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映画『アカシア』を監督した作家・辻仁成さん

作家の辻仁成さんが6年ぶりにメガフォンを撮った映画『アカシア』はやさしく暖かな話だ。けれど、話の根底には深い哀しみが静かな熱源となって横たわっている。癒しつくせない〈傷〉といってもいい。人は誰でも多かれ少なかれ、そうした〈傷〉と折り合いをつけながら生きているのだと思う。そんなことがしみじみと想い出される映画である。
辻仁成*歌舞伎座_007minimini
(撮影・上野清士)

 作家の辻仁成さんが6年ぶりにメガフォンを撮った映画『アカシア』はやさしく暖かな話だ。けれど、話の根底には深い哀しみが静かな熱源となって横たわっている。癒しつくせない〈傷〉といってもいい。人は誰でも多かれ少なかれ、そうした〈傷〉と折り合いをつけながら生きているのだと思う。そんなことがしみじみと想い出される映画である。
 「人はみな心のなかに何か欠けたものを持っていると思うのですね。いま幸せです、と言っている人でも、他者(ひと)に言えない〈傷〉を抱えているものです。人間は他者の〈傷〉に共感し癒したりして互いに支えあって生きていける唯一の動物だと思うのです。そういう人間の姿を映画にしたいと思っていました」
 家族再生、あるいはリセットにいたる過程を日常的な光景のなかに見つめた映画だ。キャスティングをみて誰でも主役を元プロレスラーのアントニオ猪木さんが起用されていることに意外感をもつだろう。役柄は元プロレスラーそのままだが、経歴の属性がそのまま演技とはならない。当たり前のことである。監督の演出力と猪木さんの俳優としての力量が問われる。
 「 プロレスラーとして生きてきた歳月がそのまま男の顔の皺になっている人だと思いました。それは替えがたい存在感で猪木さんに主役を演じてもらうことの不安感はまったくなかった。むしろ、猪木さんにしかできない役だと思いました」
 話はこうだ……猪木さん演じる孤老の元プロレスラーは年金生活者として市営住宅に住み隣近所の住人から「大魔神」という渾名で親しまれている存在だ。舞台は函館。その孤居にある日、「この子をしばらく預かってくれ」と女が少年を強引に押し付けて去る。その少年と「大魔神」との奇妙な共同生活が話の現実の時間を流しながら、やがて辛い過去が日々の暮らしの中にからみついてくる。「大魔神」にはイジメにあって自殺した息子があったことが明らかになる。
 「自分には離婚によって一緒に暮らすことのできない子どもがいます。その子へ何か作家として思いを届ける方法はないか、と模索するなかでこの映画になった話を思いつきました。そして、会えない子の心の葛藤や孤独を繰り返し考えることになりました」
 「大魔神」は覆面の悪役レスラーだった。多忙な巡業の日々のなかで息子と接する機会は少なかった。その息子は学校で苛酷なイジメの日々を耐えていた。父親が悪役レスラーであることは子どもには最悪のケースパターンかも知れない。子ども社会は冷酷だ。そして、イジメに耐え切れず自死する。「大魔神」は息子が死んではじめてイジメの現実を知る。息子の不在は夫婦関係も崩壊させた。そんな過去を持つ「大魔神」は息子が自死したときと同じような年恰好の少年に愛情を注ぐ……これ以上は、これから映画を見るだろう読者に明かしてはいけないだろう。
 「アカシアの花はどんな苛酷な風土にあっても毎年、美しく咲きます。その花をみながらひとは過去の〈傷〉や悔恨を思い出すでしょう。それは人の弱さかも知れない。でも、その花が散るとき人はまた新しく生きていける力を再生します。そうやって人は一年一年をやり過ごす。この映画に託した私の思いはそういうものです」 

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