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書評『エルミタージュの聖母』 デブラ・ディーン著

書評『エルミタージュの聖母』 デブラ・ディーン著

 サンクトペテルブルグがまだレニングラードと呼ばれていた時代、厳寒の12月、クリスマス直前の数日を過ごしたことがあった。ひとり旅だった。陽の光が遙かなたの空で滞留していて、その町には届かなかった。灰色の氷に閉ざされているような街頭をとぼとぼと徘徊して過ごした。
 都市遊覧のひとつに1941年、ドイツ軍によるレニグラード包囲戦で倒れた兵士、市民を埋葬する墓地へ詣でた。その一角に包囲戦のなか砲撃の恐怖にくわえ、飢えと寒さに耐えた市民の暮らしをつたえる博物館があった。そこでたくさんの展示物を見たのだが、いま思い出せるのは何故か、大きな消しゴム大の黒パンの欠片であった。それが成人の一日の食糧のすべてという時期がつづいたとあった。
 約900日つづいた包囲戦のなかでレニングラード市民の67万人が死んだといわれる。一説には100万人以上という統計もある。この数字は、大戦下、東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎など本土で犠牲となった民間人の犠牲者の数より大きい。
 レニグラード最大の観光、ランドマークは何時の時代でもエルミタージュ美術館であろう。ここも砲撃に晒された。本書は、包囲戦の最中、美術館を守り通したスタッフの一員だった女性マリーナが主人公だ。戦後、アメリカ北西部の町に移り住んだ女性は、いまは80余歳の高齢者でアルツハイマーを発症している。その女性の意識の混濁のなかで過去と現在が交錯して描かれる小説だ。
 現在、ネヴァ河に面して建つ美術館の華麗な容姿からはまったく想像もできないが、包囲戦のなかでおびただしい収蔵品は戦火の及ばない土地に疎開し、館内はがらんどうになった。それでも施設を維持するためスタッフははらきつづけた。一時は数千人を擁したスタッフも徴兵されたり、疎開した美術品ともに町を去り、あるいは死者となり病者となってわずかのスタッフが献身的に働いているだけだった。
 壁、天井画、階段の装飾、寄せ木細工の床・・・それからもすべて美術品であったが可動できない。美術館のガラスは爆風で砕け、氷雪が舞い込み荒廃しつづけた。そんな描写も切々と綴られてゆく。
 マリーナはある日、赤軍の少年兵たちを先導して館内を案内する。彼女のあたまのなかには壁に飾られた名画がきちんと配置されていて淀みなく何もない壁の前で名画を再現させるのだ。それは感動的なシーンだ。こんな美術館の表現にであったことはない。このシーンは最終章に置かれている。包囲戦の凄惨な光景のあとに語られる幾多の名作はマリーナの声を通して少年兵たちに感動を与える。見えない名画を少年兵に語ることは、彼女の祈りでもあった。
 「どうかあなた達は生きぬいて、平和が訪れた後に、美術館を再訪してください。きょう私が説明した名画に触れてください。ぜったいに生きぬいてね」と・・・。
 読了後、エルミタージュを再訪したくなった。
 美術館を訪れた12月、ネヴァ河は氷結していた。包囲戦の最中、冬季はその氷上を軍用が走り、軍事物資を補給し、市民も逃避する道となった。その氷結の光景を再見したと思った。余談だが、当時、ソ連最末期となるが、その旅に日々を綴って本にした。もう絶版になってしまったが、『ソビエト新事情』(講談社文庫)にまとめた。オリジナルは『国境の神々』といい、それはソビエトの中心から遠く離れたグルジア、アルメニア、モルダビアといった連邦諸国の旅に重きをおいていたからだ。
 *『エルミタージュの聖母』(成川裕子・訳)PHP研究所刊。

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No title

今日、国立新美術館で開催されている「大エルミタージュ美術館展」に行って来ました。
ロシア国外では最大規模というだけあって、贅沢な展覧会でした。
300万点以上の作品を所蔵するエルミタージュ美術館。私も行ってみたいです。

No title

ソ連時代から比べるとずっとコンタクトしやすくなっていますから、是非、現地で鑑賞してください。建物と美術品の一体感は現地でしか味わえないですから。美術館前の冬のネヴァ河の氷結をみるのもいいですね。 上野
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