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花持つ女 №10 マリンチェ (メキシコ 先住民奴隷・通訳)

マリンチェ (メキシコ 先住民奴隷 ?~1527)

コロンブスの「新世界」発見後、最初にアメリカ史に登場する先住民女性の名である。
 しかし、メキシコでは、その名はながいことメキシコでは「裏切り者」の代名詞となっていた。壁画家ディエゴ・リベラの描くマリンチェ像は、子を喰らう鬼子母神のような形相だ。
 何故……理由は、アステカ帝国の征服者エルナン・コルテスの愛人となり、彼の制服行に連れ添い、有能な通訳者となり帝国の崩壊を早め民族の裏切り者と位置づけられてきたからだ。

 しかし、近年、メキシコの先住民女性活動家たちから再評価の動きが出ている。
 まず、彼女を「裏切り者」の地位に強いたのは先住民共同体の酋長らが、上陸したスペイン軍兵士の出で立ちに恐れ、マリンチェを女奴隷として差し出したからだ。いまふうにいえば、「従軍慰安婦」といっても良いだろう。奴隷となったマリンチェは生き延びるため征服者たちの言葉を必死に覚えた。と同時に、自分を奴隷の身分に落とし、戦わずして生け贄を差し出して共同体の安全に汲汲とした先住民社会の指導者たちを憎んだろう。そういうマリンチェの境遇を忖度せず、「裏切り者」というのは一方的だ。
 コルテス軍の囲い者となったマリンチェは17歳だったといわれているが、むろん正確なことはわからない。
 ただし、彼女の出自が小さな先住共同体の酋長の家から出ていることは確かなようで、10代の早いうちからアステカ帝国の首府テノチティトラン(現在のメキシコ市)に留学し、そこで帝国の公用語であったナワトル語を習得、生地のマヤ系の母語ともに、すでにバイリンガルであった。そして、コルテス軍のなかにあって、たちまちスペイン語を習得した。コルテスが重宝したのは当然だろう。
 聡明なマリンチェはアステカ帝国支配下の小部族社会の状況を把握する分析力もあったらしい。マリンチェは愛人として、コルテスに先住民社会の弱点、勢力争いなどを利用して戦うべきだ、とも進言した。それが少人数のコルテス軍が大帝国を崩壊させた最大の要因だともいわれるぐらいだ。
 コルテスはマリンチェを“妻”として尊重し、愛したことは事実だ。二人のあいだに生をうけたマルティンは記録に残る最初のメスティーソ、西欧人とアメリカ先住民の混血児として記憶され、コルテスは息子をスペイン王室のなかで、それなりの地位が与えられるように尽力している。

 アステカ帝国の崩壊劇の渦中を生きたマリンチェの生涯は、その荒波に打たれつづけたせいか若くして死ぬ。たぶん20代半ばだろう。しかし、その短い歳月を彼女は強いられた境遇のなかを懸命に女として生き抜こうとしたのだ。いや、毅然と生き抜いた、といえるだろう。

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