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映画『シスタースマイル ドミニクの歌』 ステイン・コニンクス監督

『シスタースマイル ドミニクの歌』 ステイン・コニンクス監督

 そう小生は中学生であった。クラスでビートルズのファンはもとより、いわゆるポップスファン(当時の文化状況からすれば洋楽ファン、というべきか?)は圧倒的少数派、御三家(初代)が肩で風を切っていた時代に……♪ドミニッ~ク、ニク~♪という軽快な歌が流行りはじめた。学校の唱歌のように親しみやすい歌だった。
 〈カトリックのシスター〉が歌っている、という意味がにわかに了解できず、あぁキリスト教というのは尼僧さんもヒット曲を作ったり歌ったりする自由があるんだな、と納得したかどうか知らぬがテレビの「エド・サリヴァン・ショー」でギターを抱えたシスターが笑顔でとても気持ちよさそうに歌っていた印象がくっきり残った。眼鏡のシスターさんだった。いずれにしろ、青春のおびただしい星雲のまたたきのような記憶の一欠けらに過ぎないが、後年しばしばし何処かでその歌を聴いたときになんとはなしに思い出される。たぶん同時代の多くの人の「ドミニクの歌」記憶のありかたと大して変わらないはずだ。
 で本作を観て愕然とした。衝撃を受けたといっていい。シスターの清純な面影がまず壊される。それは否定的な意味ではなく、筆者にとっては肯定的なものだ。
 「シスター・スマイル」とは、『ドミニクの歌』を創作し歌い録音し、市場にレコードが送り出されたときのにわかじたての芸名であることも知った。シスター・スマイルの本名はジャニーヌ・デッケルス。シスターと書いたが厳密にいえばシスター研修生といったところだ。この役をベルギー生まれで、フランスを中心に世界大で活動する女優セシル・ド・フランスが好演。監督も同国出身のステイン・コニンクス。助演陣もベルギー出身者に重要な役どころを与えているという意味でベルギー人によるベルギーのための映画であると思う。その意味するところについては後述する。
 さて、教会にあったジャニーヌは本名でのレコード発売は禁じられ、収益は所属する教会に献金するという誓約書を書いてのデビューだった。むろん、『ドミニクの歌』がヒットしていた当時、そんな事実を知るファンは誰もいなかった。そして、『ドミニクの歌』はベルギーが生んだ歴史上最大のヒット曲として記録に残り、いまもその記録は破られていない。
 しかし、世界的なヒットゆえジャニーヌはたいへんな負債を抱えてしまうのだ。売れれば売れるほど借金が増えるという悪循環に晒された。そして、教会は太った。何故……ジャニーヌは保守的な修道院生活に絶望して出奔。著作権や印税のことに頓着せず逃げ出した。世間から隔離された閉鎖社会のなかで彼女にビジネスを教える者はいなかった。
 修道院を出た彼女の落ち着き先は大学生時代の女友だちの家で、彼女とは秘めやかな同性愛の関係にあった。それもマスコミに暴かれる。さらに当時、教会が禁じていたピルの使用を公然と女性の自由の獲得につながるものとして奨励、歌い、教会の逆鱗に触れ関係はますます悪化する。そのあいだにも『ドミニクの歌』は売れつづけ収益は彼女の前を素通りして〈怨敵〉教会の金庫に収まり、そして売上げに応じた税金が彼女の生活を圧迫する。八方塞り……。映画はその辺りまでをかなり克明に描いている。
 それから51歳でくだんの女ともだちと自殺するまでの20年間は描かれないが、死ぬまでベルギー政府から追徴課税され督促状に追われる生活を送っていた事実に、彼女の生きざまがどのようなものであったか、うかがい知れるだろう。
 かくも波瀾に富んだジャニーヌの生涯はまさに一代のドラマ。映画の素材にふさわしい。しかし、ベルギーでもフランスでも映画化されなかった。ハリウッドで1本、ジャニーヌの真実を無視したドラマが制作された。何故、ベルギーで制作されなかったか? おそらく時代に先駆けた才能を軽んじ見殺しにした、という〈負〉の心性のようなものがあって劇化が躊躇われたのではないかと思う。その意味でベルギー人監督、主演女優という布陣で映画化された本作によってジャニーヌは復権されたのだと思うし、ベルギーのアル層に歴史的な反省を促しているとも思った。
 本作を観る前と後ではまっく違った『ドミニクの歌』の光景がある。      

 そう小生は中学生であった。クラスでビートルズのファンはもとより、いわゆるポップスファン(当時の文化状況からすれば洋楽ファン、というべきか?)は圧倒的少数派、御三家(初代)が肩で風を切っていた時代に……♪ドミニッ~ク、ニク~♪という軽快な歌が流行りはじめた。学校の唱歌のように親しみやすい歌だった。
 〈カトリックのシスター〉が歌っている、という意味がにわかに了解できず、あぁキリスト教というのは尼僧さんもヒット曲を作ったり歌ったりする自由があるんだな、と納得したかどうか知らぬがテレビの「エド・サリヴァン・ショー」でギターを抱えたシスターが笑顔でとても気持ちよさそうに歌っていた印象がくっきり残った。眼鏡のシスターさんだった。いずれにしろ、青春のおびただしい星雲のまたたきのような記憶の一欠けらに過ぎないが、後年しばしばし何処かでその歌を聴いたときになんとはなしに思い出される。たぶん同時代の多くの人の「ドミニクの歌」記憶のありかたと大して変わらないはずだ。
 で本作を観て愕然とした。衝撃を受けたといっていい。シスターの清純な面影がまず壊される。それは否定的な意味ではなく、筆者にとっては肯定的なものだ。
 「シスター・スマイル」とは、『ドミニクの歌』を創作し歌い録音し、市場にレコードが送り出されたときのにわかじたての芸名であることも知った。シスター・スマイルの本名はジャニーヌ・デッケルス。シスターと書いたが厳密にいえばシスター研修生といったところだ。この役をベルギー生まれで、フランスを中心に世界大で活動する女優セシル・ド・フランスが好演。監督も同国出身のステイン・コニンクス。助演陣もベルギー出身者に重要な役どころを与えているという意味でベルギー人によるベルギーのための映画であると思う。その意味するところについては後述する。
 さて、教会にあったジャニーヌは本名でのレコード発売は禁じられ、収益は所属する教会に献金するという誓約書を書いてのデビューだった。むろん、『ドミニクの歌』がヒットしていた当時、そんな事実を知るファンは誰もいなかった。そして、『ドミニクの歌』はベルギーが生んだ歴史上最大のヒット曲として記録に残り、いまもその記録は破られていない。
 しかし、世界的なヒットゆえジャニーヌはたいへんな負債を抱えてしまうのだ。売れれば売れるほど借金が増えるという悪循環に晒された。そして、教会は太った。何故……ジャニーヌは保守的な修道院生活に絶望して出奔。著作権や印税のことに頓着せず逃げ出した。世間から隔離された閉鎖社会のなかで彼女にビジネスを教える者はいなかった。
 修道院を出た彼女の落ち着き先は大学生時代の女友だちの家で、彼女とは秘めやかな同性愛の関係にあった。それもマスコミに暴かれる。さらに当時、教会が禁じていたピルの使用を公然と女性の自由の獲得につながるものとして奨励、歌い、教会の逆鱗に触れ関係はますます悪化する。そのあいだにも『ドミニクの歌』は売れつづけ収益は彼女の前を素通りして〈怨敵〉教会の金庫に収まり、そして売上げに応じた税金が彼女の生活を圧迫する。八方塞り……。映画はその辺りまでをかなり克明に描いている。
 それから51歳でくだんの女ともだちと自殺するまでの20年間は描かれないが、死ぬまでベルギー政府から追徴課税され督促状に追われる生活を送っていた事実に、彼女の生きざまがどのようなものであったか、うかがい知れるだろう。
 かくも波瀾に富んだジャニーヌの生涯はまさに一代のドラマ。映画の素材にふさわしい。しかし、ベルギーでもフランスでも映画化されなかった。ハリウッドで1本、ジャニーヌの真実を無視したドラマが制作された。何故、ベルギーで制作されなかったか? おそらく時代に先駆けた才能を軽んじ見殺しにした、という〈負〉の心性のようなものがあって劇化が躊躇われたのではないかと思う。その意味でベルギー人監督、主演女優という布陣で映画化された本作によってジャニーヌは復権されたのだと思うし、ベルギーのアル層に歴史的な反省を促しているとも思った。
 本作を観る前と後ではまっく違った『ドミニクの歌』の光景がある。      
 そう小生は中学生であった。クラスでビートルズのファンはもとより、いわゆるポップスファン(当時の文化状況からすれば洋楽ファン、というべきか?)は圧倒的少数派、御三家(初代)が肩で風を切っていた時代に……♪ドミニッ~ク、ニク~♪という軽快な歌が流行りはじめた。学校の唱歌のように親しみやすい歌だった。
 〈カトリックのシスター〉が歌っている、という意味がにわかに了解できず、あぁキリスト教というのは尼僧さんもヒット曲を作ったり歌ったりする自由があるんだな、と納得したかどうか知らぬがテレビの「エド・サリヴァン・ショー」でギターを抱えたシスターが笑顔でとても気持ちよさそうに歌っていた印象がくっきり残った。眼鏡のシスターさんだった。いずれにしろ、青春のおびただしい星雲のまたたきのような記憶の一欠けらに過ぎないが、後年しばしばし何処かでその歌を聴いたときになんとはなしに思い出される。たぶん同時代の多くの人の「ドミニクの歌」記憶のありかたと大して変わらないはずだ。
 で本作を観て愕然とした。衝撃を受けたといっていい。シスターの清純な面影がまず壊される。それは否定的な意味ではなく、筆者にとっては肯定的なものだ。
 「シスター・スマイル」とは、『ドミニクの歌』を創作し歌い録音し、市場にレコードが送り出されたときのにわかじたての芸名であることも知った。シスター・スマイルの本名はジャニーヌ・デッケルス。シスターと書いたが厳密にいえばシスター研修生といったところだ。この役をベルギー生まれで、フランスを中心に世界大で活動する女優セシル・ド・フランスが好演。監督も同国出身のステイン・コニンクス。助演陣もベルギー出身者に重要な役どころを与えているという意味でベルギー人によるベルギーのための映画であると思う。その意味するところについては後述する。
 さて、教会にあったジャニーヌは本名でのレコード発売は禁じられ、収益は所属する教会に献金するという誓約書を書いてのデビューだった。むろん、『ドミニクの歌』がヒットしていた当時、そんな事実を知るファンは誰もいなかった。そして、『ドミニクの歌』はベルギーが生んだ歴史上最大のヒット曲として記録に残り、いまもその記録は破られていない。
 しかし、世界的なヒットゆえジャニーヌはたいへんな負債を抱えてしまうのだ。売れれば売れるほど借金が増えるという悪循環に晒された。そして、教会は太った。何故……ジャニーヌは保守的な修道院生活に絶望して出奔。著作権や印税のことに頓着せず逃げ出した。世間から隔離された閉鎖社会のなかで彼女にビジネスを教える者はいなかった。
 修道院を出た彼女の落ち着き先は大学生時代の女友だちの家で、彼女とは秘めやかな同性愛の関係にあった。それもマスコミに暴かれる。さらに当時、教会が禁じていたピルの使用を公然と女性の自由の獲得につながるものとして奨励、歌い、教会の逆鱗に触れ関係はますます悪化する。そのあいだにも『ドミニクの歌』は売れつづけ収益は彼女の前を素通りして〈怨敵〉教会の金庫に収まり、そして売上げに応じた税金が彼女の生活を圧迫する。八方塞り……。映画はその辺りまでをかなり克明に描いている。
 それから51歳でくだんの女ともだちと自殺するまでの20年間は描かれないが、死ぬまでベルギー政府から追徴課税され督促状に追われる生活を送っていた事実に、彼女の生きざまがどのようなものであったか、うかがい知れるだろう。
 かくも波瀾に富んだジャニーヌの生涯はまさに一代のドラマ。映画の素材にふさわしい。しかし、ベルギーでもフランスでも映画化されなかった。ハリウッドで1本、ジャニーヌの真実を無視したドラマが制作された。何故、ベルギーで制作されなかったか? おそらく時代に先駆けた才能を軽んじ見殺しにした、という〈負〉の心性のようなものがあって劇化が躊躇われたのではないかと思う。その意味でベルギー人監督、主演女優という布陣で映画化された本作によってジャニーヌは復権されたのだと思うし、ベルギーのアル層に歴史的な反省を促しているとも思った。
 本作を観る前と後ではまっく違った『ドミニクの歌』の光景がある。      100427_ssmile_main.jpg
      

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