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花もつ女たち*兼高かおる

兼高かおる(旅行家 1928~ )*花もつ女たち NO1 「憧れの海外旅行」を時代を先導
                  
  
▽本稿は、某紙に、連載している『花もつ女たち』の一稿。女性と旅、ということで2編の原稿を掲載した、ついでに本稿も合わせて読んで欲しく転載した。以後、適宜に、掲載分の「花もつ女たち」を転載していきたいと思う。


 兼高かおるさんのイメージは旅の途上の前向きの姿勢、軽やかな好奇心に満ちた笑顔だった。
 日本人がたいはんが等しく貧しく、外貨の持ち出しが厳しく制限されていた時代、兼高さんと必要最小限のスタッフは地球を闊歩していた。
 飛行機の主役はまだプロペラ機、時間も経費もかかる時代だ。
 1959年、『兼高かおる世界の旅』という番組が週一ではじまった。テレビが家庭のなかで娯楽の主座となった時と軌を一にしてはじまった番組は、日本人の海外への好奇心を煽(あお)った。兼高さんの旅から、多くの若者が海外旅行への憧れが働く動機づけともしたものだ。戦中世代なら、番組を通して欧米諸国の実態を知り、文化の重層、豊かさに触れ、井の中の蛙(かわず)だった、と無謀な戦争に駆り出されたことを悔やんだ人もいただろう。
 兼高さんの足跡は約150カ国・地域に及ぶ、地球を約180周する路程。日本の海外公館は当時、限られたおのだった。旅行者には不便な時代だ。情報不足、カード決済もできない状況のなかで自らディレクター、プロデューサーとして取材し、ナレーターとして水先き案内人となった。
 女性であるがために強いられた苦労もあった、と後日、語っている。しかし、テレビの兼高さんんはいつも笑顔で、瞳は好奇心に満ちていた。
 戦後ニッポンの海外旅行は兼高かおる、という女性が先導し、カネさえ出せば日本語で事足りる“快適な旅”が実現したバブル時代になって番組は終焉した。番組は1980年に最終回を迎えた。

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