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映画『桜田門外ノ変』佐藤純彌監督

「桜田門外ノ変」……日本人なら誰でも日本史の授業で習う幕末の事件。必携
事項だ。
 当時の幕府大老で彦根藩主でもあった井伊直弼が水戸藩の青年たちに暗殺され
た事件である。明治の新政府が成立するわずか8年前の出来事で、この事件を明
治維新の序章と位置づける見方もある。
 われわれは「桜田門外ノ変」を知っている、と思っている。しかし、何を知っ
ているのだろうか? 
 本作をあえて本誌で取り上げたのは長年、ラテンアメリカのさまざな歴史的な
出来事を検証する仕事に携わってきたが、いつも「知っている」ことの内実とい
うものを考えている。それは正直、しんどいことでなかなかそこまでは言及でき
ない。たとえば、評者はコロンブスについて一冊、本を書いている。書きながら
いつもコロンブスの冒険的航海を支えた男たちの存在を思う。水夫たちは、調理
人たちは……サンタ・マリア号をカリブ海へ運んだ推進力はコロンブスの功名に
充填された熱き野心にあったことは間違いないが、無名の男たちの存在なくして
は実現しなかったはずだ。その男たちの帰りを待つ故郷の人たちは……教科書は
それを無視する。そういう無刻の人びとを甦らせるのは歴史家ではなく詩人や作
家の仕事だろう。
 「桜田門外ノ変」の歴史的意義を教科書に書くのは歴史学者だが、その事件に
関わった人びとの無残を描くのは作家の仕事である。この映画の原作は歴史を低
きものの視点から描きつづけた吉村昭の同名の小説である。
 「桜田門外ノ変」で不慮の死を遂げたのは井伊大老だけでない。大老を襲った
襲撃者側も即死1名、自刃4名、重傷で翌日以降に亡くなった者4名。大老を守
りきれなかった彦根藩側は現場での即死4名、重傷で翌日以降に亡くなった者4
名、しかし、生き残った者も後日、主君を守り切れなかった汚名を背負ってみな
切腹することになった。生き残った襲撃者側も幕府と水戸藩に追われる身となる
。そして、ほとんどが捕縛され斬首される。映画はそのひとり関鉄之助(大沢た
かお)を主人公にして、彼の目線で事件の顛末が語られ、逃亡者の視点から幕末
が日々が描写される。その関役を見事にこなした大沢の凛とした佇まいは物語に
一本の鋼のような線を通していて好感をもてた。
 司馬遼太郎の近代史観では「明治」は偉大であったと語られているが、歴史が
年号ひとつで様変わりするわけでもなく、連綿とつづく人のいとなみは悲劇を超
えてつづく。「明治」が偉大というなら、それでよい。戊辰戦争を終焉とするま
でうちつづいた幕末の騒乱になんと夥しい死があったことか。日本史教科書の近
代史のひとつひとつの出来事の横たわる累々たる死はすべて私的な物語を胸に掻
き抱いたまま無残至極と息絶えたものではなかったか。英雄的な死ばかり注目す
るのは、どうも教科書の落とし穴である。民主主義といいながら歴史教育は民衆
が主人公とはなっていない。そんなことをつらつら考えさせてくれた映画であっ
た。
 評者は佐藤監督をほとんど認めてこなかった。大振りな演出の違和感をいつも
抱えてきた。そんな私観に変化の兆しが出てきたのは「男たちの大和」(2005)
を観てからだ。佐藤監督が得意とする歴史物「空海」「敦煌」「おろしや国酔夢
譚」の系列につらなる「大和」ではあったが、そこではじめて人肌の手触りのよ
うな温もりを覚えたのだ。それは本作でも変わらなかった。
 映画のクライマックともいえる桜田門外ノ変における殺陣は少しも格好よくな
い。意地悪くみれば滑稽ですらある。そこには赤穂浪士のあっぱれぶりも、三船
敏郎の鮮やかさぶりもないし、座頭市の強さもない。懸命に血みどろになり雪に
足を滑らせながら必死に刀を振り回す、さして強くない若い侍たちの姿である。
剣術というような流麗さなどない。これまで東映全盛期に幾度か桜田門ノ変は描
かれてきたはずだが、こんなにぶざま千万な殺陣はなかったと思う。そのぶざま
さに評者はこの映画のすぐれた美点をみていた。         
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