スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花もつ女たち*No4*コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ

コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ
 (エル・サルバドル/フランス 1901~1979)


 スペイン語で苗字を「アペリド」という。コンスエロは妻として作家サン=テグジュペリのミューズとなった。
 しかし、気位ばかり強い夫の生家から彼女は終生うとまれた。彼女が、サン=テグジュペリと署名することにスノッブな反感を抱えていたようだ。そんな家族から疎んじられながらも夭逝した夫の国フランスで多くの歳月を過ごし、その地で土に還った。
 コンスエロの母国は中米のエル・サルバドルである。生涯、熱帯の風土を愛でた彫刻家であり画家であった。そして、個性的な詩的修辞に富む文章を書いた。〈星の王子さま〉を魅惑する美貌に恵まれた。その愛の生活を綴った自伝『バラの回想』のなかでコンスエロは次のように書いている。
 「私はスンシン家(エル・サルバドル)からマヤ族の血をたっぷりと、そして彼らが喜ぶであろう火山の伝説を受け継いでいた」と(香川由利子訳)。
 マヤ族とは中米地峡に壮大な幾多の神殿都市を築き、精緻な数学の体系を築いた文明の構築民族。コンスエロは、その末裔であると宣言する。これはメソアメリカ出身の知識人がよくつかう誌的修辞である。
 『星の王子さま』に小さな火山が登場するが、あれは米大陸でもっとも小さな国エル・サルバドルの活火山を象徴しているのだろう。サン=テグジュベリが操縦していた飛行機が墜落し瀕死の重傷を負ったフアナサルバドルの隣国グァテマラという説を出している評者もいる。
 コンスエロは夫亡き後、彼の肖像や「星の王子さま」像など多くの彫刻を遺す。中米にあっては女性彫刻家の先駆者の位置にある。油彩も描いた。その晩年の一連の絵は夫の『夜間飛行』へ仮託しているのだろうか、青みを帯びた夜空のような色調のなかに心象光景を刻み込んでいた。しかし、コンスエロの作品をみていると、夭折した夫にあまりにも呪縛されていたのでは、と思ってしまう。愛ゆえにサン=テグジュベリが強いたイメージの檻からなかなか飛び出ることができなかった、ように思う。 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。