえていた。しかし、交通機関が途絶し、今更、満足なボランティア活動などできないとわが身を思い控えていた麻生さんだが、筆者が車を運転しともに取材するということで東北入りを決断したのだ。 
 麻生さんは奥尻島の被災地、復興の歳月、復興にともなう人の欲の醜さもみてきた。
 人ひとりの悲劇の重さは計り知れない。それを思うと今回の大震災を数行の詩で形容することなど到底できないと思う。
 復興、と語ることはたやすい。しかし、奥尻でみてきた人の営みの困難さを思えば、復興に要する歳月の重さに慄然とする。 復興がいくら困難であろうとも、子どもは成長しつづける。
 親兄弟を亡くした子ども、故郷を離れざるえない子どもたちのことを思う。
 心のうちを適格な言葉で訴える手段をもたない子どもに替わって、言葉を持つ詩人の役割を探る。それがいまを生きる詩人の義務であるかも知れないと麻生さんは考える。
 麻生さんは奥尻が津波を受けた後、被災した子どもたちに向かって次のような詩を書いた。

 ふるさとは
 ひとすじの白い流れ
 生まれたての蝶のように
 わたしのいのちのはじまるところ
 まだ誰も生きたことのない
 わたしを生きる
 未来の風がふくところ

 この詩は、そのまま今回の地震で故郷を奪われた子どもたちに贈る詩となるだろう。
 筆者にとっても三陸海岸は懐旧の地だ。二十代の私の生活にとって、その一部を支えてくれた実益の町でもあった。それが麻生さんに同行した最大の理由だ。
 二十代の過半を筆者はサラリーマンとして過ごした。営業マンだった。その管轄エリアが東北六県で、三陸海岸には数か月に一度、ほぼ四年通った。
 その町の面影が津波によって破壊された。特にひどいと思ったのは陸前高田の惨状だった。景勝地の高田松原はたった一本の松を残して掻き消えていた。町そのものがまっさらに消滅していた。その荒廃には麻生さんも言葉を失った。海そのものが市街地、いやかつて市街地が存在した場所を貫いていた。それは海の浸食・占拠といった暴力的な光景ですらあった。松原の砂浜すら失われていた。浜のたいはんが沈下した。
 気仙沼の復興・再建ぶりは早いと聞いていた。しかし、それは地場の産業を守るための漁港と市場の整備、離島への船着き場がある周辺だけで、過半の被災地はほとんど手つかずの状態だった。大型漁船が街路に鎮座したまま錆まみれとなり、あらゆるモノが混濁した瓦礫が山をなしている。野積みされた廃車の山積には愕然とする。無惨に変型した車体の多くは、それを運転する人、そして助手席や後部座席に座った親・兄弟姉妹、幼な児の生命を途切れさせた寝棺となっただろう。
 鳴き砂で有名な大島にも船で渡ってみた。
 大島の船着き場も沈降していた。港に面した土産店や休息所は崩壊していた。観光の島でもあるから、土産物店が再建されない限り、とうぶん遊覧客も誘致できないだろう。船着き場の周辺はまだ瓦礫が放置されたままだ。取りあえずライフラインを守るため船着き場周辺を最優先に整備しただけという感じだ。
 気仙沼・陸前高田、大船渡とつなぐ道路から小さな入り江の集落が見える。むろん被災の地だ。そうしたところはニュースの画面には登場しない。津波はそうした小さな集落を縫って走り、生活を貪欲に呑みこみながら、県道をまたいで山裾をせり上がった。多くの山の木をなぎ倒していた。そのありさまを写した映像は残されていない。
 歴史上、今回の震災ほど映像を遺したものはない。
 押し寄せる津波、破壊される市街地、さらに人を呑みこんでゆくの様子が記録されたことはない。
 阪神淡路大震災でも多くの映像が遺されたが、その比ではないだろう。携帯電話でも手軽に動画が撮れる時代になってからはじめての大震災であった。それでも規模の巨きさ、広範囲に及んだことを思えば、比較量として遺された映像は少ないということになるだろう。そういうことも現地を訪れてみれば良く分かる。
 映像記録のない被災地、人の命がおびただしく奪われ、証言者が失われた地域の瞬間を記す作業は詩や小説、文学や絵画の領域であり、創造者の真摯な想像力なのだ。麻生さんはそれを知るから筆者の同行を要請した。
 麻生さんが言うには詩の世界でも震災を謳った作品がすでに多く書かれているという。
 「けれど、たいていテレビや新聞を材料にして書いているだけ。私にも依頼があったけど、現地を見ないと書けない」と断ったという。
 文学の世界にも手を抜く人がいる。そして、国会のなかにも党利党略の観点からしか大震災をみない輩がいるように思えてならない。福島第一原発事故後、優良な天下り先が失われたと慙愧した役人たちも多かったはずだ。
 海と市街地の境目が失われた陸前高田の廃墟に立った時、「ここに国会議員を全員連れてきたい」と思った。ここに来て、冠水した廃墟を歩けば、政権与党、いや三宅坂で見苦しい政争などやっている暇はないことだけは自覚されるように思った。

▼歴史のなかの大震災
リスボン大震災の様子を描いた当時の版画
 1775年11月1日、ポルトガルの首都リスボンが大地震に襲われた。
 フランスでジャン・ジャック・ルソーが思索し、ドイツでゲーテが創作し、モーツァルトが天上の音楽を奏でていた時代だ。大西洋の向こうではアメリカ独立戦争がはじまった年である。
 当時のリスボン市の人口は約二七万人であった。地震と津波によって五万六千から約六万人が死んだといわれる。壊滅的な被害を受けたのだ。
 現在のように科学的に地震規模を量る尺度はなかったから数字は犠牲者の数で象徴されるだけだ。今日の研究で推定値をマグニチュード9・0と算出している。
 北はスカンジナビア半島から南はアフリカのモロッコまで揺れたことは資料に遺る。
 津波を受けて機能不全となった福島第一原発事故後、世界中で原発の存在を危惧する世論が高まった。
 ヨーロッパではドイツを中心に大規模な反原発行動がわき起こった。原発大国フランスでは原発敷地内で事故が発生した。幸い放射能が漏れ出すといった重大事故にはいたらなかったが、完璧に「安全」ということはあり得ないことが実証された。西ヨーロッパでもリスボン大地震のような巨きな自然災害が起こりうることを知れば、この地もまた危うい。
 現在、ポルトガルには原発は存在しないが隣国スペインには8基の原発が稼働している。フランスは59基である。ベルギーにもオランダにもある。もし西ヨーロッパのどこかでリスボン大地震級の災厄に見舞われれば、西ヨーロッパは放射能汚染で壊滅する可能性が高いのだ。誰がヨーロッパで大地震が起きないと言えようか。
 リスボンが壊滅的被害を受けたことを知ったルソーは書いている。
 「わたしたちの言うがままに、世界の秩序は変えられなければならないというのか。わたしたちの法に自然が従わなければならないのか。わたしたちが都市を建設した場所では、地震を起こすことを禁じるというのか」と。
 いまルソーが生きていて福島の原発事故を知ればなんと語ったか。母国に林立する原発をどのように考えたであろうか? 
 ルソーは地震が不可避であることを認識しながらも、「この地上で火の使用法を心得、太陽の力を感嘆できる動物が人間以外にあったら示してもらいたい」と語り、人間の科学にたいする叡智を賞賛している。しかし、そこに原子力の存在はない。もし原発の危険性を知りえたルソーがいたとすれば、北半球を覆う原発の林立をなんと語っただろうか?

 今回の大震災受け、さまざまな法案が作成され施行されることになった。大規模災害はその都度、関連法律を更新させる。
 今日の「災害対策基本法」と呼ばれる「防災体制」の基盤が成立したのは1959年9月26日、名古屋市を中心とする愛知県、近隣の三重、岐阜両県を襲った伊勢湾台風の被災以降のことだ。
 伊勢湾台風は阪神淡路大震災以前、戦後日本が体験した最大級の自然災害である。
 死者469人、行方不明401人、負傷者38921人というのが人的被害の内訳である。これを受けて「災害対策基本法」への足がかりが作られた。
 また、伊勢湾台風の災害救助を目的として自衛隊は陸上だけで約100部隊、延べ63万、陸海空合計で延べ74万人を全国から「災害派遣」することによって、それまで憲法との整合性を得られず、日陰的な存在であることを強いられてきた“軍隊”が国民に認知される契機となった。駐留米軍もヘリコプターを飛ばし多くの被災者を救出する活動を展開した。
 今回の大震災では自衛隊に加え、米国の「友だち作戦」による大規模支援体制が布かれ、大きな成果を上げたことは事実として認めなければならない。
 米軍の支援は不可避であったし、その救助活動そのもの献身性はなんら疑うべきものではない。しかし、こうして日米同盟がより強く根を這ったという事実は認識しておかねばならない。これに対し、ロシア空軍は領空侵犯ギリギリのところまで監視飛行を繰り返し、米軍と自衛隊の協力体制の実際を“偵察”したのもまた必然であっただろう。
 伊勢湾台風の翌1960年に発生したのが南米チリの大地震によって引き起こされた三陸津波であった。三陸沿岸部に大きな被害が出た。この津波は伊勢湾にも到達し、いまだ復旧が進まない被災地を浸水させた。
 最近の台風被害で思い出されるのは2005年8月末、米国南部メキシコ湾岸都市ニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーヌだろう。死者1695人、行方不明135人を出す大災害となった。その犠牲者の多くはアフロ系米国人であったことから民族問題、行政差別、貧困等との関係が問われた。
ニューオリンズの被災した町。6年経った現在も復興が進まず
 米国南部各州は毎夏、ハリケーンに被災することから防災体制の整備が急がれ、その予算も計上されていた。しかし、ブッシュ大統領の政府は洪水対策への災害予備費の4分の3をアルカイダなどに対するテロリズム対策費へ回してしまったのだ。そこにカトリーヌの災害を大きくさせたところがある。間違いなく人災の側面が大きい。そこをブッシュ政権は指弾された。アフロ系を中心に少数民族出身の米国人は政権批判を強めたのは当然であった。
 福島第一原発事故後、津波の被害を軽減するための防潮堤をより強固に嵩上げすることが資金面でもじゅうぶん可能であった、ということが東京電力の資料によって明らかにされている。大規模津波に対する防災を怠ったと指弾されても止む得ない。
 震災後、幾度も「想定外」という言葉が人智を超えた不可避なもののごとく喧伝されることになった。
 「想定外」では免罪にならない。「安全神話」というなら、「神話」の世界はノアの方舟のような破滅的な水害が「想定」される世界である。
 利潤をどん欲に追求し、株主への配当を怠らなかった東電のキャピタリズムは事故の温床であったことを誰が否定できようか? いったんコトあれば破滅的な災厄になることはスリーマイル島原発、チェルノブイリ原発事故によって国際社会は確認していたではないか。津波を「想定外」と言い抜けしようとするのは犯罪的な知的怠惰である。
 リスボン大地震のことを書いたが、われわれは昨年、カリブの小国ハイチで首都ポルトープランスが直下型大震災に見舞われ死者約32万人という破滅的な被害を受けたことをみたばかりだ。その少し前、2004年にはインド洋津波によってインドネシア・アチェ州だけで23万の死者・行方不明者を出していたことも知っている。
 地球の有機的活動は人の営みなど歯牙にもかけない。地球独自の生理にしたがって活動している。その力はもとより人智の及ぶところではない。いかなる自然の猛威にも耐えうるとした科学の奢りが原子力発電所なのだ。
 福島第一原発事故の終息には政府予測で30年を要するということだ。
 これはまったく先が読めない、見えないということだ。チェルノブイリ原発事故から今年で25年経ったが、いまだ事故原発を覆った石棺を突き抜けて放射能を撒き散らしている。その石棺すら老朽化して、新たな石棺をつくる必要に迫られている。その費用をウクライナ一国では捻出できずEUが援助するということだ。
 福島は原発事故に象徴されてしまった。フクシマとカタカナで国際的な社会用語となってしまった。ヒロシマ、ナガサキにつづく核被害地として。

 

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