スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「イザベラ・バードの旅の世界」展

今日、海外旅行は娯楽の常道となった(といっても、先進国、ないしは中進国の市民の特権的娯楽であり、途上国においては一握りの富裕層の奢侈である)。観光は一大産業となった。観光が国家収入の最大収入源という国も少なくない。そして、その産業を支えるのはいまや女性だが、観光という言葉のなかった時代の女性の旅を、英国と日本の例に取り上げてみた。


「イザベラ・バードの旅の世界」展から
200px-Isabella_Bird.jpg

 イザベラ・バード(1831~1904)は世界を旅することによって自立を求めた英国人女性。まだ、文化人類学という存在がなかった当時、その先駆的な業績となった旅行記は今日も色あせず読み継がれている。
 22歳から70歳まで旅に前傾姿勢を貫いた。
 視覚・聴覚・触覚、五感で感じたことを記載する能力は彼女の偏見に囚われない博愛主義といえるかも知れない。旅を記録するため最初は自らの文才のみに頼った。だが、それでは飽き足らず、より正確にとスケッチを添えはじめる。やがて写真技術を習得したイザベラだった。
 病弱な身体だったというが、その身体的理由のため予防医学を学び、修得し、やがて過酷な旅でも重篤な病に冒されることはなかった。当時、軍服としてあった男の旅装だが、女にはそれがないため彼女自ら工夫も重ねている。
 「女にできることは女がする権利」とは彼女の心情だった。
 まだ女権の拡張ということを声高に言わなければ何事も前に進まない時代に南米と南極を除く大陸を歩いた。日本にも開港から20年目の1878年に来日し、東日本を歩いて縦断し北海道入り、アイヌの集落に入り、ともに生活するなかで記録を取った。その記録『日本奥地紀行』は現在も明治期の日本を客観的に記録した証言集として第1級の資料価値を持つ。
 飛行機はおろか鉄道の発展も限られていた時代の旅の過酷さは、すこし途上国を旅すればいまでも追体験できることだが、彼女はそれを100年以上も前、女性であるがためにこうむる不愉快さをエネルギーに変えて歩きつづけた。そうした旅の途上でも夜毎、記録を留めるために明かりを灯しつづけた。意志堅固な人でもあった。
 本展は、そうしたイザベラの足跡を踏査してきた金坂清則・京都大学名誉教(地理学)が撮った記録写真約100点を、イザベラの文章、スケッチ、写真と重ね合わせてみせる企画である。

 イザベラの足跡を追ってみて改めて思うことは英国が世界帝国として拡張しつづけていた時代の人だということだ。英国の影響が希薄な中南米、東欧からロシアは未踏査のまま遺されていることでも、彼女の立ち位置が分かる。
 観光を事業として成功させたのはトーマス・クック社だが、その繁栄も大英帝国の版図の拡張ともに歩んだものだ。
 サハラ以南のアフリカも未踏だ。大英帝国の繁栄と英語の流布という政治的要因を抜きにしては語れない。しかし、イザベラに同伴したり、後継者を自認する女性が英国に現れなかった。「史上屈指の旅行家」という栄誉はやはり彼女の類まれな個性、才能を活かした努力の賜物と言うしかない。
 *同写真展は、6月30日まで、東京大学駒場博物館で開催された。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。