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映画『サルトルとボーヴォワール~哲学と愛』

映画『サルトルとボーヴォワール~哲学と愛』
  イラン・デュラン=コーエン監督
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 知の巨人といわれる思想家にしろ、楽聖といわれるような音楽家、桂冠詩人であろうとも人間であるかぎり例外なく生臭いところを持っている。時代が遠いほど「知」の痕跡ばかりが残り、日常雑事に悩まされていた実像が薄くなるだけの話だ。
 サルトルとボーヴォワールもまたしかり。20世紀のフランスが生んだ二大知性であったが、「知」を司る脳は生臭い男と女の身体の上に載っていた。
 婚姻制度を否定し、自由恋愛を志向し実践した男女の実現者ということで、ふたりの生きざまは浩瀚な著作並みに耳目を引いた。いや難解重厚な著作を手にした人より、彼らのスキャンダラスなゴシップ記事を読んだ者たちの方がはるかに多いだろう。スノッブではないが本作もまた「知」ではなく、「痴」情に傾斜している。男と女の愛憎劇に収れんしている。
 ふたつの「知」の巨星を主人公にしているということで、かつてのゴダール映画のようにやたら字幕を読まされるかと思ったが、字幕の密度は薄かった。だから、その分、愛の吐息、軋轢の気配といったことを愉しめばよかった。そして、映画はサルトルの視点ではなくボーヴォワールの感性からドラマが構築されている点で女性に受けのいい仕上がりとなっている。
 ボーヴォワールを演じたアナ・ムグリラリスは09年に、映画『シャネルとストラヴィスキー』でココ・シャネルを演じたが、近年のフランス映画界が手掛ける評伝映画というものは断然、女性を描いた作品に優れたものが多いし面白い。ストラヴィスキーの影が薄かったように、本作でもサルトルの位置は軽い。あの実存主義の先導者がこんなに軽侮に描かれてよいのか、と義憤すら覚えた。ロラン・ドイチェというハンガリー出身の俳優がサルトルを演じているが、監督の演出にその責の大半はあるだろうが、にやけた演技のしすぎではないか、との義憤すら覚えた。が本作はあくまでボーヴォワールを押し出した女性映画である。目くじら立てるのは大人げない。映画ではサルトルはボーヴォワールの引き立て役だ。
 1950~70年代、大戦後の混沌とした世界に向かって二つの知性は真摯に時代にむかって発言しつづけた。その仕事は同時代、ほんとうに眩いものだった。その輝きを背景に二人の個性的な恋愛関係があったことは生前から日本にも聞こえていた。けれど、そうした恋愛の挿話は重厚な書物の背後に隠れていた。映画はその書物の背後から二人を引き出して愛憎劇を演じさせているのだ。
 映画のなかでボーヴォワールはサルトルに向かって、自由恋愛を理解しても「嫉妬する自分を否定できない」と告白する。それは彼女の真摯な愛の告白だ。けれどサルトルは柳に風と受け流す。感情のすれ違いではない。サルトルは確信犯と描かれる。彼の名声に惹かれて言い寄る美女を男たるもの誰が拒めようか、という女漁家である、と描かれる。
 ボーヴォワールも含めフランスの著名な女性たちの赤裸々な告白を集めた『嫉妬』というアンソロジーが日本でも出版されたことがある。優れた知性も真摯に恋愛すれば、嫉妬は内から湧いてくる。そんな自然な愛の営みを映画は語る。そして、本作をみた女性は安心することだろう。あのボーヴォワールすら嫉妬するならわたし如き凡人は、と。これも映画の効用だ。
 ふたり寄り添うように同時代の思潮に大きな影響を与えたポール・ニザン、カミュ、モーリヤックというそうそうたる知性がそれらしく登場し、当時の社会風俗もそれらしく描かれている。どんな知性も時代に規定されるというテーゼがあるが、その時代の気配を描くことで、ふたりの知の営みの現場に寄り添う感覚を得られる。
 パソコンのなかった時代に長大な著作をペンで書きつづけた。カフェで雑談しながら、アルコールで舌を湿しながら、紫煙の煙るテーブルで書きつづけた。現場証言的な映像はふたりの本を手にしたことのない読者にも良質な風俗映画としてお勧めできる。ただしサルトル信奉者は本作を無視すること。

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