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 映画「石巻市立湊小学校避難所」を撮った藤川佳二監督

 映画「石巻市立湊小学校避難所」を撮った
 藤川佳三監督のインタビュー

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 「地震・津波、家が流され、突然、日常を奪われた人たちは、どんな思いを抱いて毎日を過ごすのだろうか、と思った」と藤川監督は語った。「映画のためではなく個人的にそう思った。そんな私的理由から被災直後の昨年四月から避難所に入り、六カ月も通うことになりました」。その避難所の名がそのまま映画のタイトルになった。被災者の隣人となることによって心の声を聴くことができた。
「東北では隣近所、友人・知人とおしゃべりすることを“お茶っこ”するといいます。その仲間に入れてもらってから知り合いの輪が広がっていき、自然と取材対象が出てきたという感じです。強いて選んだということではないですね」
 ふだんの生活習慣が避難所でも維持されていたということですね。「そうです。生きるエネルギー、たくましさに満ちていたと思います。それを伝えたいという思いが出てきて映画になったということだと思います」。
監督自身の滞在が長くなることによって、監督のもつカメラは友人の視線となったようだ。みんな自然体で写されている。それが尊いと思う。映画は被災者への同情、援助を請うといった押し付けがましさはいささかもない。ありのままの姿を伝える。喜びも哀しみも……それが観る者を感動させる。しかし、それもどうなのか……? ひとりのおばちゃんが仮設住宅に入り独り生活をはじめることになった。カメラはその部屋まで入り込む。避難所では快活だった彼女だったが、独りになったとき涙をみせる。その涙にこめられた思いまではカメラは写すことはできない。そういう限界もまた見せてくれる。つまり藤川監督の持つカメラにはけっしてジャーナリズムの傲慢さはないのだった。
 ボランティアの姿も日常的な光景として記録される。添景として撮られる場合もあれば、発言を記録することもある。
 福島の富岡町から原発事故のために移住を余儀なくされた女性がボランティアをしていた。「あの方はご自身、富岡で被災し、原発事故で追い出されるようにして石巻の実家に戻っていた。実家は津波から無事だった」。そう人もいる。
 その女性は3・11前、原発を誘致したために“恩恵”を受けた町民の姿勢を批判する。東電から毎年、招待旅行を提供され嬉々として参加する町民がたくさんいた。そういう人たちが今回の事故で被害者意識しか持たないのはおかしいと話す。映画はその女性の発言を批評せず、ありのまま伝える。
「映画の最後に押し寄せる津波で湊地区が呑みこまれ破壊されてゆく記録映像が収録されています。この8月16日、湊小学校の体育館で上映会を開きますが、その記録映像はすべてカットします。取材を通して、そうした映像に傷つく被災者がいまだ少なくないことを知ったからです」
 多くの被災者にとって「3・11」は昨日の出来事としてつづく悲劇なのだ。
 


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