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チェ・ゲバラを描いた長編叙事詩

チェ・ゲバラを描いた長編叙事詩
  二部作「28歳の革命」「39歳 別れの手紙」 スティーヴン・ソダーバーグ監督
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 子どもの頃の人気番組では主題歌に「正義」という言葉が輝いていた。
「正義だ力だ」というフレーズがあった。ぼくも含め、当時の子どもたちは「正義は力なのだ」という明快なメッセージを率直に受け入れていた。たいがいのヒーローは時代に捨てられていく。新スターに放逐されてゆく。気がついてみれば、「正義」という言葉まで力を失っていた。
 焦土のなかから戦後の映像文化をになった人たちは皆、戦争の惨禍を目のあたりにした世代だった。「正義」はそういう世代の祈りであったと思う。その世代が一線から退いたとき、「正義」もなんとなしにくすみはじめたのだ。「正義」はたえざる努力で磨きつづけないとくすむものだ。
 いま、世界を見渡せば弱肉強食そのものの不正義が紊乱(びんらん)している。それは子どもたちも肌で感じていて、教科書のキレイ事がそのまま社会に反映していないことの矛盾を熟知している。ノー天気に「正義だ力」だと歌えないのだ。
 没後40年を経てもなお清新さを損なわずエルネスト・チェ・ゲバラは現代史の汚濁のなかから飛翔する。
 映像、歌、写真集、評伝、あるいは記念碑や記念切手、Tシャツやバンダナまでチェは表象化されつづけている。いまラテンアメリカでもっとも色あせているのがコロンブス像だが、チェの像だけは新たに立ち上がる。コロンブスは施政者が税金を費やして建てたものばかりだが、チェの像は浄財、民衆の希望の寸志として差し出された小銭の集積の証しとして、それはある。民衆はチェに色あせた「正義」の蘇生を託している。
 チェの思想と行動を「正義」で括ることはオプチミズムだが、彼の短い生涯を振り返るとき、どこかに「正義」という二文字がいつも立ち上がってくる気配を感じる。「正義」は数値化できない。カタチあるものとして指し示せないが、民衆の想像力は豊かだ。かれらは伝説という雄弁な手法で「正義」を象徴化する。時空を超え。それを信じたいという大衆信仰の希求はそこに救世主像を縁取る。

 スティーヴィン・ソダバーク監督は、ベニチオ・デル・トロにチェを彫琢して、1部「28歳の革命」132分、2部「39歳 別れの手紙」133分、総尺265分、4時間40分強という映像による記念碑を建てた。
 これまでスクリーンに投影されたチェの劇映画は3本ある。しかし、ソダーバーク=デル・トロの新作は質量がまったく違う。木偶の坊のようにただ巨きいというだけでない。チェの生きざまを刻む刃先の彫りが深いのだ。
 全編スペイン語で通される。2部で顕著なのだが、ボリビア山中のゲリラ部隊の齟齬をカリブ・キューバとボリビアのイントネーションの違いのなかにも見出せると演出して、きっち使い分けている。これはスペイン語族にもじゅうぶん説得力がある。これまでチェ映画でじゅうぶん語れることがなかった国連総会での演説、米国入りのエピソードなどが念入りに撮られている。
 チェの演説ということでは、ソ連も帝国主義的収奪を行なっていると指弾したアルジェリアでのそれが重要であるはずだが、本作では国連議場でのエピソードに当時の国際関係の影を見つめる。革命戦争における関が原だったサンタ・クララ戦は念入りに描かれる。大変巧妙に女性兵士アレイダとの同志的信頼が恋愛に移調してゆくさまを硝煙くすぶるなかで語る。
 国連総会のセット、サンタ・クララ戦などは、これまでのチェ映画とは制作費が格段に違う、と納得させるところだ。
 1部は物語のサイズであるシネマスコープで上映されるが、2部はよりドキュメント性を高めるためビスタサイズに縮小する。
 チェの『ボリビア日記』を原作とする2部は、緒戦の小さな勝利を除けば、ひたすら後退につぐ後退、絶望的に困難な戦いの日々を描いて陰々滅々たる色調である。この2部は、日本で公開されることのなかったアルゼンチン映画『エル・チェ』(1997)とほとんどシュチエーションが同じだ。アルゼンチン映画はさらに陰鬱な気配は濃厚だった。
 ソダーバークは英雄としてのチェを描いていない。生身のチェにどれだけ迫れるかとストイックな演出は2部で冴える。人間は追い詰められるほど本性が顕わになるとしたら、ボリビア戦は人間探求のすぐれた素材である。そう、そのチェを演じたデル・トロを賞賛しないわけにはいかない。20数キロ減量して臨んだデル・トロのチェは、〈正義〉に鷲づかみされ、肩から肉が殺ぎ落ちた焦燥まで演じきっていた。そう2部に役者としての傾注がある。
 チェ没後、最初の記念すべきチェ役はオマー・シャリフが務めた。『アラビアのロレンス』でベドウィンの若き頭領を演じて一躍、頭角をあらわしたシャリフは先行するチェ像を描き出した。1969年、チェが死んで実質1年ほどして制作された『ゲバラ!』(リチャード・フライシャー監督・原題「チェ」)だった。この映画でカストロ役をジャック・バランスが演じた。たぶん、この二人がキューバ革命の主人公たちを演じたことによって英雄像のパターン化がはじまったと思える。映画『ゲバラ!』はあまりにも性急に創り過ぎ歴史的検証も荒蕪のままに挿話を繋ぎ合わせた流れの悪い作品だった。しかし、シャリフとバランスはそのなかでも俳優として最上を目指そうと奮闘努力していたことは確かだった。社会派フライシャーもゲバラの視線の先に、貧農の絶望を捉えていた。キューバ政府にとっては赦しがたい作品であったはずだが、それでも、ボリビア辺境の農民とゲバラたちのあいだにフライシャー監督は臭覚的に感情の齟齬を見い出し、そこに敗残の軌跡を追ったという意味では見逃せない。
 「ボリビア日記」そのものである2部の克明さに比べると、1部は粗い。
 メキシコ市でのチェとカストロの出会いからはじまり、グランマ号からの上陸の際、待ち伏せで攻撃で半数以上の同志を失った戦闘は削られ、山中に根拠地をつくるところまで飛ばされ、幾つかの戦闘が繰り返されサンタ・クララ戦が山場となり、革命政権の代表として国連総会に乗り込むといったふうにエピソード時系列な説明的な映画となった。ソダーバーク自身、
 「最初は、ボリビア時代に焦点を絞った。皆があまり知らない時期だし、ボリビアにおける運動の結果の詳細もあまり知られていないからね。でも、それを描こうとすると、キューバで何が起きたのかを見せないと、ボリビアで起きたことの意味が分からなくなり、文脈を失うような気がした」 という語っている。
 つまり、1部は2部の序章、説明的になることを自明として制作したと監督自身、認めているのだ。まったくの別の作品として見てくれと主張しているようだ。しかし、観客はそうはみない。4時間40分の一篇の作品として記憶する。
 午後の時間を捧げてデル・トロ=チェと付きあった後、しかし、これでも描き切れていないな、と正直思った。あれが足りない、これも足りない……アフリカのチェ、プラハのチェ、国立銀行総裁としてのチェ、あるいは革命直後の軍事裁判における冷酷無比なチェ……。たった39年だ、彼の生涯は。密度濃く生き抜いたかといって、それが人間の美質を証明するとはかぎらない。
 ゲリラ兵士は例外なく歩兵である。歩き、匍匐し、倦まず地を噛む兵士である。そうして、歩きつづけることによって勝機を探る。ゲバラもまたぜんそくに苦悩しながらひたすら歩きつづけた。
 映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』(ウォルター・サレス監督)でも最初はボロのバイクでの旅だが、それもオシャカになって歩行となって民衆の肌と触れ合うのだ。グァテマラで革命政権のボランティアとなって歩き、米CIAの介入で革命政権が崩壊すると北のメキシコに逃れ、カストロ兄弟とであう。キューバではシエラ・マエストラ山中をひたすら歩き、戦線を拡大してゆく。革命成功後は、新政権を代表して国際会議で演説し、ときに砂糖を売り込み、その代価としてトラクターを機械を購入しようとする。歩行は世界大にひろがり、そしてボリビア山中のわずかな点も確保できずに敗退した。
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 最後になったが、1部ではシルビオ・ロドリゲスが、2部ではメルセデス・ソーサが主題歌を歌っている。ともに旧作だが、プレスシートはこの二人にまったく言及していない。
ラテンアメリカ民衆から尊敬すら勝ち得ている二つのあまりにも巨きな恒星に触れていないのだった。このあたりはこの国のイビツな音楽状況を象徴してあまりある。本誌の読者なら筆者の憤りは理解していただけると思う。
 シルビオはCD時代になってから日本では一度もまともな紹介が行なわれていない。ブエナビスタの老人たちはキューバ音楽史のなかで特筆される存在であることは間違いないが、シルビオのその位置はラテンアメリカの民衆歌の歴史において国境を超える大きな影響力をもった。そう“大地の母”たるソーサとどうように。この二つの巨星は、歌の力でゲバラを伝説化した。チェの理想を歌で象徴したのだった。ソダーバーグはそのふたりの現代史における証言者的位置を知悉するから1部と2部の結語として、それぞれの歌を配したのだ。そこまで読み込める映画批評家はこの国にはいないようだ。                 

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