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アレクサンドラ・カルデナス ライブ・コーディング・セッション

アレクサンドラ・カルデナス ライブ・コーディング・セッション

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 伝統的な古楽器とコンピューターが融合し、新しい世界が展開する刺激的な現場に立ち会った。
 楽器は邦楽の琴、バロック音楽の木管リコーダー。ふたつの典型的なアコースティックな音色と、ノートパソコンが創り出す無機質な音を融合させようという試みであった。
 その異形とも思えるステージのカナメに座っているのが、コロンビアの首都ボゴタ出身で現在、メキシコ市で活動するアレクサンドラ・カルデナス。3月1日夕、渋谷の繁華街の一角にあるトーキョーワンダーサイト渋谷で行われた。
 カルデナスは、ボゴタのロス・アンデス大学で作曲学を学んだ後、コンピューターを用いた音楽を創造するようになった。まだ30代の半ばだが、コンピューターを使った即興演奏を世界各地で展開し、この世界では著名な音楽家だ。
 カルデナスの〈音〉はわれわれがふだん使っているノートパソコンにダウンロードされたスーパーコライダー(スパコラ)を操作して創り出す。リアルタイム音響合成のためのプログラミング言語と実行環境を指すシステムだ。
 1日のライブのタイトル「ライブ・コーディング」はコンピューターを使った即興演奏を意味し、当夜の1曲目を「ライブ・コーディング」として、カルデナスはこのように音を造形すると実演してみせた。それは、大気の唸(うな)り、気流の波動、地鳴りのような響き、そんな音の心象光景が変容させながらし聴衆の五感を包み込んでゆく。このスパコラは現在、オープンソースになっているので誰でも利用できる。
 カルデナスがコーディングする音響空間は宇宙的な感覚より、この地球で太古の昔から生々流転してきた自然音の創造的凝縮と拡散という感じで、電子音の無機質さより滑らかな親密さを覚えた。それは電子音には違いないがロシア生まれの電子楽器テルミンの音色を聴くような心地良さがあったが、それはカルデナス自身のリリシズムなのだろう。
 しかし、カルデナス……なかなかの美女である……の演奏(?)する姿は、音楽家ではなく技師のものだった。そこには音楽を創り出す者がゆえ知らず表情に出てしまう奏でる者の歓びといった充足性というものをみいだせなかった。
 つづく演奏は、箏曲家の吉村七重による八橋検校の名曲「乱(みだれ)」。日本人なら曲名を知らなくても一度や二度、聴いている箏曲の定番だ。カルデナスと吉村とのあいだにはなんら接点はないように思える。それが、プログラムのラスト、カルデナスが作曲した「流れ」という曲で琴とリコーダーがコンピュターと見事に融合した。
 箏曲をカルデナスは作曲した。リコーダーも競演するから、それぞれの楽器の特性を把握しての作曲であった。アカデミックに作曲を学んだ人の誠実な仕事だ。その自作「流れ」を、“技師”カルデナスがスパコラで絡んでゆく。琴とリコーダーの音を即時的にコンピュターに取り込み増幅したり残響調整をしながら音を変容させてゆくのだ。その間、琴とリコーダーは譜面通り、あたらしい小節へ向かって演奏をつづける。
 にわかに批評する言葉をもたないが、伝統的な書法で作曲した自作曲を、作曲家自身が演奏と同時に変容させてゆく。自作を批評する行為そのものが「演奏」となるスリリングな場だ。そういうイベントであった。
 カルデナスの来日はメキシコの国立芸術文化基金の助成で実現したものだが、同基金の活動は非常に刺激的で前例に捉われることなく若いアーティストに発表の機会を与えている。外国籍のアーティストも支援する姿勢は素晴らしいと思う。同基金は音楽だけでなく演劇や美術の分野にも及ぶし、舞踊も視野に入っているはずだ。メキシコでは先住民の伝統芸能の保存継承にも熱心な国だが、時代の先端であたらしい創造行為を行なっている才能にも注目する視野の広さを持っている。

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