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ピート・シンガー逝く

“フォーク・ソングの神様”といわれたピート・シンガーが1月27日死去した。享年94歳。
近年のピート・シンガー

70年アンポ世代(古い言葉だ!)にとって彼の存在は、ベトナム反戦という時流を背景として、
日本でも盛んに歌われた「花はどこへ行った」はじめ、「天使のハンマー」「ターン・ターン・
ターン」などのヒット曲メーカーでもあったプロテストソングの牽引者というものだろう。
 
 ピートの死はメキシコ、キューバをはじめ中南米諸国でも大きな紙面を割いて報道された。キ
ューバの「グアンタナメラ」をはじめラテンの名曲を米国に紹介したことでも知られるが、それ
以上に彼の音楽歴の初期からメキシコとの深い関わりがあった。
 ハーバード大学に奨学金を得て入学した秀才であったが、政治的にラジィカルな姿勢、そして
フォークソングの革新を模索するなかで勉学は愚かになって中退することになる。そして、向っ
たのがメキシコであった。
 欧米の画家や彫刻家、写真家が革命直後のメキシコで展開されていた壁画運動に賛同、支援す
るように、ピートもまた“革命”の高揚に浸ろうとメキシコ入りした。当時のメキシコには、美
術面だけでなく民衆文化そのものを変革しようという高揚があり、ピートは、そのひとつの集団
である人形劇組織に参加しメキシコ各地を巡業した。
 このメキシコ時代に親しく接することになった12弦ギターの活用といったかたちでピートの
音楽世界を拡張する。
 おそらく、メキシコ時代における思想的な体験が、後年、ベトナム反戦、マーチン・ルーサー
・キング牧師らが主導した公民権運動への連帯、そのなかでゴスペル・ソングであった「ウィ・
シャル・オーバーカム」を誰にでも歌える曲としてアレンジして広めるなど、政治活動と歌の運
動とを連動させることとなったように思う。ソビエト共産主義への嫌悪を抱きつづけたピートは
80年代にはポーランドの自主管理労組「連帯」の支持を表明し、積極的に資金集めのためのコ
ンサートも開いている。
 近年の忘れられない活動として、2009年1月、オバマ大統領の就任式記念コンサートでブ
ルース・スプリングスティーンらと、ピートと並ぶ米国フォーク歌手の象徴ウディ・がスリーの
歌「わが祖国」を歌ったことなどが記憶に新しい。環境問題への取り組みでも知られていた。
 90歳代にはいっても社会活動家としても歌手としても現役だったのだ。

 余談だが、ピートの妻トシ・アーリン・オオタはドイツで日本人の父と米国人の母との間に生
まれた日系米国人であった。昨年、91歳で死去した。その妻を追うようにピートは逝った。 

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