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山川菊栄賞  徐阿貴(ソ・アキ)さんが受賞

山川菊栄賞
  『在日朝鮮人女性による「下位の対抗的な公共圏」の形成~大阪の夜間中学を核とした運動』
    を著した徐阿貴(ソ・アキ)さんが受賞

 女性の人権のために闘いつづけ日本近代史に大きな足跡を遺した山川菊栄さんの意思を継ぎ、優れた
女性研究者を育てようという願いから設けられた「山川菊栄賞」は今年、第32回目を迎えた。
 今年はお茶の水女子大学ジェンダー研究センターの研究員、徐阿貴(ソ・アキ)さんに贈られた。大
阪の在日朝鮮人女性たちの夜間中学校を行政に要求する活動を通じて、自己のアイディんティティを獲
得し、さらにあらたな社会活動を創設していく過程などを取材・調査した労作『在日朝鮮人女性による
「下位の対抗的な公共圏」の形成』に対する選考委員会の全員一致で評価されたものだ。その授賞式が
2月11日、東京・水道橋のYMCAアジア青少年センターで行なわれた。

 
 授賞式では、選考委員のなかで唯一の男性委員の佐藤礼次さんがまず「山川菊栄賞」発足の経緯を語
った。
 「山川菊栄賞というのは通称で、正式名称を山川菊栄記念婦人問題研究奨励金といいます。何故、こ
のような名称かといえば、まず山川さんは自分の名を冠して、上から下へ賞を与えるという姿勢を嫌っ
ただろうということだ。賞の基金は、生前、わずかな原稿料だけが生活の資金であった山川さんの家に
はテレビすらなかった。そこで山川の思想や人柄に共鳴する人たちがカンパを募り、暮らしに役立てよ
うと贈った。けれど、山川さんは生前、そのお金にいっさい手をつけなかった。そのお金が遺族と話し
合うなかで、優れた女性の人権改善に寄与する著作や研究を行なった女性研究者を支援するために使お
うということになった。」と紹介。

 引きつづき選考委員長の井上輝子さんが、32点の候補・推薦のなかから4点が最終選考に残り、徐
さんの著作が選ばれた経過説明をするともに、同賞を、「2014年を最後に中断する」という関係者
にとって衝撃的な発表も行なわれた。井上さんによれば、「本賞が発足した1981年当時、日本には
このような賞は存在しなかったし、女性研究者も少なく、その研究活動も経済的に厳しい状況にあった
。そこで、資料のコピー代でも援助できないかとの思いからはじまった。それから32年、女性研究者
をめぐる環境は発足当時から比べると大変、恵まれた状況になったと思うし、同じような賞も幾つか出
てきた。女性研究者に対する励ましであった本賞の社会的役割はいちおう果たされたのではないと考え
、山川の思想と活動を引き継ぐあたらしい活動を模索すべきだという結論に達した」と報告された。

 受賞作に対する評価は、選考委員の重藤郁さんが「推薦の言葉」として行なった。
 「徐さんの著作は、東大阪市の長栄中学校夜間学級に学ぶ在日一世二世の女性たちが、自治体に学び
の場を保障させ、地域で在日朝鮮人女性が人としての主体性を自ら学び、獲得している過程が克明に描
かれた貴重な記録であると同時に、自らが学びの場として、「ウリソダン(私たちの寺子屋)」を作り
、在日朝鮮人女性の高齢者のためのディハウス「サランバン」を創設・運営していくまでになる。当初
、自分の名すら書けず、人前で自己表現もできない女性たちが、行政に対して要求を求めてゆくまでに
なる。その感動的な記録であると同時に、著者は、被差別者が自ら被差別的状況を認識し乗り越え、あ
らたな社会的公共空間を創設していく好個の実践例として検証し、日本では広く認知されていない「下
位の対抗的な公共圏」という概念を、ハルモニたちの生活、活動を通して説得力のある言葉で描いてい
ることだ。」と語った。

 「下位の対抗的な公共圏」とは米国の政治学者でジェンダー論などを選考したナンシー・フレイザー
が唱えたもので、自分たちの言葉で自分を語れない人たちが、やがて自分たちの言葉を獲得し、新たに
社会的な公共の場を獲得していく、という意味だ。
 
 徐さんは、東大阪のハルモニたちが教育委員会に対する夜間中学設立要求集会におけるビデオを紹介
しながら、受賞の挨拶を兼ねた講演「在日朝鮮人女性を研究する視座」と出して、自らの生い立ちや学
究生活のなかかで東大阪のハルモニたちの活動に注目し、やがて研究するに至ったかを語った。
 「東大阪の在日朝鮮人1世2世の女性たちが主体的に活動していることを知った時、研究者というよ
り、私はひとりの在日朝鮮人女性として好奇心をもった。というのは、それまで自分のなかにあった1
世像というのは日本語も満足に話すことができず、家族のためにひたすら家のなかで忍従するというの
が典型像としてあり、2世の女性というのは日本語は話せるけど読み書きができないという存在だった
。そんな女性たちが、自らの学びの場を保障しろ、自分たりが日本語の読み書きができなかったのは民
族差別を受けてきたからだと立ちあがり、ねばりづよく運動していたことだった。
 在日朝鮮人の運動として民族の伝統の回復というものがある。しかし、伝統の回復ということを安易
に肯定すると、朝鮮文化独特の家父長制の復権ということになってしまう。それは女性を家に隷属化さ
せるものだ。彼女たちは民族文化や他文化の交流の場として「サランバン」という場を作り上げた。彼
女たちは、自ら学んでいくなかで因習的な伝統に対抗していった。その活動はまさに『下位の対抗的な
公共圏』獲得そのものであった。」と研究し記述するきっかけを語った。
 授賞式には徐さんの受賞のお祝い東大阪からハルモニたちも駈けつけた。
 時あたかも「建国記念日」。会場となったYMCAアジア青少年センターのホールでは「建国記念日」に
反対する集会も開かれていた。
 徐さんは、「1918年、この地で留日朝鮮人学生たちが祖国の「独立宣言書」を採択し、これに呼
応して朝鮮で三・一独立運動が全土に広がった。その地で在日朝鮮人である私がこのような栄誉ある賞
を戴いたことに何か象徴的な意味を感じます」とも語っていたのが印象的だった。

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