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北朝鮮の強制収容所に生まれ育ち、脱出した青年

映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』
 で北朝鮮の過酷極まる非人権的状況を証言したシン・ドンヒョクさん。
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 シン青年は聡明だ。人権などまったく無視された強制収容所で生まれ、6歳から奴隷労働を強いられた。居室には家具一切ないという生活だった。寝具はおろか、食器すらないという暮らし。生活そのものが拷問のようなものだ。母と兄が理不尽な理由で目の前で処刑された。悪夢ような現実のなかで生きる意志を絶やすことなく脱走に成功、中国に越境して自由の身になった。その意思の強さは今、人権活動家として世界を飛び回る活力に転化しているようだ。
 「過去の悪夢に脅かされています。こうして話をした日の夜は眠れないことも…」
 しかし、仕事だ、質問しないわけにはいかない。
 「映画の撮影から5年が経ちました。この間、求められるままに各国の人権団体の招きを受け話をしてきました。国際会議にも幾度も参加した。いま、偵察衛星を通して自分がいた収容所の様子が分かります。それをみていると自分が暮らしていた当時より規模が拡大しているのです。罪もない人があらたに収容されたているということです。金正恩は外国へ留学した体験があります。世界は多様で自由に満ちていることも、人権ということも知っている人間だと思い、わたしは状況は改善するだろう、と期待した。しかし、現状は逆だ、ますますひどくなっています。自分としては無力感を覚えるし、国連をはじめ国際機関は何をやっているのだと怒りも覚えます」
 「故郷が恋しい」、つまり収容所にもどりたい、と映画で語っていましたね。いまもその気持ちは変わりませんか?
 「現実に帰れるわけではないです。しかし自然は美しく川の水はおいしかったし、星空は美しかった。いま、映画に出て、まるでスターのように扱われていますが、とても不本意です。農民として野良仕事したいと思っています。いま私が住んでいる韓国の人たちは平和な社会に住みモノに恵まれていますが、価値観の多様化に悩んでいるように思います。自殺者が多いのに驚きます。収容所の暮らしは本能的に生き残るためにだけ生きていた、のだと思います。人間は痛みには耐えられるけど、餓えには耐えられません。餓えないための努力が生き延びた理由です」
 収容所での暮らしは、「心が純粋だった」とも語っていますね。
 「お金という存在をまず知らなかったです。ですから、裕福とか貧しいということも知りませんでした。ですから、物質的な欲望はなにもなかった。だから、いまでもお金の上手な使い方がなかなか身につかず苦労しています。31歳になりました。わずかな印税と、時どきソウルの食堂などでアルバイトしながら収入を得ています。脱出してから恋もしましたが、振られて傷つきました。いまはそういう存在はいません」と語ったが、通訳氏によれば25歳の独身女性と一緒に今回、来日しているという。  

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