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映画「マルタのことづけ」 クラウディア・サント=リュス監督

映画「マルタのことづけ」  クラウディア・サント=リュス監督
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 大状況を語るのは容易だ。天下国家を論じて談論風発となるのは習い性。けれど、最近、妻との会話
が少なくなってしまった。妻の対応が白々しい、何かあるのか、けれど、うっかり訊(き)けない。娘の化粧
が少し派手になったような気がするが、さて、理由を訊いてよいものだろうか? といった日常的些事に関
わることは人はとたんに寡黙になるものだ。
 小説でも穏やかな日常、さしたるドラマもない時間の流れを描い て読ませるのは至難の技だ。庄野潤三
という作家がいる、その文学 世界はそうした淡々と流れ来ては去る日常を描いて心に染みる世界を構築
する。時折り荒れたニュースから目をそらすように庄野文学の行間に身をゆだねたくなる。本作はそんな庄
野文学に通じる穏やかさ、人のぬくもりが掌(たなごころ)のなかで確かな手ごたえとして感じられる珠玉
の名編に違いない。
 不治の病に侵され、死期を悟っている46歳のマルタ(リサ・オーウェン)には3人の娘、そして末っ子に小
学生の息子がいる。みなそれぞれの立場、身の丈に応じたやり方で早晩、訪れるであろう母の死を受け入
れる心の準備をしている。夫と呼べる存在、父親として子たちに手を差し伸べてくる男はま ったく不在。見
事なまでに無視されている。
 メキシコに限らず、ラテンアメリカ社会ではよくある母を中心とした小宇宙。顔のない男たちはマルタをいっと
き愛し情熱的な日々を送った後、妊娠を機に・・・去ったようだが、そのあたりはよくあるケースとして映画では
まったく捨象する。父親という存在は まったく影すらない。このあたりウェットな日本の家庭劇とはいささか趣
きを異にしている。乾いているが、喉が渇くようなザラザラ感ではなく、湿度の低い熱帯高原の爽やかな大気の
軽さだ。
 冒頭、母マルタと子どもたちの情愛を根底にした遠慮のないやりとりが重ねられ、なんとなくこの一家の家庭
像というのが無理なく構築される。そのなかにスーパーマーケットの実演販売員の26歳のクラウディア(ヒメナ・
アヤラ)がマルタの隣のベットにやってくる。盲腸ということですぐ退院となるのだが、彼女には家族はなくボーイ
フレンドもいない。さしたる目的ももたず、ただ日常のむなしさを押し殺して生活をしているという感じだ。こうした若
者の寒々とした光景は世界共通の都市光景だろう。
 そんなクラウディアがマルタ一家となんとなくかかわりをもち、ちょっと年長者ということでマルタの子どもたちの
生活にかかわりを持ち、日常的些事にてらいもなく淡々と手を差し伸べていくことで家族的な紐帯が芽生えてくる。
 マルタの死は家族にとっては一大悲劇であるに違いない。しかし、他人にとってみれば、ちょっと憐れみを誘う
だけで、やがて自分の日常のなかで忘れてしまうようなことだろう。クラウディアが登場しなればそれだけ のこと
だ。しかし、彼女はマルタと約束したわけでもないのに子どもたちとの関わりを保つ。ほっておけないというほどの
善意ではなく、自分の心の空隙を埋めるためだ。無意識だけど、クラウディアのなかに、なんとなはなしに“生きが
い”のようなものが芽生える。自分のためではなく、あかの他人の子どもの生活に少し寄り添ってみよう、そこに仕
事をする意味も出てきたような気がする。そんな心の小さな変遷、かすかな波動といったものが繊細にだが、確実
に伝わってくる作品なのだ。
 監督にとって初の長編ということだが、これだけ見事な作劇をみせた才能は並ではない。いま活況にあるメキシ
コ映画界だからこそ生まれた才能かも知れない。  

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