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アルゼンチン映画『瞳は静かに』ダニエル・ブスタマンテ監督

映画『瞳は静かに』
   ダニエル・ブスタマンテ監督14.jpg


 子どもは両親の意思によって生まれてくるのかも知れないが、子はその両親を選べない。ましてや時代も国も選べない。子どもは出生から不条理な存在として、この世界に投げ出される。けれど、そんな不条理に子ども自身が気づくのは言語を習得し、抽象的思考が熟成されなければいけない。
 社会の仕組みの骨格を知るにはさらに時間がかかるし、その仕組みの裏オモテを知るにはより知的な作業を必要とする。両親をふくめて大人の醜さ、キレイ事ばかりでは生活が維持できない世知や機微を知るのは成長ということであり、社会の成員となる一里塚である。
 物語は1977年、アルゼンチン北東部の州都サンタ・フェが舞台。8歳のアンドレス少年の母が事故死する。それから約1年、日常生活のなかで遭遇するさまざまなできごとを描きながら、少年が手探りでいま自分が生きている時代の息苦しさ、残酷さを学んでいく物語だ。
 母の事故死も、ソレとはっきり明示されているわけではないが、政治的な死とも読みとれる……と曖昧な書き方になるかといえば、この時代、アルゼンチンは軍事独裁下にあった。ひとことで軍政といっても、その〈独裁〉ぶりは相当な軽重の差がある。なかでも、この時代のアルゼンチンの軍政は今日まで罪を問われるほど残酷なものだった。軍政反対派の活動家を徹底的に弾圧した軍人たちの政府は、逮捕した女性が妊娠していれば、刑務所内で出産させ、その後、拷問死させると、親を失った乳幼児を、子のいない軍政支持派の家庭に斡旋し養子縁組をさせるということを繰り返した。反軍政に抵抗した活動家だけでなく、そのシンパたちも闇から闇へ葬ったアルゼンチンの軍政であった。そういう時代の物語である。この時代の白色テロを称してアルゼンチン、あるいはラテンアメリカでは「汚い戦争」という。
 アンドレス少年はある夜、窓外の物音で目が覚め、カーテン越しに、数人の秘密警察の男たちが(と少年は認識しているわけではない)、反政府活動家の男女(と、これも少年がそう認識しているわけではない)を路上に倒し強打している場面を目撃する。固唾を呑んで成り行きを見守る少年の口を、祖母オルガが背後からいきなりふさぎ、ベッドに押し込める。翌朝、少年は昨夜ので、できごとの説明を祖母に求めると、「夢でもみたのでしょう。私はなにもしらないよ」とごまかされてしまう。母の死、遺品にまぎれた軍政を批判するビラの束、父は神経質に脅え、親族の会話も空々しい。
 不可解な大人たちの立ち振る舞い。少年を時代の過酷さから守るための大人の愛情行為だったとしても、少年は大人に不信感を募らせてしまう。そういうことがディティールのしっかりしたシナリオと演出で描かれてゆく。
 アルゼンチン及び政治的な関心の強い読者には、軍政下の地方都市で起きたことの“事件”の一こま一齣が日常生活のレベルにまで浸透して、さざなみを起こすことの社会的考現学に興味を募らすだろうし、この国の現代史をまったく知らない読者には、また幸いである。なぜなら少年の視点に立って感情移入が容易だろうし、少年をめぐる大人たちの行動の不可解さを「非政治的」立場から眺められる。本作がアルゼンチン国内に留まらず、諸外国の映画祭で評価された美点だろう。
 アルゼンチン軍政が崩壊し民主化が達成されてから、すでに28年が経った。南米ではブラジルに次ぐ制作本数を誇るアルゼンチン映画だから、当然、軍政時代そのものを描いた作品、軍政の後遺症を引きずる人びとを描いたドラマが数多く撮られている。
 祖母オルガを演じたノルマ・アレアンドロは、そうした映画中、これまで最大の評価を得た『オフィシャル・ストーリー』(1986)に主演し、アカデミー外国語賞を受けるのに貢献した名優。その映画では、軍政下で拷問死した若い女性活動家の子を、それとは知らずに養子として迎え入れる右派の軍政支持派の夫をもつノンポリの妻役という難役をこなしていた。日本でも公開され、映画によって日本人は……いや世界は軍政時代のアルゼンチンの真実を知った。
 アルゼンチンではその時代、約3万といわれる若い活動家が行方不明となった。現在に至っても大半の犠牲者は行方知らずのままだ。日系アルゼンチン人の活動家も行方不明になっている。その日系家族たちがブエノスアイレスの日本大使館を通じて、わが子を救い出すために尽力を、と要請したが、日本政府はこれをまったく無視した。当時の自民党政府は米国に追従して軍政を支持していたからだ。
 本作は、非政治的な存在としての子どもの視点から当時の市民生活を描くことで、軍政時代の過酷さをより深く彫り込むことに成功している。 上野清士

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