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花もつ女たち №9 ナンシー関 消しゴム版画家*1962~2002)

ナンシー関(1962~2002) 消しゴム版画家
ナンシー関

 彼女が週刊誌を主たる発表媒体にみごとな「消しゴム版画」を披露していたのは一九九三年からほぼ一〇年間。同時期、私は外国で暮らしていたから、彼女の人気に実感はない。
 時折り旅行者がもってくる週刊誌などで散見すれど、仕事量まで斟酌しんしゃく)するほどヒマでなかったが、ユニークな才能だと思った。
 寄席芸に「切り絵」がある。紙と挟み一丁が小道具、そして小粋な話芸。客席から「御題」を頂戴し、あざやかに切りぬく見事な省略美、象徴美。ナンシー関の「消しゴム版画」もそうした職人芸の一つだった。私が帰国したとき、彼女はすでに鬼籍に入っていた。

 典型的な職人であった。民放のトーク番組に傾斜して時代の移ろいを定点観測し、約五千点の消しゴム版画を彫り、エッセイを書きつづけた。
 そこで取り上げられる主題は、たいてい芸能人、ないしは芸能人化した元スポーツ選手とかであって、スターとか一流という定義は彼女にはなかった。その時どきの話題の人物を取りあげつづけていた。私自身、日本不在の十数年があるから、彼女に作品に登場する“話題の人”の多く、その話題ともに知らないし、かつ知りたいとも思わない。
 
 芸能の世界とはおびただしい才能を貪欲に消費し、使い捨てて成立してゆく。彼女はそうした芸能人にも時代の証(あか)しを見出して彫り、論じて倦(う)まなかった。

 現代の”瓦版”を意図したのだろう。だから、一点モノの絵ではなく、複製を前提した版画に固執したと思う。
 独り暮らしのマンションには四~五台のビデオデッキを備え、テレビを視聴しつづけたそうだ。こういうの職業的オタクとでも呼びたい。しかし、不健康な生活だ。オタクだから、そんな生活をあらためようなどとはおもわなかっただろう。それを孤絶という言葉で表現したいような気がするが、本人の心持ちはどのようなものであったか。

 深夜、タクシーのなかで倒れ、果てた、という。おそらく、死の直前までいくつかの締め切りを抱え、意識は明晰であっただろう。全盛期の死であった。あっぱれな職人の死であったように思う。

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